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27.一匹狼の犬

《納屋27》


 要塞のエーテルなんちゃらとかいう精霊から2199年分の情報が流れ込んできた。自分の記憶も全てあちら側へ送られた。情報過多で消化不良どころじゃない。しばらく考えるのをやめる。思考停止だ。


「何もなかったな。もう戻るか...」

「エドさん?」

「まあ、たいして期待もしていなかったがな」

「奥まで見れたし、まあこんなもんでしょ」


 絶壁の下のキャンプ地へ戻ることになった。



 ...人間じゃなかったのか?



 オレは人間だよ それも不正確です

 オレは人間だよ それも不正確です

 オレは人間だよ それも不正確です


 気にしないつもりだったが、緊張が緩むとさっきの会話が勝手に頭の中でぐるぐる回り始めた。どこか深いところに染みついてしまったらしい。歴史走馬灯もまた回り始めた。


 キャンプ地を目指して歩いているが、オレはろくに足元も見ずに焦点が定まらない目で前を歩く誰かの背中を追っている。


 だんだん分かってきた。流れ込んできた膨大な情報は右から左へ流れてしまったのではなく、確かに記憶に残っている。膨大な情報を詰め込んだおかげで、それ(・・)の存在を感じられるようになった。




 ミシャーナに催促された。

「ほら、エド。1頭出してくれ。今から血抜きすれば晩飯に間に合うぞ」

 いつの間にかキャンプ地に到着していた。


 一番損傷が大きい豚から1頭、木に吊るして血抜きをする。内臓を抜かれた豚を冷たい川の水で冷やす。そういうのは誰かがやってくれる。

 オレは折り畳みテーブルを組み立てる。バーベキューセットの準備をする。作業していても上の空だ。今も異世界の歴史走馬灯が目の前で回っている。まさに白昼夢だ。精霊の放った言葉も回る。


 肉を冷やしている間は休憩だ。テーブルに菓子類を出した。暇なので遊びに出たやつもいる。オレは座って待つ。


「エドさん?さっきから抜け殻みたいですよ」

「ん、ああ、問題ない。遺跡の精霊と話をしたんだ...」

 白昼夢を見たまま、顔も向けずに答えた。

「精霊って...エドさん?」

 目の前で手をヒラヒラされてもしばらく気づかなかった。


 クロエが両手でオレの顔を挟んで、首をぐいっと回した。

「あうっ」

 じい~っと、2人して見つめ合う。底なしに深い(みどり)の瞳だ。こうしていると吸い込まれそうな気がする。


「クロエ?...ちょっと!あんた本気でやってない!?エド君の意識飛んじゃってるじゃない!!」

「あーっ!!何すんにゃ、この魔女!!」


 回る走馬灯が消えて、目の前のエルフの瞳しか見えなくなった。(みどり)の光と、その中心の漆黒にオレが飲み込まれる。両腕は脱力し、顔は呆けて口が半開きになった。


 宇宙の深淵だ....

 何も考えられない。

 体の中心で何か心地いいものを感じる。


 目の焦点が戻るとクロエの顔全体が目に入った。きれいだ。オレが初めて見たエルフの顔だ。一目惚れだったんだ。


 パシパシと両手で頬を叩かれた。

「エドさん、戻ってきました?」

「うん、ああ..クロエ」

 隣に座るクロエと、なぜか騒がしいマリーやリニャータも目に入った。ケイトは興味深そうに見ている。


 ああ、あれか。気を付けろ、エルフの目には魔力がってやつだ。クロエが相手なら望むところだ。おかげで走馬灯が消えて、ここにいる皆のことが目に入るようになった。

 その代わり、意識の半分をクロエに持って行かれた。隣に座るエルフの美少女が気になって仕方がない。薄く光をまとった長い金髪や、指先の動きをつい目で追ってしまう。


 クロエがオレの手を取った。触れる指の感触に全神経が集中する。

「エドさん、何があったか教えてもらえます?」


「あの遺跡には精霊がいたんだ。それと話をした。この地の2000年分以上の歴史が一気に頭に流れ込んで来た。歩いている途中も、ここで作業しているときもそれが頭の中でぐるぐる回って離れなくなっていた。まるで今起きていることのように。でも、クロエのおかげで追い払えたよ」

 走馬灯は消えたが、今はクロエの瞳が目に焼き付いている。


 要塞に人が来なくなってからの2199年間は大した変化が無かった。なぜ旧帝国が滅びたのかは分からない。それは人が来なくなるより前のことだから、空白期間の情報交換には含まれていない。

 人がいなくなると要塞の周囲に急速に自然が戻り、動物と魔物の世界になった。300年ほどが経過するとまた人が現れるようになった。粗末な武器を持ち、原始的な魔法を使い、魔物と命がけで戦う「人」に分類される様々な種族。それは要塞を所有する帝国とは無関係の者達だ。

 要塞は沈黙を守り続けた。

 人が現れるようになってからも文明は大して進歩せず、剣と魔法の千数百年が流れた。

 そして今日、ついに精霊と話をできる者が戻って来た。


 要塞が月と通信していたり、エーテル機関や兵器類が休眠状態にあるとかいった、剣と魔法ファンタジーを大きく逸脱する話はしなかった。

 管理人格にオレが人外認定されたことも内緒だ。


「エド君、やっぱりただの人じゃなかったのね」

「人のつもりなんだがな。精霊と話ができるなんて知らなかったよ」

「神代では当たり前のことでしょ?」

「それは誤解だ。本当に神代から来た覚えはない。それに、たぶんだが神代って旧帝国よりずっと前の時代だぞ。石板の横の文字はオレにも読めなかったし」


「古代文字ですね。旧帝国の文字と一緒くたにされたりもしますが、別物です。読めなくても、エルフなら何か感じるから分かるんです」

「ああ、オレも何か感じるものがある。オレの魔法の呪文も古代語だと最近分かったんだ」


「それってやっぱり神代から来た証なんじゃないの?」

「それはオレの短い人生ではありえない話なんだ。神代にも旧帝国にも住んでいた記憶は無い。オレはただの人間だ。変わった道具が無ければ大したことはできないと皆知ってるだろ」


「それは確かに。ちょっと走っただけで倒れそうになってましたし」

「そうねえ、弓も引けないし、腕相撲だって次はきっと私が勝つし。か弱いエド君が神様っていうのは無理があるわね」

「うぐ..まあそういうことだ。なっ、だからエリカも安心していいぞ」

「う、うん。今まで通り、あんたのことはエドでいいのね?」

「その方がオレは嬉しい」

 エリカがほっとしている。バチ当たりじゃなかったと分かって安心したか。

「だがな、人をどつくときはもう少し手加減しろよ」

「そっ、それは..手加減してるぞ。お前が弱すぎるんだ」

「エリカは手加減した方がいいと思うわよ。エド君は私たちが守るんだから」

 椅子に座るオレの肩越しにマリーが後ろから両手を回してきた。最弱男としての地位が確定しつつあるが、人外扱いよりはましだ。




 日がだいぶ傾いた。せせらぎに沈めている豚も十分冷えたはずだ。豚を川から引き揚げると、遊びに出ていた連中もちょうど戻って来た。

 オレもほぼ正気に戻った。ただ、どうしようもなくクロエを意識してしまうが、それが心地いい。


 リニャータが華麗なるナイフさばきで敵を切り刻むように肉を斬る。ロンセルはオレが貸した包丁を使って丁寧にきれいに、まるで魚の刺身を作るように肉をスライスしていく。

「あたしの分は厚めで頼むぜ」

 猫姐さん用にはステーキサイズだ。


 味付けは、肉に万能、焼き肉のたれ!お好みでポン酢もあるぜ。

 猫達が焼肉をはぐはぐ食っている。

 猫達以外もがっつきぎみで食っている。

「うめ~っ!!」

「すごく美味しいんだけど、エド君のソースなら何だって美味しいわよね」

「それなら塩コショウで食ってみれば違いが判ると思うぞ」


 まだ大量に残っているブラックボアの肉も少し焼いた。

「んん。あ~、やっぱりボア肉の方がうまいな。どっちもすごくうまいんだが」

「どっちも食うだけにゃ」


「ああ、またこのしゅわしゅわエール!」

「ああもう、このエールと焼き肉!あんた、私をダメにするつもりでしょ?」

 エリカが理不尽な絡み方をする。

 ケイトも潤んだ目でオレを見る。また酒と食い物に釣られて自分が誰を好きなのか忘れているらしい。明日には正気に戻っていると思うが。


 マリーはニコニコしながらも妙に落ち着いて食っている。前回は、はぐはぐ食ったあげく、食い物に釣られたのも認めて開き直ったくせに。時々こっちを見るが、あやしい目つきじゃない。守るとか言ったばかりだしな。


 隣に座るクロエは...ただひたすら美しい。かすかに腕がこすれ合うだけでも心臓が高鳴る。




 制服を着た犬獣人が二列で山を下りて行く。

「何だありゃ?」

「軍隊が訓練でもやってたんじゃねーか。魔物を狩ったりして」

「何で犬なんだ?」

「犬だからに決まってるにゃ」

「だな。犬だから兵隊やってるんだよ」

「犬は階級が大好き。だから冒険者や傭兵より、軍隊に入りたがる」

「あいつらは誰が偉いか決めないと気が済まないからな。同じ下っ端同士でも序列があるらしいぞ」

「なるほど、いかにも犬らしいな」

「屋敷の門番をやっている犬も多いにゃ」

「まるで犬だな」


 猫姐さんが悪い顔をして追加で肉を焼き始めた。並べられるだけ並べている。

「おいおい、酷なことするなあ」

「訓練中の兵隊ってのは大抵腹を空かせて耐えてるもんだぞ」

 ダメ押しにちょろっとタレをかけるとジュワ~ッと匂いが広がる。


 犬人の列が風下に入ると隊列が乱れ始めた。先頭では揉めている奴もいる。

「もうやめた!!元々こんなのは俺様の性に合わねえ!」

「貴様!敵前逃亡かっ!!」

「馬鹿か!ただの訓練だろうが。おらよ、こいつは返上するぜ。今決めた!契約は更新しねえからな。ここまで来ればこの訓練も終わったようなもんだ」


 その犬人は腰に下げた剣を外すと、指揮官らしい男に押し付けて1人抜け出してきた。士官っぽい制服を着て、背中には両刃斧を背負っている。隊列の中でも特にケモ度が高いやつだ。

 オレ達の前に来たそいつの顔には茶色の毛が生え、かなり犬っぽい。お手軽なコスプレではなく、特殊メイクしないと作れないレベルの獣人だ。


「俺も今から冒険者だ!だからよろしく頼むぜ」

「お、おう」

「だから、頼む。俺にも分けてくれ!金は払う!」


 猫姐さんが面白くてたまらないという顔をしている。リニャータとミャナーシャも同じ顔だ。

「大銀貨6枚だ」

「なっ...そりゃ高いだろ」

「ほ~ら、この匂いを嗅いでみな」


 ジュワ~ッと匂いが広がる。

 パタ パタ パタ パタ パタ パタ 

 だら~っと、犬の口からよだれが流れ落ちた。


「オーク1頭分の肉だ。たったの6枚で食い放題だぞ。このあたしが焼いて、しかも、味付けは他のどこにもない極上ソースだ」

「ううう、クソっ!有り金払ってやらあ!」


 犬部隊の全員がこっちを見て、大半がよだれを垂らしている。

「お前ら何を見ている!あんなバカは捨ておく。帰投するぞ!!」

 犬達が隊列を乱しながら歩き去る。何度もこっちを振り返り、今にも脱走兵が出そうだ。


 ここに来た抜け犬からは大銀貨2枚を受け取った。残り4枚は後で払ってもらう。からかってふっかけただけなので信用は問題じゃない。本来は2枚でも高いくらいだ。


「おおおおおん...なんちゅううまさだ。こんなうまい肉は初めて食ったぞ」

 犬が泣きながらガフガフ食っている。

「そりゃー、ただでさえ美味いからな。お前、腹ペコだったんだろ」

「おおよ。クソみたいな訓練でこの10日間、腹空かしたままだ」

 アオン、アオン泣きながらも肉にかぶりつく。


「ちゃ~んと、残りの金も払えよ?」

「この味を知ったら逃げられるわけないにゃ」

「もちろんだ!だから、また食わせろよ」


 ぼったくり過ぎだと思うのでボア肉も一塊出してやった。

「ほら、これも食え。うまいぞ」

「な..うまっ!うめっ!どこの肉だ?オークがこんなにうまいのかよ..」

「ブラックボアだにゃ。知らないのかニャ~?」

「おおお、これが...やっぱり冒険者になってよかったぜ」


「ところで、いいのか?軍隊を抜け出したりして」

「かまわん!俺は元々忠誠を誓っちゃいねえ。腕を買われて雇われただけだ。この訓練が終わるまでの契約だったからな。ちょうどいい辞め時になった」


「紹介が遅れたな。俺様は一匹狼のボルフだ」


「「「 犬だろ 」」」

「どう見ても犬だろ」

「はぐれ犬だにゃ」

「ちがーう!孤高の一匹狼だ」


 狼には見えない犬が語る。

伝手(つて)があって副隊長をやってたんだがな、元々俺は序列にばっかりこだわる連中が嫌だったんだよ。何しろ俺様は一匹狼だ。そんな犬連中になじめなくてな」

「まだ言ってるにゃ、このはぐれ犬」


「犬人も集団になると大変そうだな。分るぜ。オレもそういうの苦手だから」

「おお、分るか。さすが冒険者だ。で、お前たちはこれから山に入るのか?」

「いいや、ゴブリン砦を潰してきた帰りだ」

「なるほど、それでこの人数か」


 食い終わって一息ついたボルフはミシャーナと目を合わせた。2人は示し合わせていたかのように立ち上がって武器を取った。脳筋同士、言葉は無用ってやつだな。


 大斧と両刃斧で、猫と犬が打ち合う。

「あの犬、意外と強い」

「侮れんにゃ」

「ミシャーナより強いのか?」

「うん、犬の方が強い。でもお互いに相性が悪い。簡単に勝負はつきそうにない」


 解説のミャナーシャによると、猫姐さんの鬼回避と体の柔らかさに犬はてこずっている。それでも犬の方が経験豊富さを感じさせる巧みな動きで、単純に力も強い。ミシャーナの打撃を正面から受けても難なく押し返している。


 ボルフは時々、ぶおんっと水平に振り回す、回転攻撃を出してくる。相手の攻撃を受けるのはまっ正面からで、『力比べなら負けねえ』と言わんばかりだ。

 ミシャーナは受け流すのと入れ替わりに、斧をくるっと反転させて柄で突いたりとトリッキーな動きが多い。ここぞというタイミングでは真正面からズドンと振り下ろす。


 いい運動したという顔で二人が戻ってくる。オレから見たら双方とも攻め手に欠ける引き分けだった。

「犬のくせにやるな、ボルフ」

「フン、そっちこそ猫のくせに強えじゃねえか」

「...なあ、お前、手加減してただろ?」

「そういうわけじゃねえが、実戦じゃなきゃ出せねー技もあるんだよ」

 ボルフにはまだ見せていない技があるらしい。


「ほらよ、2人とも喉乾いただろ」

「ん、何だその筒は?」

「これはな、しゅわしゅわで冷たいエールだ。犬が知ってるわけないよな。見てろ、こうやって開けるんだ」

 猫姐さんがプシュッと缶を開けてビールを煽る。


「冷たっ!こっ、こうか?」

 ボルフも真似して開けようとする。指が滑ってパチッ、パチッとプルタブを鳴らしてからプシュッと泡が出た。その泡をすする。

「おおっ!?なんだこりゃ、美味いぞ。おおお~っ!こんなもんまであるのかよ」


 ビールをごくごく飲んだ後、ボルフが唸って眉をひそめて数秒間目を閉じた。苦渋の決断をしたかのように口を開く。

「くっ、だが俺様は一匹狼だ...悪いがお前達の仲間にはなれねえ」

「犬にそんなこと頼んでないにゃ」

「なれねえが、時々助太刀するくらいは構わん。困ったらいつでも俺を呼べ!困らなくても呼べ!!」


 こうして完全に餌付けされた、狼じゃない犬もブルグンドへ引っ越すことになった。

「世話になったな。俺も大急ぎで引っ越して冒険者登録するぞ」

 ザックが親切に教えてやる。

「どうせ最初は宿暮らしだろ。それなら、俺達は犬肉亭に泊ってるからな」

「おいっ、何だその不穏な名前は?」

「おお、悪い悪い。名前が嫌なら街には猫肉亭もあるぞ」


 あるのか。


「にゃはは、そっちはこれだにゃ。美人ぞろいって評判らしいにゃ」

 リニャータが、にひひと笑いながら、指で作った輪っかに人差し指を出し入れする。

「どうせ猫だろ?普通の宿は無いのかよ?」

「登録ついでに聞けば教えてくれるから心配すんな」


 ボルフは隣国方面へ走り去った。犬獣人が本気で走れば明日の夜にはブルグンドまで戻ってこれるらしい。


《納屋27》

ボルフ=Bolf

 最初はヴォルフだったけど、Wolfに近すぎるのでボルフにしました。本人が何と言おうと犬なので。

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