28.英雄の帰還
《納屋28》
今から冒険者になる!とか言う、抜け犬のボルフに焼肉を食わせてやった。ミシャーナがぼったくったが、焼き肉のたれに缶ビールならその価値はあっただろう。
要塞の精霊から受け取った膨大な情報も落ち着いたようだ。もう、ぐるぐる回らない。その代わり、クロエの翠の瞳が目に焼き付いている。
途中で一夜明かして、早い時間に街の近くまで戻って来た。その道中に、回復魔法を短期間でどうやって覚えたのかクロエに聞かれた。
「回復魔法は後でじっくり教えてあげようと思ってたんですよ」
「あ、いや、研究に付き合うついでだったんだ。オレの師匠はクロエだけだぞ。アゼリーナさんは先生だ」
「優秀な先生ですね。まあ、あの人なら当然ですけど...エドさんっ!!」
「はいっ、師匠!」
「素晴らしい上達ぶりです。ですが、まだ少し不安定ですね。いいですか、帰りつくまでは、謎の呪文は禁止!魔力操作からの魔法発動を徹底的にやります!」
「はいっ!」
そこからは、歩き方に始まり、歩きながら集中するための呼吸法、魔力の経路制御、姿勢、発動時の声の出し方、等々全てを鬼軍曹と化したクロエに一切の妥協なく叩き込まれた。
「なぜ荷物も無いのにふらつくんですか!」
ビシッ!
「サー・イエス・マム!!」
***
「炎弾! 炎弾!」
ボヒュッ! ボヒュッ!
街から朝二の鐘が聞こえる。
「今日のところはここまでです。よく頑張りました」
「はいっ。ありがとございました!」
頭が疲労困憊だ。魔力がすぐ回復するとバレているおかげで、延々としごかれ続けた。一回一回にじっくり時間をかけるから、実質、魔力切れ無しの休憩無しだ。
ゲートまであと数分というところで人だかりができていた。オレ達も野次馬になる。
2頭の馬がつながれた荷車が止まっている。毛並みが綺麗な2頭の黒馬もいる。横には「英雄」ご一行が立っていた。エルフとドワーフを含む5人パーティだ。遠目にも分かる超豪華装備で全身を固めた彼らは主役に違いない。
もっと近くで見よう。
金属鎧の大男と背の高い女。どちらも桁違いの強さだろう。見ただけで分かる。豪奢な鎧にはところどころ不思議な光の反射がある。まるでそこから光が放射されているようだ。ミスリルだろうか?
革鎧を着た、屈強な髭もじゃのドワーフは両刃斧を背負っている。その刃の光には見覚えがある。間違いなくミスリルだ。
魔法使いの女は、赤の上に黒いローブを着た、ゴージャスな縦巻きロールの金髪エルフだ。エルフなのに、ローブの上からでも胸のふくらみが分かる。誰もクロエが『無い』とは言っていない。人それぞれ違いがあるというだけだ。
杖の先には複雑で繊細な金属の細工が施され、握りこぶし大の赤い宝石がはまっている。二十歳前に見えるすごい美人なのだが、目の光がまるで...貫禄がありすぎる。あれに比べたらクロエなんか子供に見える。
クロエがオレの腕をがしっとつかんだ。
「エドさん、見た目に騙されちゃダメですよ。あれはBBAです」
ミャナーシャも尻尾を波打たせながら言った。
「ディメトレーヤは、正真正銘、本物の魔女」
波打つ尻尾がちょっと膨らんでいる。
もう1人の魔法使いは男で、一見すると地味だが闇のオーラでも背負っているような雰囲気がある。くすんだ麻布のような地味なローブを着て、杖は何の装飾もない木の枝だ。
この男以外の4人は、まるでレベル上げをカンストして最強装備で身を固めたような豪華さだ。あるいは、どこぞのファンタジー異世界の主役たちが冒険の旅から帰還したところに違いない。
あれに比べたらオレ達なんて脇役ですらないただの背景だ。
どんな旅だったのか話を聞けないものだろうか。
街の方から大型の荷車が三台、ガラガラ引かれてきた。
「みなさーん、道を開けてくださーい!」
金属鎧を着た女剣士が叫んでいる。
エルフが荷車の横に立つと、その上に突如として巨大な竜の首が現れた。
ワーッ!!と野次馬達から大歓声が上がる。
続けて、ドワーフが筒状に丸められた革袋を伸ばす。自分が入れそうなくらい大きい。その袋から手品のように、長さ数メートルもある太い尻尾が出てきた。尻尾の先は荷車からはみ出している。最後にうさんくさい雰囲気の、男の魔法使いが虚空から竜の胴体を出した。
三台の荷車の上に、巨大な竜の首、胴体、尻尾、すべてのパーツが揃った。
野次馬たちの歓声が最高潮に達した。
「あれは地竜だな」
「さすがね。きれいに仕留めたもんだわ」
「くっ、くっ、くっ、くっ」
「なんだ?エド?」
あまりの嬉しさに笑い出してしまった。笑いが止まらない。本物だ。本物のファンタジー英雄が目の前にいる。涙まで出てきた。
竜を乗せた荷車が馬に引かれてゆっくり進み出した。先頭には、ひと際立派な2頭の黒馬が並び、乗っているのは金属鎧の2人だ。竜の頭を運ぶ荷車には、ドワーフと2人の魔法使いが乗っている。
カーン カーン カーン カーン カーン
街の鐘がゆっくり何度も打ち鳴らされる。それを聞いた街の住民たちが大勢出てきた。後を追う野次馬にオレ達も混ざった。
凱旋する英雄達。重ねて流れるエンドロールが見える。曲はあれだな。これにうってつけの、ファンタジーでファンタジアな古いアニメの曲を口ずさみ、オレは1人感動する。
「エド君、それ、あとでゆっくり聞かせて」
「外国の歌ですね。すごくこの場に合っている気がします」
聞こえたか。オレは音痴だから後でスマホに歌ってもらおう。今更スマホの機能を隠す必要もないし。
街へ入り、進む先にはギルド長と職員達の出迎えが待っていた。後でフェレーナさんに聞いてみると、実は嫌々の凱旋パレードだったらしい。
「彼ら、本当はこういう派手なのは嫌がってたんだけど、ギルド長に頼まれてしぶしぶやってるのよ」
目的はもちろん、冒険者の士気を上げ、後に続く者を増やすためだ。実際、効果てきめんだろう。英雄を見る少年たちの目は輝いていた。オレだって同じ目をしていたはずだ。
できれば英雄譚を直接聞きたいところだが、街のみんながそう思っている。だから、後でギルド職員や吟遊詩人が話を広めることになっているらしい。
***
騒ぎが落ち着いてギルドの業務が再開した。
今回の稼ぎは、
ゴブリン砦 金貨3 <--依頼の報酬
ゴブリン 97 金貨2 大銀貨4
ゴブ・シャーマン 大銀貨5
オーク 10 金貨21
狂化オーク 1 金貨3 大銀貨6
両手斧 金貨2
長剣 金貨2
折れた剣 大銀貨2
防具類まとめて 金貨1
---------------------
合計 金貨35 大銀貨7
11人で分けると金貨3枚+大銀貨2枚ずつで、大銀貨5枚余る。
「やっぱりオーク肉がすごい稼ぎになるな」
「うん。エド抜きでは運べない」
皆が人の能力にタダ乗りはできないとこだわりを見せる。解体したオーク肉の余りはオレが引き引けた。大銀貨5枚と小魔石51個もオレがもらった。
「それくらいはエドがもらっとけ」
「おう。遠慮なく」
「まったく、気前がいいんだから。知らない女には甘くしちゃダメよ?」
「そうよ。エド君、か弱いんだから気を付けてね」
「ぐぬぬ...おう」
マリーめ、その言い方気に入ってるだろ。
ミシャーナまで。
「冗談で言ってるんじゃないぞ。冒険者なら女でもエドよりは強いからな。油断するなよ」
「エドは、わたさない」
「弱ったふりして近づく女とか要注意だからね」
散々な言われようだが、これがファンタジー異世界に紛れ込んだ、鍛えていない日本人男の現実だ。
金貨3枚+大銀貨2枚は、たった2泊の遠征で3~4か月暮らせる金額を稼いだことになる。またオレもちょくちょく一緒に行くから、今後の稼ぎにも期待できる。だから皆、これから数日は遊ぶか面白そうな依頼だけ受けるつもりらしい。
ちなみに、魔力が抜けてしまった使用済みマンドラゴラは小銀貨2枚だった。無傷で未使用な状態の10分の1だ。
いったん解散して、荷物を置いてひと休みしたら、昼一の鐘で犬肉亭に集まることなった。その前にオレも伯爵邸に生存報告くらいはしないとな。
後ろから引っ張られた。フェレーナさんだ。
「ギルド長が呼んでるわよ」
部屋へ案内される途中、人目が無い場所で壁に押し付けられてキスされた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
あー、こんな感じなんだ。フェレーナさんを好きなのも変わってないや。
部屋に待っていたのはギルド長1人だけだった。
「エドワード君、今回も頑張ったようだな。いい戦果だ。私も嬉しいよ。早速本題だが、いい話がある。断ってくれてもいいのだが、できれば受けて欲しい」
このタイミングだ。察しが付く。
英雄達の次回の遠征に参加しないかというお誘いだった。役目はアイテムボックスを使った荷物持ちだ。それに、オレの魔法なら道中の雑魚掃除くらいはできる。
う~ん、と迷っているふりをして英雄達の人柄とか、聞いても差しさわりのなさそうな情報を聞き出した。
エルフと男の魔法使いはクセが強いが悪い奴ではなく、他のメンバーも爽やかで豪快な気のいい連中だそうだ。うん、知ってた。それテンプレ主人公だよ。
面白い話を聞けたな。
「ごめんなさい、お断りします。こちらでやりたいことがあるんです。ときどき伯爵にも会わないといけないですし」
「そうか、残念だが仕方がない。君は自由だな。いいことだ。今後の活躍に期待している。来たついでだ、これを持って行きたまえ」
また小箱に入ったショコラをもらった。なんと、今回は10個入りだ。
「くっ、くっ、くっ」
つい、笑いをこらえきれず声が漏れた。伯爵とパブロックにそれなりの量を売ったからな。きっと英雄達にもショコラが配られただろう。それを想像したら楽しくて声が出てしまった。
「いや、失礼。またショコラをもらえたのが嬉しくて、つい。ではこれで、失礼します」
お誘いは正直嬉しかった。だが、オレ最大のチート能力は背後にある地球文明だ。それに今の実力だと地球から離れるほど死亡率が跳ね上がる。いつかは大冒険の旅に出たいとは思っているがまだその時じゃない。
「あとな、アゼリーナ君が呼んでいたぞ」
***
アゼリーナさんの部屋の前まで来た。深呼吸をする。やはりここに来ると、甘く切なくも怖い、相反する感情が込み上げてくる。いつにもまして動悸が激しくなってきた。ドアを叩こうとしたら、中から伸びる白い手に引き入れられた。
机の上の壺からは細い煙が立ち上っている。
ああ...落ち着く。いつもの匂いだ。
アゼリーナさん...
「エド君おかえり、なさい」
「ただいま、アゼリーナさん」
青薔薇が入っていない方のお茶を出された。
「ありがとうございました。この杖、すごいですね」
「まだ持ってて、いいわ。一緒に、狩りに行く約束よ」
借りていた杖を返そうとする手を押し留められた。そのまま見つめ合ってゆっくり顔が近づく。
ドンドンドンとドアが叩かれた。
「アゼリーナぁ~いる~?いるわよね。入るわよ」
ずかずか入って来たのは英雄ご一行の1人、縦巻き金髪エルフだった。
「お師匠...返事を待ってから、開けて」
「ああ~ら、意外。あんたが男連れ込むなんて」
「違う。エド君は、」
「初めまして。アゼリーナ先生に魔法を習ってるエドワードです」
「ふう~ん、それだけ?つまらないわね?」
縦巻きエルフにじっと見つめられた。ヤバい。クロエの比じゃない。碧の瞳は底なしだ。みつめ合ったら一瞬で心臓をわしづかみにされる。あっちがその気になればだが。
「あなた、変わった人なのね...」
「え?」
人に違和感を感じた。どういう意味だろう?
「.....」
「お師匠、ダメ!」
アゼリーナさんが庇うようにオレを抱き寄せて、間に割って入った。
「エド君、コレは、私の不肖の師匠、ディメトレーヤ」
「ちょっとー、指差してコレはないでしょ、コレは。久しぶりに来てあげたのに、ひどい弟子ね」
「はい、どうぞ」
ゴトン、と紫の湯気が立ち上るお茶が出された。マンドラ・イモリ茶をすするゴージャス金髪の魔女と、黒髪の魔女に挟まれたオレはたまらなく場違いだ。
縦巻きエルフがスンスン鼻を鳴らし、アゼリーナさんをジト目で見た。
「...」
そしてフッと鼻で笑った。
「何?」
「このバカ弟子」
オレが知る中で一番怖い魔女がアゼリーナさんを指さしながら言った。
「エド君、この魔女に怖いことされたら私に言いつけていいわよ」
「えっ?はい。いえ、先生はとても優しいです。ご心配なく」
「本当にぃ~?」
またじーっと見つめられた。後ろへ下がったら机にぶつかった。魔女が近づいた分、オレは後ろへのけぞる。視線が比喩でなく意識の奥底に突き刺さる。
「お師匠の、秘密、そのい~ち」
ばっと手が出てアゼリーナさんの口が塞がれた。
「え、オレも聞きたいです」
今度はにっこり笑顔で魔女に見つめられた。
しまった、墓穴だったか。
オレの顔がひきつる。
「ほんとうーに、聞きたいのぉ~?」
オレの頬を撫でながら顔を近づける魔女。
怖すぎる。心臓麻痺起こしそう。
「いっ、いえ、聞きたくないです!」
「あらヒドイ。私になんか興味ないって言うのね?」
はめられた。正解無しかよ。
アゼリーナさん助けて!
顔が近い。
あ~、ここまで来るともう、あっちがその気とか関係ないんだな。碧の瞳の中心の漆黒がす~っと広がるように見えた。力が抜ける。なぜか逆2乗の法則が頭に浮かんだ。
* *
「そんなに怒らないでよぉ~。今のはわざとじゃないわよ。事故よ、事故」
怖い魔女の術中に堕ちる寸前にアゼリーナさんに助け出された。寸前で済んだのはクロエのおかげもあるだろう。アゼリーナさんはオレを抱きしめたまま怖い魔女を睨んでいる。
「お師匠、用件を言って」
「そんなもの無いわよ?あえて言うなら、時間要塞の調査はどんな具合なの?」
「訳あって、中止している。伯爵が、決めたこと」
「あら、そう。ところで今夜だけど、そこの、お気に入りの弟子君も連れてらっしゃいね」
ディメトレーヤさんは部屋を出ようとしたところで振り返り、オレを見ながら目を細めて微笑んだ。
「エドワード君、お話できるのを楽しみにしているわ。あなたは、わたしの、孫弟子よ」
パチンと魔女のウインクで星が飛んだ。
裏のない笑顔に見えたが、オレはそれを『ニゲルナヨ』と解釈した。これはもう、間違いなく目をつけられた。
「アゼリーナさん、オレのことは全部秘密でお願いします。アイテムボックスも、呪文も、出身も。オレは食うだけで精いっぱいの、どこにでもいる駆け出し冒険者です」
「わかったわ。あなたは私が、守ってみせる」
どの辺から突っ込まれるか予想してみた結果、少しは情報を出した方がいいということになった。
「ディメトレーヤに、全部隠す、のは不可能」
納得だ。確かにその通りだろう。全部隠そうとしたら、逆に墓穴を掘りそうだ。
《納屋28》




