第11話 炎の将軍
遠くで上がる歓声を聞きながら男はつまらなそうに周囲を眺める。
踏みつけた草の青臭い匂いが鼻につく。故郷の砂の匂いとは大違いだ。
「ちっ」
舌打ちの音が響いたかと思うと男の目の前の草が燃え上がる。
水分をたっぷりと含むはずの草は瞬く間に黒く焦げ縮れていく。
周りに立つ兵士たちはそんな男の行動にも、突如として炎が燃え上がる奇術にも慣れているらしく微動だにしない。
日に焼けた褐色の肌に長めの銀髪。蛇のような金色の瞳は不機嫌そうに細められている。周りの男たちが似たような布を巻き付けたような衣装なのに対し男の上半身は何も身に着けていなかった。そのかわり腰巻や首に下げた金の装飾は大きく見事なものだった。
ジェエラ皇帝直属殲滅魔術軍将軍ラファーガ。
それが男の名と階級だった。
皇帝の勅令によって敵の殲滅を担当する栄誉ある軍の将軍。
「くそっ!」
宙を何かがとび地面に落ちる。その先からひと際大きな火柱が上がるのを見てさすがの兵士たちも狼狽える。しかし、その場から動くものはいなかった。自らの上官の『くせ』を知っているからだ。兵士たちにとってただ与えられた命令をこなすことだけが戦場で生き残る術なのだから。
そんな兵士たちの心境も知らずラファーガは暗闇を見つめる。
(まさかオレ様が『囮』とはな)
屈辱だった。
殲滅役の自分が手加減をしなくてはいけないとは。
ガサリ、という音が右手から聞こえてきた。
「あぁ?」
兵士の一人がほんの少しだけ動いたのだろう。
だが、それさえも今のラファーガにとってその音は耳障りなモノだった。すなわち、己の世界には不要なものに他ならない。
右手から放たれた一片の紙が兵士の足元にふわりとたゆたう。
「ひ……」
「うるせぇんだよ、クズが!」
不運な兵士が口を開くよりも早く火柱が燃え上がる。肉が焼ける臭いが充満し炎が消えた時、そこに人がいた形跡はなかった。ただ黒く焦げついた地面があるだけだった。
「ら、ラファーガ将軍!」
「うぜぇんだよ!」
「伝令です!」
「伝令だぁ?」
さきほどの『処罰』を見ていたのだろう。伝令兵の顔は青ざめていた。
間一髪で命を繋いだ伝令兵はなるべく早くこの場から離れるべく口を開く。
「援軍らしき部隊が要塞西方へ移動を開始した模様。勘づかれたようです」
「っは。だとしたらオレ様の落ち度じゃねぇ。あの女の落ち度だろうが。……ん、まてよ? いいじゃねぇか」
ゆっくりと不機嫌だった顔に残虐な笑みが広がっていく。
「おい、野郎ども。狩りの時間だ」
その表情はまさしく獲物を丸呑みする前の蛇のようだった。
キリキリと弓が引かれる音がする。矢には炎がともっていた。
「放て!」
ロアノスが右腕を振り下ろすのと同時に矢が放たれる。目標は迫りくる軍勢だ。
多くの矢は盾に阻まれてしまっているが、多少勢いをそぐことには成功している。
アーロン要塞西門前に布陣し終えてすぐ偵察隊が敵軍を発見した。報告通り組み立て式の投石器を装備していた。
(準備さえ整えば……)
投石器さえ封じることができればジェエラ側に城壁を破れるものはない。
そのための策はすでに打ってある。そのためにはもう少し接近を許したほうがいい。
できるだけ遅く。そして勘づかれることなく。
それでも収まらない不安に剣を握る手が汗ばんでくる。
城砦内からはすでに戦闘要員以外は退避させてある。問題はない。
そう言い聞かせても不安は収まらなかった。
以前はこんなことなどなかった。
(久々の戦場に気がたっているのか?)
無用な感情は命取りになる。
大きく深呼吸して落ち着こうとしたが無駄だった。
「ロアノス様……」
「……すまない。ルノス。我ながら、らしくないな」
ルノスもロアノスの様子を気にしていた。そして同時に戦場を覆う嫌な空気に軽い吐き気を感じていた。
「ロアノス様、先頭集団が接触しました」
「そのまま少しずつ後退させろ。十分引き付けたら……合図を出せ」
「は」
交戦状態になった今、下手に弓矢を使うわけにはいかない。しばらくはここから後退してくる部隊の様子を見ているしかない。ロアノスにとってただ見ているだけというこの状況は苦痛だったが、闇雲に前に出るほどの猪突猛進ではない。状況はわきまえる。
投石器自体は未だ射程圏内に入っていないらしく稼働していない。
そんな時間をただただ過ごしていく。
あちらの軍の規模が確認できるようになったころ、投石器から石がとび始める。頭上を飛んでゆき城壁に当たる音が耳に届くがこちらに落下してくるものはなかった。
「よし、ルノス。放て」
「はい!」
ルノスは手に持った松明を地面に設置した筒から伸びる導火線へ近づける。
空気を震わせ発射された光は戦場の上空に達すると稲妻のような光を発する。ロアノスは右手をあげる。
「火矢、構え……放て!」
再びとんだ火矢の数はすくなかった。ちょうど投石器と同じ数。
射った弓兵も名手のみ。
矢は吸い込まれるようにそれぞれの投石器の弦を射抜くとそのまま木製の本体部に突き刺さる。同時に爆ぜた少量の火薬によって瞬く間に投石器全体へ炎は広がり巨大な松明が出来上がった。
その松明のつくりだした視野は満月の夜以上。この砦の騎士たちには十分すぎるほどだった。
ロアノスは声を張り上げた。
「……押し返すぞ!」
西側で燃え上がった投石器で戦況がとてもよく見えるようになった。
セネルは弓を握った左手をダラリと下げる。
緊張から一気に解き放たれ再び全身に刻まれた傷がズキズキと痛みだした。
出された命令は単純だった。十分に引き付けるため合図が出たら射抜け、と。単純だが極めて高い技術が必要だ。
投石器にいくら太い綱を使っているとはいえ、弓で狙うにはおまりにも難しずぎる。
弓兵の中でも特に腕に自信を持つ者を集めたが、すべて命中したのは奇跡だろう。
「……ふう」
ため息をついた瞬間、視界の端で新たな光が発生した。
(……南の戦場で?)
あちらについては炎を使うという指示はなかったはずだ。あったとしても木製の投石器のよう燃えるものはない。
教会騎士団が援軍としてきているとはいえ、その中に魔導師団はない。
空気に嫌な臭いが混じり始めた。




