プロローグ(前編)
季節はもうすぐ冬。チラチラと降ってくる雪の結晶が、少しずつ緑の葉を白く染めていく。秋に咲くファヴィアの、青と赤紫の花が二輪だけ視界に入る。そのうちの青の方だけは、少し茶色く枯れていた。黄の花に囲まれて、まるでお話の一部を切り取ったようだ。植木師はセンスが良い。
今日は刺繍のお仕事の前に神話読みがあるので、少し早く起きて、たまに同級生の見える大通りを歩く。神話なんて聞かず、早く刺繍がしたい。そんな思いを胸に、焦れったさを感じながら歩いていた。
「ペッティナ、おはよう!」
友人のペッティナを見つけ、私は背後から声をかける。私の挨拶と、朝鐸のカラーン、カラーンという音が重なった。ペッティナはその一つに束ねた銀の美しい髪を靡かせて振り向き、青の瞳をこちらに向けて視線を合わせた。
「おはよう、エウイル。今日も元気そうね! ……あれ、ヴィジェは? いつもいたわよね」
私がヴィジェと一緒に教会へ向かっていないことに、ペッティナが違和感を示した。いつもと同じように噴水広場で待ち合わせをしていたのだが、今日はヴィジェが広場まで降りてこなかったのだ。今日の神話読みが誰かは分からないが、万が一厳しいことで有名なアスティだったら怒られるどころでは済まないので、置いてきた。
そのこと話すと、ペッティナは目を丸くしたあとクスクスと笑い始めた。
「まぁ、エウイルらしいわね。でも、次に会ったらヴィジェに『酷い』って言われるんじゃないかしら?」
「いいのよ、ヴィジェが悪いわ。それに、ヴィジェは一度遅刻したってアスティ先生にも怒られないと思うの。短剣使いの、座学も含めて優等生だからね」
ヴィジェは見た目が弱々しいわりに、短剣の扱いが上手いのだ。私が出来る事といったら、ぐるぐると回して飛ばし、被害をまき散らすことぐらいである。アスティの髪をスレスレで切り、刃を鞘から出すことを禁止されたのはまだ記憶に新しい。代わりにと短槍を渡されたが、あれは重くて使いづらいのだ。
「そうね、あの人はアスティ先生に気に入られているもの……門限の夕鐸に間に合わないエウイルと違って、昼鐸を過ぎたら許されるんじゃないかしら?」
「そりゃあ、そうなんだけど。私だって頑張っているのよ? 朝起きるのが少し苦手なだけ」
「少しで済ませられる数ではないと思うけどね」
こうして軽口を叩きあえるくらい親しい友人は、私には少ない。ペッティナの、その見目に合わない性格だと多そうなのだが。
「エウイル、教会が見えてきたわよ。今日は晴れているから、いつにも増して眩しいわね…」
教会のいくつもある硝子の尖塔が日の光を反射し、目に突き刺さる。眩しさに狼狽する私と違い、当のペッティナは陽光の中で天を仰いでいる様子がとても美しい。まるで神話読みの聖書に出てくる美の女神と見紛うような神々しさだ。……私は別に見紛わないが。
その時、ハァハァと荒い息遣いがこちらへ近づいてきた。
「ヴィジェ、おはよう。あなたが遅刻しかけるなんて珍しいわね、何かあったのかしら?」
私より先に反応したのは、ペッティナだった。ヴィジェは私の横に並んだあと、呼吸を整えてペッティナを見た。
「昨日少し、夜遅くまで起きていただけだ。にしてもエウイルがいる時間ならもう遅刻一歩手前なんじゃないか?」
「はぁ? ペッティナがいるんだから大丈夫に決まってるじゃない。ペッティナは刺繍工房のお嬢様よ」
ペッティナは今まで問題を起こしたことが無いので安心だ。私の存在がペッティナよりも大きいわけはない。ヴィジェは私を信用しなさすぎだ、酷い。
「……まぁ、そうだな。ここの大通りにこれだけ人がいるならペッティナも含めて大丈夫か」
「エウイルにしてはいつもより早いもの、褒めてあげれば?」
ペッティナの言葉に、私は眉をひそめる。褒めてあげると上から目線だと、例えちゃんと褒められたとしていい気分にはなれない。いや、ヴィジェが私のことをまともに褒めるわけがない。ヴィジェは少しの間嫌そうな顔をした後、案の定私の頭を手のひらで二回、乱暴に叩いた。
「痛い、ヴィジェ! 褒めるならもっと優しくしなさいよ、加減を知りなさい、加減!」
「お前の減らず口が治るならいくらでも褒めてやるよ」
「減らず口って何よ!」
二人でわぁわぁとひとしきり言い合った後、にらみ合う。そんな私たちをペッティナが「これで遅刻したら元も子もないわよ」と言って歩き出させる。はぁ、とため息を二人同時につき、二人同時ににらみ合った。
教会につき、中を見渡す。相変わらず、壇上には七つの像が教会の門の先を見つめていた。門の先を見ているのはいいのだが、その先に何があるのかが知りたくて仕様がない。門までの道はずっと大通りで、細くなっていく道は最終的には森の中。何もないところを見つめて楽しいのだろうか。
「あら、エウイル。今日は早く来ているではありませんか?」
私が最前列の右端にペッティナと座ったのを見た神官セピレーアが、声をかけてきた。今日の神話読みはセピレーアの担当らしい。教会一優しいことで有名なセピレーアが担当なら、ヴィジェもお咎め無しだったはず。心配しなければよかった。
「刺繍がしたすぎて早く起きたんです。神話を聞いてお祈りするくらいなら、刺繍をさせてください」
「貴女、いつもは刺繍をしたくても早く起きられないのでしょう? 日頃の行いですよ」
セピレーアはペッティナとよく似た顔でクスクスと笑う。流石姉妹だけあって、髪や目の色が違っても仕草や顔立ちがそっくりだ。私の左隣に座るペッティナも、おかしそうに私たちを見つめている。
「日頃の行いで刺繍が出来るようになるなら、させてください」
「変わらないから、貴女には一生無理ですよ」
変わらない表情のまま切り捨てられ、何だか悔しくなる。反論もできないので黙るしかないのだが、いつかは絶対に勝ってやると思っているのだ。
「さぁさぁ皆さん、神話読みの時間ですよ。静粛に、自分の席に座りなさい」
最後まで読んでくださりありがとうございます!
まだまだ小説家(?)としてはルーキーですし、よく読まれるようなライトノベルとは少し作風が違ってつまらないかもしれませんが、プロローグの前編だけでも読んでくださったことに最上級の感謝を捧げさせていただきます。
もしよければ軽い気持ちで評価やブックマーク、していただけると幸いです。




