出会った縁2
少年が来た日から少年を一人に出来なくて、食料品を買いに行く以外は、家から出なかった。
このままずっと引き込まっているわけにもいかないことは、気づいていた。バイトにも、行かないといけないし・・・
窓から差し込む夕日に照らされている少年の寝姿を見て、決意を固くする。その日の夜は、案の定寝付けなかった。
少年を一人にすることへの不安は、実のところなかった。少ししか一緒に暮らしていないけど、物覚えの良さと行動の端々に見える賢さを見て来た。きっとこの子が、恵まれた環境で育っていたらもっと利口になれたと思う。かわいそうに。
眠れないまま朝を迎えた私は、いつもより早く朝ごはんを作り始め、いつもより早く準備を始めた。少年の朝食を作っておいた。
「行ってきます」
扉を開き、光が差し込んできた。この時間の朝日が、こんなにも眩しかったのかと驚く。
踏み出す一歩一歩が、重たく感じた。大学に着くまでの時間も、途方もなく長いように感じた。
一週間ぶりに大学の正門をくぐる。
「おはようっ!」
聞き慣れた声が、耳に届く。
「最近、大学来てなかったけど、どうしたの?」
「ちょっと色々あって・・・」
「なになに?聞かせて~」
悪気がないその言葉が、煩わしく感じる。そこに、助け船が出る。
「今は話せないんだよね。それより、今日キッチンカー来るらしいよ」
「え?マジ?」
彼女は、鼻歌まじりの陽気なステップで去っていく。
「ごめんね。悪気はないんだよあの子も」
高校の時からのその気遣いに、感謝する。
「分かってる。ありがとうね」
遠ざかっていく背中を見ながら、答える。
「二人とも早く行こ!」
講義も終わり、私は大学内の図書館に向かう。私なりの推測だと、恐らく少年は、話さないのではなく話せないのだと思う。あの子が私に向けるあの目は、意思を持ち、何か伝えたいと思っている目に見えた。それが私の勘違いだったとしても、暇つぶし程度にでもなってくれたら良いと思う。
大学の図書館に入ることなんてレポート課題がある時ぐらいだった。
私が通っている大学に保育学部があって助かった。少年の年齢は分からないが、児童書とか子供向けの小説を多めに選んでいく。
空が茜色に染まる頃、我が家に帰ってきた。
「ただいま」
風呂を済ませ、少年との夕飯も食べ終わった。
「気に入るといいんだけど・・」
少年は、本を手に取りページをめくる。文字を一生懸命に追っている姿が、愛おしく感じた。しばらく本を眺めていた少年が、困った顔を作っていた。
「ん?どうしたの?」
少年は、私に本を見せてきて文章を指差した。
「読んで欲しいの?」
少年が頷くのを見て、文章を読み始める。この日の夜は、少年と共に本の世界を旅した。その日以降、少年は、少しずつ言葉を発するようになっていった。
少年が、図書館から借りて来た本を読み終わる頃、最近あの子がよく外を眺めていることに気が付いた。
「ちょっとお外に出てみない?」
家の近くにある公園で少し遊んで帰ってくる予定だった。あの人と出会うまでは。
「やっほー!」
大学でよく聞く声が、私の心拍数を急激に高くする。
「おはよう・・・」
「こんなところで出会えるなんて私たちやっぱり友達だね。みーちゃんの家ってこのへん?」
「うん。。ここの近く・・」
多分一番出会いたくない人物に出会ってしまった。
「この子は?」
彼女が、少年に気づく。少年は、私の背後に隠れた。
「お、おとうとなんだ・・」
「みーちゃん、一人暮らしだよね?」
自分で墓穴を掘ったことを後悔しながら、必死に次の言い訳を探す。
「この頃みーちゃん変だったし、何か困っていることがあるなら言ってよ」
彼女の真っ直ぐな瞳に全て見透かされている気がして、隠しきれる自信が無かった。