次男の場合
荒れていた妹の癇癪が、家出から戻ってきて少し治まった。
大方、王太子殿下のもとで散々暴れ回ってすっきりしたのだろう。
父が嫌いなことは相変わらずだったが、いくら暴れ回っても父相手では無意味だということをついに悟ったに違いない。
……そろそろ兄が、城からの修繕費用請求について頭を悩ませ始めていたので、ちょうどいい頃合いだった。
家族の中で、父が好きだったのは母だけだった。
例外に漏れず、実は俺も父が嫌いだ。
むしろ、家族の中で一番父を嫌っているのは俺かもしれない。
兄や妹のように表に出すことがないぶん、余計に。
初めて父を嫌いだったのだと自覚したのは、実はつい最近だった。
妹のように感情を発散することは苦手でも、冷静に判断出来るのが得意なのだと思って今まで生きてきたから、自分でもこの感情には心底驚いた。
『あの方は、愛し方が分からないのです』
在りし日に、俺のしつこさに観念してそう言ったのは、長年我が家に仕える家系出身の、当時はまだギリギリ壮年だった執事だ。
俺はその時、まだ幼いと言われる年齢の子どもだったが、周囲も驚くほどに冷静で大人しく、分別がつく大人顔負けの子どもでもあった。
しかし、子どもはやはり子ども。
普通ではないと遅まきながら気付き、父が家に居ないことをついに疑問視した俺は、ある日そうして色々と執事に理由を尋ねることにしたのだ。
母に尋ねなかったのは、子どもながらに母がはぐらかすか答えないだろうということを冷静に分析し、悟っていたからかもしれない。
『愛し方が分からないから、自信が無いのです』
なんの自信が、と冷静に続けた俺に、執事はとうとう困った顔で首を横に振った。
これは勝手に執事がそう思っているだけだから、と。
それ以上、あのやり手の執事に子どもらしさを有効活用して聞き出そうとしても、その先を何も聞くことは出来なかった。
だが俺はそれでも冷静に、その少ない答えだけで幾分か納得した。
幼少期に実際に会ったことは数えるほどで、記憶は曖昧な上に非常に朧気だったが、父の存在は母の機嫌の高低でしっかりと認知していた。
それに母の機嫌が良いと、兄がよく父を貶していたのをはっきりと覚えている。
きっと、父に母を取られたようで子どもながらに嫉妬したのだろう。
俺は冷静に兄の言動を分析して、そう理解した。
当時の兄は気付いていなかったけど、そもそも愛人をあれだけ大量に囲ってて、間違いもうっかりも起きずに全く婚外子も私生児も出てこない、存在しないのは異常だった。
特に兄や俺、弟妹たちを次々産む母が、浮気でもしてなければ父は不能ではないということなのに。
……まあ、母の妊娠時期と父の長期滞在の時期を照らし合わせれば、とても母の浮気は無理だったという答えがおのずと出たが。
母もこれだけぽんぽん産めば、大変だったろうに。
最後に双子を産んだことで、もう子どもを産めない身体になってしまったと宣告された時、何故か母が顔を青褪めたり安堵したりもしていたが。
父はそれから、滅多に家へ寄り付かなくなってしまった。
客観的にみれば、子どもの産めなくなった母を用済みと捨て置いたようにしかみえない。
実際、兄や妹はそう思って年を経るごとに父を殊更嫌った。
だが、俺は知っていた。
父がよく、皆が寝静まった頃に母に会いに来ていたということを。
偶然、目が冴えて眠れずに窓の外を見ていたら、父を静かに出迎える執事の姿があったことを。
……母は大体、とっくに寝ていたが。
そしてそのまま、こっそり母に会ったのだろう父は、特に何かを言うこともせず、静かな夜の闇のどこぞへと消えていった。
それが殆ど毎日の出来事だったのだと気付くのには、夜更かしすれば実に容易いことだった。
母が気付いていたかどうかは、知らない。
だがおそらくどちらにしろ、それ自体を知ったとして、呆れはしても特に気にしなかったのではないかとは思う。
俺たち子どもが知らないところで、実は事あるごとに変に理由を作った父が母と一緒に偶然を装って強引に出掛けたりもしていたらしいから。
どのみち、悪意に満ちた噂を親切に語る他人の言葉より、俺はいつも幸せで嬉しそうに笑う母の笑顔を客観的な事実としてより信じただけだ。
……だから、母の容態が良くないと分かった時に、父が臆病にも母にとうとう会いに来なくなったという事実を、それでも幸せそうに笑う母の姿という事実を、そのまま冷静に、客観的に、これが真実なのだと信じたに過ぎない。
――俺は、母の最期の頼みが何であるかが何となく分かっていたから。
母の願いの全てを兄に託したのは軽率だったが、今となってはとても良い判断だったはずだ。
もし兄ではなく俺が、――もし俺が母に頼まれていたのなら。
……いや。母のことだ。
結局は、こっそり兄に頼んだことだろう。
俺は父が嫌いだ。
特に確固とした理由があるわけではないが、嫌いだ。
感情に乏しいはずだったのに、驚くほどに嫌いというその感情は俺の心の多くを占めていた。
不思議なことに、嫌いな理由だと思い当たる要因は、どれもこれも客観的に外からみればの話で、実際には何一つしっくりくるものはなかった。
――嫌いという感情はどうして生まれるのか。
その答えを、俺は、……どんな時であっても、どこまでも冷静に判断する思考でもう、はじき出して知っていた。
――愛の反対は、無関心なのだという。
なら、嫌いの反対は?
ある意味、同族嫌悪だったのかもしれない。
兄や弟妹たちみたいに、素直に母に甘えられなかったかつての自分に対する、どうしようもない、嫌悪。
それでもあの父を愛した母だったから、俺は母が好きだった。
人として何かが欠けているような、どうしようもない父を愛せた母だったからこそ、俺は母がこの世で一番大好きだった。
「……父上は馬鹿だ」
俺が溢した呟きの先、周囲のことなど欠片も気にせず母の私室で今日も悠々と過ごす父の姿があった。
それを見咎められるものなんて、母以外ではもう、血だけは立派に繋がっているはずの家族くらいのものだ。
しかし、家族の誰も父の邪魔はしない。
――分かっているからだ。
母が遺した多くのものは、殆ど全てが父の為だったのだから――。
多くを貰えた父を羨ましいと思うのは、俺だけではなかった。
しかし、同時に父に対してこれまでずっと母に育てられ、愛を注がれ、日常の殆どを長い間、独占出来ていたことに得意になるのはきっと俺だけでもない。
「母上は、――」
確かに俺たちに愛情をたくさん注いでくれたのだと、理解している。
だが、どうにも、こんな近くに父がいることで、改めて自身の判断にだんだんと自信がなくなってくるのは何故なのか。
――冷静に、平坦に、客観的に考えるんだ。
俺は母が好きで、父が嫌い。
それは同族嫌悪みたいなもので。
母が好きだったならば、同じくらいの感情で天秤を揺らし、反対に父を嫌うのは自然なことだ。
兄や妹たちだってそうだ。これは自然なことだ。
――ただ、違いがあるとすれば。
他の家族は父が嫌いな感情より、母を好きだという感情を優先した。
そして俺は、母が好きだという感情より、父への嫌悪を優先したのだ。
客観的に、平坦に、冷静に自身を分析してしまえば簡単なことだった。
問題は、この感情を出したところで父には何も響かないということだ。
こんな感情をぶつけても無意味なのだ、あの父にとっては。
なぜなら、父にとっては母が全てだったのだから。
そして母も、――。
多少、母の子どもである俺たちの話であれば聞いてもくれるのだろう。
……それももしかしたら母が願ったから、なのかもしれないが。
『あの方は、愛し方が分からないのです』
ふと、最近深刻な腰痛に悩まされて、とうとう年貢の納め時だと、引退を決意して引き継ぎをし始めた老執事の言葉が脳裏を過ぎった。
――父と母は政略結婚だったから、双子はともかく、兄も俺も妹も、母の為に母の代わりにその約束の一部を果たさねばならない。
兄は父の跡を継ぎ、妹はしかるべき場所へ嫁ぎ、俺は母が育った領地を恙なく引き継がねばならないという約束を。
……どうせなら、あの引退だなんだと言ってるいけ好かない老執事を、療養にかこつけて連行してやってもいい。
父と、……家族そろって一緒に過ごせるのも、後少しのことだろう。
初めて父を嫌いだったのだと自覚したのは、つい最近だった。
母の居た場所に、父の姿を見るたび嫌悪感は増した。
どうしてなのかは冷静な思考で大体分かっていたが、だからといってこの感情をどうこうしたいというわけでもなかった。
前に兄へ言った通り、実の子とはいえ俺たちが何か口出しする権利は無いという考えに変わりは無い。
というよりは、父に対して何がしかの言葉を重ねて言ったところで、無為に、無駄に、無意味になるのだという冷静な判断のせいもある。
兄は母の想いを、願いを優先して真っ先に父を受け入れ、散々暴れた妹も結局、母の想いを優先しつつも自身の悪感情を父にぶつけることで母の為に父を受け入れようと努力した。
そして俺は、最初から最後まで表面上は変わることをしなかった。
昔から、父に関して俺が何かを言ったことはない。
好きも嫌いも、批難も感心も。
だから周囲は気付かなかったのかもしれない。
――俺が一番、父を嫌っているのだと。
父の姿は、まるでこの先の俺の未来の姿のようだった。
愛を知らず、愛を知っても信じられず、愛からいつも逃げ続けた父。
愛を教え、愛は確かなものだと信じ、愛を惜しみなく与え続けた母。
母に育てられた俺は、後者の感性を持つはずなのに。
何故だか前者であるのだと、父を見てると思い知る心地になる。
父とは違うと、分かっている。
しかし、理解していてもどうにも膨らむ嫌悪は如何ともしがたい。
――俺と父の違いなんて、実はあまりないのかもしれない。
俺はいつも、母からの惜しみない愛情を受け取るばかりで、愛を返そうとしたことはない。
返せなかったのではなく、返し方が分からなかったのだ。
『愛し方が分からないから、自信が無いのです』
同じだった。
どれほど環境や境遇、状況に違いがあったとしても根本は。
……同じ、だったのだ。
それに気付いたのは、つい最近だった。
それも、母の葬式という最中で。
父の見つめる先の母を、母が微笑んだまま逝った理由である父を。
二人を見て、思わず自身を重ねて見て、……気付いてしまったのだ。
――俺は何も、母へ返せていなかったのかもしれない、と。
被害妄想なのかもしれない。
大げさだと、母なら笑ってくれたのかもしれない。
――だが、気付いたのだ。
自分自身の愛すら信じられずに、母の愛からも怖くなって逃げ続けた臆病で可哀想な父と。
母から与えられる愛を受け取るだけ受け取って、最期には何かを返せたと自信を持って言えない息子と。
――どれほどの違いがあるというのか……。
考えれば考えるほど、怖くなった。
だから表面上は何も変わらないまま、過ごしている。
いつか俺に愛する女性が出来たとして、父のようにならないとどうして言い切れる……?
むしろ父よりもっと酷いことを仕出かしてしまうのではないだろうか。
愛する相手が、愛してくれる保証なんてどこにある?
父を愛せる母のような女性は、きっと特別なのだ。
愛した相手を、本当に愛せてるかなんてどう分かる?
父が母から逃げ続けたことは、他人事で済まない。
こうして訪れてもいない未来のもしもを考える俺は、きっと父以上の馬鹿なのかもしれない。
冷静で感情に乏しいことを長所だと思っていたのに、今では大きな欠点なのではないかと妙な考えに囚われる。
こんな欠点を持つ俺を愛してくれる存在は、果たして居るのだろうか。
探せば確かに、母のような特別と思える存在に巡り会えるのかもしれない。
――だが、もしも見つからなかったら。
俺はこの欠点を抱えたまま、この先ずっと、死ぬまで愛を知らずに生きていくことになる。
……それはきっと、生き苦しいことだ。
母が与えてくれていた、無償の愛を確かに知っていた俺には。
当然のように与えられてばかりだったのだとやっと気付いた、あの日あの時あの瞬間に、――俺は、唯一確信していた愛へ、何かを返せたという自信も無いままに見送ってしまった、父と同じただの愚か者となった。
だからこそ母が灰となってすぐ、無言で去っていった父の後ろ姿に自分を重ねた。
――そんな俺に、一体父へ何の文句が言えたのだろうか。
言いたいことは、気付くまでにはたくさんあった筈だった。
だが気付いた後には、腹の底に全て消えて脆くも砕け散ってしまった。
俺は母がこの世で一番好きで、母がこの世で一番好きだった父が心底嫌いだと気付いた。
だから母が死んだ後も、その一番を生涯独占するだろう父が嫌いだ。
母に多くのものを遺してもらった父が羨ましくて、妬ましくて、憎らしくて、――途端に、怖くなった。
父は俺と同じだ。
……同じはずなのに。
父はまるで、この先にも母の愛の続きがあるように確信していて、反対に俺はこの先、もう母が与えた以上の愛は誰も、何もないかもしれないのだと怯え、絶望している。
父がいつも厳重にして持ち歩く、封筒。
あれはきっと、母が父に遺した愛だ。
――父だけの為に、遺した愛だ。
……俺は今までに充分、母から愛情をもらっていたはずなのに。
やっぱり母の一番は父だけだったのだと思い知るたび、落胆する。
「――母上」
確信出来る愛ほどに、この世に心地良いものは存在しない。
父を見ていれば分かる。
あれは父のものだ。俺のものではない。
それでも父が確信する愛が込められているなら――。
「……父上が許すはずも無いけど」
父と俺は、殆ど同じと言って良い。
だから分かるのだ。あれは無理なのだと。
だって俺なら絶対に、死んでも渡さない。
自分だけのものにして、最期まで隠して共に逝ってしまうだろう。
……俺は、自分が思うより強欲だったみたいだ。
きっと、これは父に似たせいに違いない。
そう結論が出るたび、俺は父に似た俺自身が更に嫌いになってくる。
そしてまた、いつの間にか思考切り替え時の癖になっていた、眼鏡のズレを戻す仕草をする。
「――――」
――ふと、どうして意味の無い眼鏡を掛け始めたのかと考えた。
……きっと、自覚するずっと前から父が嫌いだったからに違いない。
俺は父が嫌いだ。
それはこの先、きっと父か俺が死ぬまで変わらない感情だろう。
――これは同族嫌悪だ。
片方は求め続けていた確かな愛を得て満足し、
もう片方は、必死で失った愛をこの先ずっと渇望し続ける。
妹のように、感情のままに発散出来たのなら、俺はきっと今頃とんでもないことを仕出かしているに違いない。
兄のように、感情を呑み込んで押し殺すことが出来たなら、俺はきっと、もっと楽に生きていけるのかもしれない。
――だが、俺は皮肉なことに、いつでも冷静な思考で判断を下す。
感情のままに発散したところで、虚しくなること、無意味な結果に終わることを理解出来た。
呑み込んで押し殺したところで、歯牙にもかけられず、母が戻るわけではないと理解出来た。
「結果は変わらない」
理性的で理知的で、感情が乏しいと周囲には思われている。
唯一、俺を見抜いていただろう母はもうこの世に居ない。
だから誰も俺が、父を嫌いだとは気付かない。
何故嫌うのか、予想もつかない。
それでいい。別に知られなくてもいい。
この感情は、他の家族とは違ったところから来る別物だから――。
「「あ、」」
――ふと、こそこそとこちらを伺うような、俺と同じ色の瞳たちを見つけ目が合ってしまった。
そして確実に合っていると分かるこちらの視線に、見つかったと気付いたのか、慌てて再び隠れようとして無駄にあわあわしていた。
「ラファのせいっ」
「アリィのせいっ」
そしてこそこそと俺に見つかった責任を擦り付け合うのを、近付いたことで聞き取った。
自分がどんな顔をしているのかは、次に漏れ出た、驚くほどに優しい声音で大体の予想はついた。
「……ラファエル。アリエル」
「「エドにぃ」」
突き当たりの角の向こうから、ふわふわの薄金髪がふたつ、ひょっこりと顔を出していた。
こそこそ隠れているつもりなのだろうが、色々と丸見えだった。
完全に見つかってしまったと観念したのか、一応は隠れていた残りの姿を俺の前に晒した。
ふ、と思わず笑ってしまうのは、こうして遊ぶ双子を見るのが母の葬式以来だからだろうか……。
母の死を理解し、心を整理し、事実を受け止められる俺たち上の兄姉と違って、まだ幼いうちに最愛の母が亡くなってしまったから。
特に元気の無かった二人のことは心配していたが――。
……双子はまだ、遊び盛りの子どもだ。
きっと、これも何かの遊びなのだろうが、……まだ前のようにとはいかずとも遊べるくらいにまで元気になって良かった。
母の生前、双子が家中で遊び回っていたずらしていたのはよくある日常で、――しかし、父が居着いたここ最近は極度に大人しかったから。
特に父とはあまり会ったことが無かった二人にとっては、父とは未知の存在だったのかもしれない。
言動からは父をどのように思っているのかまでは、まるで分からないが――。
声も表情も平坦で、母似の冷たい容姿や口調のせいで更に勘違いされやすい双子が本当は何を考えているのか本当に分かっていたのは、亡くなった母くらいのものだった。
なにせ、――母に最も似たのは間違いなくこの双子で、だからこそ家族みんなから可愛がられていたのだから。
「ここで何をしてたの?」
「しかくしてた」
「きかいまってた」
しかく? きかい?
……状況から推測するに、刺客と機会だろうか。
何故、俺に……?
「……そうなんだ。それで、この後どうするの?」
「みつかってしまった!」
「しまった!」
「うん……」
可愛い……。
癒される……。
「だからつかまえる! わああ!」
「たああ!」
「う、うわー」
襲い掛かって来た双子に腕を両側から掴まれ、どこぞへと引っ張られていく。どうやら目的地があるらしい。
そして双子の漏らす言葉を聞くに、どうにも俺を捕まえて生け贄にし、悪魔の実とやらを作る設定の遊びらしかった。
「エドにぃ……だいこんやくしゃ……」
「すごいへた……」
暫くして、腕を掴んだまま足を止めた双子から、じとっとした非難がましい視線を浴びた。
……大婚約者? とはなんだ……。
いや、だが下手と言うなら演技の役者、という意味なの、か……?
……となるとダイコンってなんだ?
「さくせんどうする?」
「やるしかない」
「……何の作戦?」
表情も声もあまり変わらなかったが、双子が何だかやたらと深刻そうな空気を醸し出すのを感じ取って尋ねてみた。
……引っ張られていくうちに双子の目的地に多少の察しが付いたのもあるが、もしかしたら一応と考えて。
「「いけばわかる」」
「うん……そうだろうね……」
くりっと可愛く首を傾げながら俺を見上げた双子の視線に負け、諦念と共に言葉を吐き出した。
……この後の領地に関する授業はもう、諦めるしかないだろうな。
「「あ」」
「――うん? お前たちここで何してんだ?」
「兄上……」
俺が素直に双子に連行されていると、偶然通りがかった兄がこちらを見つけて声を掛けてきた。
そうして完全に油断して近付いてきた兄は、俺と一緒にあっさりと双子に捕まってしまった。
「――うおおおお! なんてことだあ! 捕まってしまったあああ! あぐああああああっっっ!?」
「……ウィルにぃ、うごきがきもちわるい」
「……でも、エドにぃより、マシ」
「「うぐ……」」
大げさに、しかし双子を傷つけない絶妙な力加減で派手に暴れる振りという器用さを披露した兄を、まるで品評するように双子がかなりアレなことを言いながら鷹揚に迎え入れた。
そんな冷淡な態度の双子に対して兄は、通常の冷たく見える顔を思えば完全に別人物かの如く崩壊した締まりの無い顔で、ずっとでれでれとしていた。
……温度差が凄く激しいな。
「そういえば、これは何の遊びなんだ?」
今更ながら兄が疑問の声を上げた。
行き先で大体の見当がついていた俺は、緊張している双子を見た。
「これはあそびじゃない……」
「いのちのきけんがある……」
命の危険……やはり。
「おうっ? そうなのか? よしよし、分かった! そんなに危ないことなら、この兄が君たちを守ってあげよう!」
何も深く考えず、呑気にそんなことを言った兄が次の双子の言葉で青褪めてしまったのは、まあ俺の予想通りだった。
ごくり、と双子が息を呑んでから静かに兄へ通告した。
「リアねぇ、とてもおこ……」
「ぎせいが、ひつよう……」
「……えっ――」
言われた言葉を咀嚼したくないのか、理解したくないのにこの後の惨状を考えてしまってぶるぶる震え始めた兄が可哀想で居た堪れない。
そんな兄を見てられなくて視界の隅に追いやった俺はといえば、「生け贄ってそういう……」などと現実逃避気味に遠くを見つめるばかり。
「な、なんでヴィクトリアが怒ってんだ……?」
「「ちちのせい」」
父、という部分にピクリと反応して固まってしまった俺とは違い、この後に妹から受けるだろう酷い展開に想像が付いて、兄が絶望したように「俺、明日の朝日を拝めるかな……」などと意識を飛ばし始めてしまった。
そんな俺たちを無慈悲に双子が連行していく。
「……いざとなったら、兄上を置いて逃げようか」
「「うん」」
迷うことなく兄を見捨てると告げた双子を笑って、これから続く、いつもとは違っていく日常を想う。
……ずっとヴィクトリアが激しく父に怒り続けるところでも見続けてれば、この感情も少しは収まりがつくかもしれない。
――そうしたらずっと、俺の内心には気付かれずに。
知られることもなく、ずっと。
いつも冷静に、平坦に、客観的にあれば、この先ずっと――。
母の愛した家族の変化を見守れる日々を、静かに送れるだろうか。
母が愛した家族の未来を考えて、嫌悪を受け入れられるだろうか。
――そうすれば……そこにずっと、俺はいられるだろうか。
そうできればいい、と思いながら俺は小さな笑みを浮かべた――。
いつもお母さんに似ていると的確に急所を褒めてくれる優しい兄と、
素直な感情をそのままに生きていて羨ましいと内心思っている妹と、
一番大好きなお母さんに似ていて家族で最も可愛がっている双子と、
この先もずっと、大好きな家族と一緒にいたいな、と願うエドワードのお話でした。
(※ただし父は一旦除く)
彼こそが家族それぞれの変化を、一番理解してしまっているのかもしれませんね。
母が居た過去の日常から、父の居る未来の日常へ。
エドワードが見つめる変化の岐路の先が幸多からんと、是非「いいね」を!
では次回、「双子の場合」
出来ればほのぼの! な感じを目指して書きましたが、
……まあそんなに期待しない感じで、よろしくです(めっちゃハードル下げとく。
じゃあまたまたまた明日の、同じ時間に予約投稿されますので。
次回もよろしくお願いします!
あ、もし感想とかももらえたら嬉しいです。