森の異変
翌朝。
一行は小船で沼を渡る。
森の奥を目指す参加者は、メルワーレの他には村長のワトスとレーリア。
それから村の狩人が三人だ。
ワトス達村人は、ショートボウを背負っている。
レーリアはクリスタルがいくつも取り付けられた短杖を持っていた。
メルワーレは戦闘訓練は受けていない。
実際に戦闘になった場合、相手が野生動物程度であっても自分は足手まといになるのでは、と不安になる。
船は沼の対岸についた。
一行は上陸し、船を岸に引っ張り上げて、地面に打ち込んである杭にロープで繋ぐ。
「それで、この森をどうやって探索するんですか?」
メルワーレが聞くと、ワトスが答える。
「既に二回の探索で、ある程度の場所は掴んでいます。一回目の探索ではここから西に、二回目は南西に向かいました。二度の探索で、我々の目的地は南西西の方角にあると確信しています」
「では、ここから南西西に向かうんですね」
「いいえ。樹海の中では植物の壁が厚く直進できません。迂回路を探すため、一度、少し南に向かい、ある程度進んだところで森に入ります」
一行は森の中へと分け入る。
うっそうと茂る木々、頭上は葉っぱに覆われていて日光がささない。
そのせいか、足元にもあまり草はなく歩きやすかった。
しばらく歩いていると、木々が減って開けているところに出る。
戦闘を行くワトスが手で合図して、全員が止まった。
ワトスと村の狩人たちが集まって、地図を囲んで何か相談している。
この広場を迂回するために、右に行くか左に行くかで迷っているらしい。
メルワーレには、このぐらいの草ならかき分けて行けそうに見えたが、ダメなのだろうか。
「ここは通れないんですか?」
メルワーレが聞くと、ワトスが顔を上げる。
「ダメですよ、あれは毒草です。ほら、見てください」
ワトスが指さす方を見ると、草地の手前にウサギのような生き物が倒れていた。
死んでいる。
「生き物を殺す毒ガスを放つ魔草です。木も枯れます」
「……そ、そうなんですか」
踏み込めば、人間も無事では済まないだろう。
「こういうのは焼き払ったりしないんですか?」
「この近くでは小型の魔物も死んでしまいます。食物連鎖を断ち切る事で、大型の魔物の発生を防いでいるのです」
「なるほど……」
「森の中の事は、この人たちに任せておきなさいよ。素人の私たちが口出しする必要はないわ」
レーリアにたしなめられた。
その後、ワトスはしばらくの間仲間たちと話し合っていたが、左側に迂回することにしたらしい。
「これって、遠くなりません?」
「確か、前回も似たような草地を迂回したのよ。多分、その草地と繋がってるとか、そういう事じゃないの?」
毒草の草地とつかず離れずの距離を進む。
時折、方位磁石で方向を確かめ、羊皮紙に何かを書き込み、現在地を確認しているようだ。
「今回はうまくいきそうですよ」
ワトスが嬉しそうに言う。
「今までとは違うんですか?」
「今回は草地の迂回に成功しました。今、我々は、北西の方向に進んでいます。あと少しで異変の中心に到着するでしょう」
それから歩く事一時間ほど、ようやく、その場所に到着した。
そこには一切の木がなかった。
視界の範囲内の樹木は全て切り倒されていた。
ずっと遠くの方に、木々の壁が見えた。
かなり広い面積の、木がなくなっている。
「こ、これも、毒草ですか?」
「バカな……」
ワトスはも無視し、青ざめた顔で飛び出す。
よく見れば、木は枯れたわけではない。
無数の切り株が点在している。
切り株と言うが、斧などで切り倒したのとは違うように思えた。
「最後に雨が降ったのは一週間前だ。この切り株はそれより新しい……。誰が切り倒した……何のために?」
ワトスはぶつぶつと一人で呟きながら、何か考え込んでいる。
狩人たちも、何かを警戒するように周囲を見回していた。
メルワーレは、切り倒した後の丸太が見当たらないのが気になっていた。
この数の木を切り倒して、その丸太をどこにどうやって運ぶというのか。
この近くに、何かがあるのかもしれないが、見通しがいいのに何も怪しい物はない。
ふとメルワーレは、アロッホを追いかけた時の掘っ立て小屋を思い出した。
あの時は、小屋の材料がどこから運ばれてきたのか不思議だったが、ダンジョンドラゴンの存在を知って、納得した。
かなりの労働力で輸送し、なにかメルワーレの思いもつかない方法で痕跡を消していた。
今の状況は、その逆なのではないか。
もしそうだとしたら、ここにいる人間の力では手に負えないかもしれない。
「おい、あれ……あっ!」
狩人の一人が叫び声をあげて、直後に倒れた。
何かの攻撃を受けたように見えた。
「トライアド・バリケード」
急にレーリアが魔術を発動した。
防御障壁の向こうで、光を束ねた線のような物がはじけ散る。
何かの魔術攻撃だ。
だが、何が?
「そこにいる!」
レーリアが指さす先に何かがいた。
黒い生き物だ、少なくとも人間ではない。
メルワーレが見た事のない魔物だった。




