フェアリー・ペストの妨害戦術3
それから数日の間に、アロッホは、カステラ駅とモリソバ駅の周辺で、必要な植物を採取し、薬品の調合を行った。
調合は、全てチキンカリー駅でやる。
現状、アイスマウンテン駅でこれを調合するのは危険を伴う。
暇だったのか、ウィノーラはたまに見学に来た。
「え? それ、カメのおしっこだよね? それも使うんだ」
「フロロペネルと言ってくれ。さっき思いついたんだ。凍っている状態なら空気中に匂いが出ない。事故が起こる危険を減らす事ができる」
「兄弟子さんは、それを考えなかったの?」
「いや、誰でもたどり着く答えだよ。まあ、問題はそこじゃないから。どっちにしろ使用許可は下りなかったと思う」
全ての調合が終わった頃には、ダンジョンに侵入したフェアリー・ペストの数は一千万匹を超えていた。
「もしかして、山中のフェアリー・ペストが集まってるんじゃないか?」
「ダンジョンは、生き物の本能を刺激して侵入させる効果を持つらしいわ」
エトルアはうんざりしたように言う。
とにかく、まずは駅入り口の封鎖だ。
フェアリー・ペストの数が少ないルートを選んで、材木を入口近くまで運んでから、入り口に殺虫剤をたいて安全を確保。
ドブリンゾンビを使役して、材木を三十本ほど運びあげ、ダンジョンの入口を囲むように立てる。
雪を集めて壁の隙間を埋め、天井も簡単にふさぐ。
夜のタイミングで、水を掛けて、完全に凍らせる。
テスラタワーの部屋に入る。
床に積もっていたフェアリー・ペストの死骸を掃除して、全て墓地に埋める。
「あとは、事前にやっておくことって、何かあったっけ?」
「ないな……」
念入りなまでに最終確認をしてから……。
テスラタワーの部屋に凍らせた薬品を置いて、アロッホ達は駅長室まで撤退した。
「さてと、ダンジョン内は何か変化したかしら?」
エトルアはダンジョンのあちこちを映し出す。
「何も変わった感じはしないわね……」
「少し、音がうるさくなってません?」
カルナが言う。
アロッホにも、動きが活発になっているように見えた。
もう匂いが広がり始めているのか。
「テスラタワーの部屋は、どうなってる?」
「置いた氷は、少し溶けてるわね」
「完全に溶けたら、始めよう」
事前に立てた計画に従って、テスラタワーから遠い所から、シャッターを一つ一つ開けていく。
フェアリー・ペストの群れが動き始めた。
匂いに反応しているのだ。
フェアリー・ペストの生態は虫に近い。
虫は甘い匂いに惹かれて集まる性質を持つ。
それなら最も虫を引き寄せる匂いとは何か、それを錬金術で合成した場合にフェアリー・ペストはどのような反応を見せるのか。
そういう考えを究極に推し進めた結果、開発されたのが今回の薬品だった。
理論上はフェアリー・ペストを大量におびき寄せることができる。
しかも、本来は風が強い山の上で使用する想定だったが、閉鎖的なダンジョンの中なら、拡散する事なく強い効力を発揮する。
アロッホの兄弟子は、匂いに影響が出ない毒を混ぜる予定だったらしいが、このダンジョンならそれは必要ない。
ダンジョン中のフェアリー・ペストが、匂いにおびき寄せられてテスラタワーの部屋の隣まで集まりつつあった。
「三つ隣の部屋まで、何も見えなくなったわね」
エトルアはテスラタワーの部屋に繋がるシャッターを開けた。
無数のフェアリー・ペストが、雪崩のように押し寄せる。
映像は、もう何が何だかわからなかった。
「そろそろ、一発目を撃ってもいいかしら」
「何回でも」
「魔力の続く限りは、百回ぐらいは撃てるわね」
一発目の落雷を放つ。
轟音と共に閃光が走って、テスラタワーの部屋が一瞬だけクリアになった。
無数のフェアリー・ペストが墜落したのだ。
目の前で仲間が大量死したというのに、隣の部屋を飛んでいたフェアリーペストの大軍は構うことなく突入してくる。
「ダンジョンの他の部分はどうなってる?」
「入口付近は、もう侵入者がいなくなってるわね」
問題がなくなった区画はシャッターを下ろして順次閉鎖。
残ったフェアリー・ペストも追い込んでいく。
もっともそこまで気を回す必要はなかったかも知れない。
フェアリー・ペストは何も考えず、テスラタワーの部屋に突っ込んできていた。
五発目を撃った時にはダンジョン内のフェアリー・ペストは、もうほとんど残っていなかった。
「……とりあえず、作戦終了かしら」
エトルアは全てのシャッターを下ろして、六発目の雷を放つ。
アロッホは何とも言えない気分だった。
ウィノーラが言う。
「よかったじゃない。ちゃんと効果あって。こんな状況じゃなかったら、兄弟子さんに報告できたのに」
「いや……、やっぱり外で実験をしなかったのは正解だよ。こんな物を使ったら、集まったフェアリー・ペストの群れを処分する手段がなかった」
錬金術師協会の懸念は正しかった。
こんな危険物を人里で錬成して、もしその匂いが山まで届いてしまったら……人類は壊滅してしまう。
この山のどこかに、これだけのフェアリー・ペストが生息していて、まだ他にも大量にいるかもしれないと思うと、頭が痛くなってくる。
いっそ、このダンジョンを利用して全て殲滅した方がいいのだろうか。
いや、食物連鎖に組み込まれている可能性があるから、いたずらに滅ぼすのも良くないのだが。
「なんで終わったみたいな雰囲気になっているの? 面倒なのはこれからでしょ」
エトルアが言う。
映像の中の、テスラタワーの部屋を指さしながら。
床には、フェアリー・ペストの死骸がびっしりと積み重なっていた。
「一日も早く、あれを片付けて、アップキープを迎えないといけないのよ。なんか、入り口の周りに作った壁が、外から氷魔術を撃ち込まれてるみたいだし……」
「匂いがダンジョンの外まで漏れたのか……」
山中のフェアリー・ペストが集まってきているに違いない。
氷の壁を氷魔術で破る事は不可能なはずだが、斬新な突破方法を思いつかれる前にたい。
「対策はあるのよね?」
「殺虫剤と匂いを別の匂いで打ち消す薬品を用意してある。今から散布してくるよ。アップキープ用の魔力は溜まってるのか?」
「420パーセント。問題ないわ」
上の壁があと一日持てば、アップキープが来て、とりあえずの問題は解決する。
それまでの辛抱だ。




