雪山 後
「ここにするか……」
三方が岩場に囲まれたふきだまり。
雪も大量に積もっている。
アロッホとウィノーラは、スコップを取り出し、雪に二人が入れる大きさの穴を掘った。
風に晒されることがなければ、今の防寒着だけでも夜を過ごせる。
一時間ほどで穴は完成、そのころには日も落ちて完全に暗くなっていた。
二人して穴の底に横になる。
空に星が見えた。
「星を見るのは、久しぶりのような気がする」
「最近はあまりダンジョンの外に出ないもんな……」
「静かだね」
「雪が音を吸収するからな」
「ねえ、アロッホ?」
「何?」
「うん……なんでもない」
ウィノーラが何を言いかけたのか、アロッホには予想もつかなかった。
まあ、大したことではないのだろうと
アロッホは荷物からコンロと小さな鍋を取り出し、汚れていない雪を鍋に入れて融かす。
「食べるものは、ビスケットと干し肉しかないけど」
「まあ、あまり重い物は持ってこれなかったもんね」
二人して氷かけた干し肉をお湯で溶かして食べる。
やる事がないが、眠るには少し早い時間だ。
「ねえ、アロッホ。……私さ、この前言ったよね」
「ん? なんだっけ?」
「何でもいう事を聞くって、エロい事なら」
「え……」
あの時は、何かの冗談だと思ったのだが
「あれから何も命令してこないけど、いいの?」
「いや、それは……」
「ダンジョンの中だと、どこでエトルアが見てるかわからないけど、今は本当に二人っきりだよね」
ウィノーラは、アロッホに身を寄せてくる。
分厚い防寒着越しでも、体の柔らかさを感じる。
「いや、俺はそういう事はしない派だから……」
「そんな派閥あるの?」
「さあ、あるんじゃないか?」
適当にごまかそうとしたが、ウィノーラはがっつりとアロッホの腕を掴む。
逃げられない。
「ねえ、アロッホ、はっきりさせてよ。アロッホは、私の事をどう思ってるの?」
「え、いや、魅力的だとは思っているよ」
「そういう事じゃなくて……」
ウィノーラは、アロッホの腕をつかんだまま身を起こすと、アロッホの上に覆いかぶさるように移動する。
「こういう事を言ってるの……」
「いや……それは」
アロッホは何を言おうかと迷ったが、ウィノーラの顔が近づいて来る。
綺麗だなと、思った。
なら、それでもいいのではないかと、少しだけ思った。
チリンチリン
鈴の音のような物が聞こえた。
「ひぅっ?」
ウィノーラが悲鳴を上げて飛び上がる。
「ど、どうした?」
「何か、背筋に冷たい物が……」
「雪でも入ったか?」
「いや、何これ? 何か変な感じ……」
ウィノーラは困惑している。
アロッホは周囲に、キラキラと光る小さな物が飛んでいるのを見つけた。
「虫? いや、これは……」
気づけば、その虫のような物と同じ何かが無数に空を舞っている。
こちらを見下ろすような視線を感じる。
それは魔物だった。
ビルカルム峠に出没する魔物の名中で、最も不快と呼ばれる悪名高き存在。
フェアリー・ペストだ。
「マズい奴に見つかったな……」
「何なの? 敵?」
「まあ、敵と言えば敵なんだけど……」
フェアリーペストは、物理的には脆弱な魔物で、大きさ通りの攻撃力しかない。
ただ、ひたすらチリンチリンとなり続けて安眠を妨害する。
氷系の魔術を使ってイタズラを仕掛けてくる事もある。
放置しておくと、凍傷になったり荷物を破損されたりするが、見つけてすぐ対処すれば被害は受けずに済む。
しかし、数百体のフェアリーペストから一斉に魔術を放たれれば、さすがに痛いので、大軍に目を付けられると危険だ。
この魔物の一番厄介なところは、明確な倒し方というものがない事だ。
虫程度の耐久力しか持たないので、叩き潰せば死ぬが、数が多すぎる。
錬金術師協会では、群れに遭遇した場合は、周囲一帯を炎系の攻撃で焼き払って即座に下山しろ、と厳命していた。
この魔物がいることを理由に、この山で採取をするのを禁止すべきでは、と議論されるほどだ。
「こ、これって、そんな恐ろしい相手なの?」
「これが人里で繁殖し始めたら、どうなるかわかるだろ」
「うん……」
ウィノーラは飛び回るフェアリー・ペストを見上げる。
状況の深刻さが未だ呑み込めないようだ。
「ど、どうするの?」
「ダンジョンまで連れ帰るのはまずい……明るくなるまで待って山頂に移動する。それでもついてくるようなら、なんとかして全滅させるしかない」
「なんとかって?」
「範囲攻撃しかないな……」
二人はそのままの状態で夜を明かした。
眠るのは危険だ。
一匹の魔術は弱くても、数百匹分を束ねれば、人を素早く凍死させる程度の力はある。
もっとも、断続的に、服の中に氷が紛れ込んだような冷たさを感じて眠るどころではなかったが。
幸いにも夜明けごろには、フェアリー・ペストの群れはどこかに去っていった。
日が昇る。
アロッホとウィノーラは、これ以上、状況がややこしくなる前にダンジョンに戻ることにした。
一度山頂まで登ってから方角を確認。
ダンジョンの方向に向けて山を下りる。
しかし、ダンジョン入り口まで数百メートルの地点に来たところで、足を止めるしかなかった。
ダンジョンの入口をフェアリーペストが取り囲んでいた。
昨夜、アロッホたちが見た群れの10倍以上の規模だ。
「ど、どうしよう?」
「どうしようもないな……中に入ってなければいいんだけど……」
アロッホとウィノーラは、フェアリー・ペストを刺激しないように近づく。
だが、無理だった。
チリンチリンなる音が一瞬止まる。
注意をひいてしまった。
「スパーク・ウェーブ!」
ウィノーラが空に向かって拡散雷撃の魔術を放ち、無数のフェアリー・ペストが落下する。
だがそれでも、全体の一パーセントにもならない。
雷撃を逃れたフェアリー・ペストは距離を取るように散っていく。
その隙を突いて、二人はダンジョン内部に駆け込んだ。
追いかけてくるフェアリー・ペストをとりあえず魔術と錬金爆弾で追い払う。
天井からエトルアの声が響く。
『アロッホ、ウィノーラ、帰ったの? そのあたり、どうなってる?』
「え?」
『侵入者よ! 何か小さくて速いのがたくさんいるみたいだけど、映像だとよく見えないの』
「侵入者って言われても……」
チリンチリンと鈴の音が聞こえる。
アロッホが上から階段の底を見下ろすと、無数の小さな光が見えた。
フェアリー・ぺストが好き勝手に飛び回っている。
「え? もしかしてこれが侵入者?」
魔物ではあるし、中に入っている。
侵入者判定されるのもわかる。
だが、これを一匹残らず駆除しなければいけないとなると、かなり厄介だ。
ウィノーラはため息交じりに言う。
「やっぱり、ここにも扉は必要だよね」




