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マキアートの魔法薬店経営記


マキアートは、ベルナス市の片隅で薬屋を開いている。


先月はあちこちでホロム病が流行っていたが、それも終息したようで、ホロム病の薬を求めて来店する客は、最近は来ていない。

マキアートは、どんなに客から懇願されても、値引きだけは絶対にしなかった。

来た客の殆どは、金が足りず帰っていた。


その客が助けたかった人がどうなったのかは、あまり考えないようにしている。

とても運が良ければ自然治癒する事もあるらしいが……期待は持てないだろう。


最近、妙だったのは、薬ではなく身内を求めて来た客だ。

儚げな幼い少女が「兄を知りませんか」と訪ねて来た。


そのときなぜかマキアートは、近くの通りで発見された身元不明の変死体の事を急に思い出した。

だが、その話はしないで置いた。

合っていたとしても間違っていたとしても、蛇足になるような気がしたので。


町の有力者、エイドリン・コルムンに会いに行く。


「例の錬金術師はどうしている?」

「最近は、姿を見せていません」


誰かが何かを探っていた様子があった。

たぶん、最近新たな宮廷魔術師となったディスオルトの名を受けた人間の手の者だろう。


アロッホはディスオルトを失脚させえる証拠を持っていたらしい。

だからディスオルトに追われることになった、というのが、マキアートとエイドリンの共通認識だった。

それでアロッホは警戒して逃げてしまったのかもしれない。


「ホロム病はどうなっています?」

「ギカート市では近いうちに終息宣言を出すらしい。この町も……そうだな、新たな患者はほぼ出ないだろうと考えているよ」

「そうですか。なら大丈夫そうですね」

「例の錬金術師に頼りすぎるのもよくない。関わり過ぎればボロが出る」

「それは、つまり……縁を切れと言っているのですか?」


マキアートが確認すると、エイドリンは頷く。


「こっそりやれ、と言おうかとも思ったのだ。だが、それで最後まで無事だった人間を私は知らぬ」

「そうですね」


そろそろ引き時なのだろう、マキアートもそう思った。



そしてその数日後、マキアートは、一ヶ月ぶりに店にやって来たアロッホを出迎えた。


「久しぶりだな、もう来ないのかと思ったぞ」

「まあいろいろあったからな」


アロッホは言葉を適当に濁したので、マキアートは勝手に想像しておくことにした。


「それで、ホロム病はどうなっているんだ」

「この町での感染は終息したみたいだな。ギカート市でも終息宣言が出たと昨日知らせが届いた」

「薬は足りたのか?」

「さあな」


足りるわけがない。

それはアロッホも解っているはずだった。

これはどうしようもない事だ。


「材料は持ってきたけど、無駄になっちゃったか?」

「いや……在庫を残しておいてもいいんじゃないか? ある程度数があれば、次に何かあった時に役に立つだろう」


ホロム病は、定期的に流行する。

国境の向こうから持ち込まれているとか、むしろこの国を亡ぼすために隣国が生物兵器として使っているという噂すらある。

常に用意が必要だった。


「そういえば、鉱山開発の方はうまくいってるのか?」

「鉱山?」


アロッホは一瞬、何を言っているんだ? と言いたげな顔になった後、ああ、と納得する。


「ああ、あのツルハシなら、今も役に立ってるよ」

「追加のツルハシとか、必要だったりしないか?」

「え? いや、それは別に……」

「実は、20本ほど、押し付けられちまってな……」

「ええ……まあ、予備として使わなくもないか」


アロッホは何か考え込んでいたが、思い出したように言う。


「今回は、ちょっと別の物が欲しいんだ」

「おう? 今度は何だ?」

「雪かきに使えそうなスコップだ。農具も欲しいけど、木製でもやっていけるから必須じゃない」

「雪かき? 農具?」


この近くで、雪がある場所と言ったらビルカルム峠だが、鉱山はその辺りにあるのだろうか。

いや、それならスコップはツルハシより先に必要になるだろう。

農具に至っては何の事だかわけがわからない。


「それと、薬品がいろいろ、これなんだが」

「なんだこれ……」


手渡されたメモには、沢山の薬品の名前が羅列されていた。

マキアートにはわからないが、卸業者にそのまま見せれば、入手することはできるだろう。


まあ注文はいいのだ。

だが、言うべきことは言わなければならない。

マキアートは後ろめたさを感じながらも切り出す。


「なあ、次を最後にしてもらう、というわけにはいかないか?」

「え?」


アロッホは、驚いたような顔になる。

これからも長くこの店を取引の中継点にするつもりだったのかもしれない。

だが、それはマキアートのリスクになる。


早めに縁を切るか、心中する気で最後まで付き合うか。

一時は後者の覚悟があった。

だが、もはやこの関係は一つの役目を終えたのではないかという思いもある。


何より人は受けた恩を忘れる生き物だ。

ホロム病の件で作った貸しが、永久に有効だと思ってはいけない。


「いや、あんたには儲けさせてもらったよ。感謝してる人だって大勢いると思うんだ。けどな……」

「……あー、そうだな、言いたい事は、なんとなくわかるよ」


アロッホは、寂しそうに言う。


「次回会った時に、この注文の品を受け渡す。それで終わりにしたいんだが、問題ないか?」

「仕方ないな。それでいいよ」


そしてアロッホは、鞄から何かを取り出す。


「ところで、このギト草はどうする?」

「いい品だな。買い取ろう」


アロッホは、薬の調合が不要ならばと、帰っていった。

マキアートは、もちろんその後をつけたりしない。


卸業者にメモを見せた所、布を作るのに必要な薬品と、炎系の何かを抽出するための触媒などだと教えられた。

意味が解らない。

こんな物を要求する以上、どこかで錬金術の機材を入手したのはほぼ確実なのだが、それを掘り下げようとする気はなかった。

ここは知らぬ存ぜぬを貫いた方が利口だろう。



卸業者と会った帰りに、大通りを歩いていたら、最近酒場で顔なじみになった女と出会った。

メルワーレだ。


「あれ、メルワーレちゃん。こんなところで珍しい」

「あら、マキアートさんこんにちは、お仕事ですか?」

「まあね。メルワーレちゃんは?」

「あはは、実は私、仕事でちょっとドジっちゃいまして……」


メルワーレは、てへへ、と笑っている。


「おいおい、大丈夫なのか?」

「まあ、どうにか首は繋がりそうな感じですね……、でも、そろそろ王都に帰らないといけないんですよ。それで細々した雑用を片付けてるところでして」

「そうか……」


メルワーレの詳しい仕事内容は知らないが、いろいろ大変らしい。

王都から派遣されているという事は、雇い主はそれなりにいい身分なのだろう。

一瞬、もしかしてこいつがアロッホを追っているのか? と考えたが、まあそれはないだろう。

それでも、念のためにブラフをかけてみる。


「まあ、俺は、もっと危ない仕事だからな、俺なんかに関わってるとケガするぜ」

「……」


メルワーレは、ふむ、と首をかしげた。


「大丈夫ですよ、たぶん。マキアートさんがいい人だって言うのは、私が保証しますから」

「たぶん? ははは、笑えないなぁ」


お互いに笑いながら。

やっぱり違うな、とマキアートは根拠もなくそう思った。


スパイの最も重要な資質は正体を悟られない事。


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