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そのころ王都の貴族たちは


審問から一か月後に、宮廷魔術師が選出された。

選ばれたのは、もちろんディスオルトだ。


あれだけ賄賂をバラまいたのだ。

元々、ウィノーラ以外に、ディスオルトの実力を上回る魔術師はいなかった。

そのウィノーラが姿を晦ました今、ディスオルトが負ける事などありえなかった。


口さがない者たちは、ウィノーラが姿を消したのはディスオルトが裏で手を回したからだ、などと陰口をたたいているそうだ。

というか、グラッセン派閥が積極的に中傷を流していて、れば確実に


もちろん、ディスオルトは本当に何もしていないので、証拠など絶対に見つからない。

これを利用すれば、毒殺未遂の噂も、グラッセン派閥の情報工作という事にできるかもしれない。


「では、いきましょうか……」


老人が言う。

宮廷魔術師の中でも、最も年長の男だ。


彼にとっては、公式にはこれが最後の仕事となる。

宮廷魔術師の席は12と決まっているので、ディスオルトと入れ替わりにいなくなるのだ。

まあ48年も任期を勤め上げたのだ、本人も栄転と思っているだろう。


そして、次代の宮廷魔術師の選定で、最も強い発言権を持っている人物でもあった。

ディスオルトも、裏で渡した金額はかなり多い。

その金で、楽しい老後でも送るのだろう。


老人の後を歩き、ディスオルトは謁見の間に入室する。


部屋の中央に敷かれた赤絨毯。

その両脇には、大臣や貴族の重鎮たち、衛兵、そして11人の宮廷魔術師が並んでいる。


絨毯の一番奥には玉座があり、そこに王が座っている。

ディスオルトは老人と共に絨毯の上を歩き、玉座から10メートルほど離れた所で跪いた。


老人が王に向かって宣言する。


「この者こそ、私が見出した、この国にて最も優れた魔術師であります。彼こそ、我ら宮廷魔術師の仲間に加わるにふさわしい人物だと考えます」


王は大仰に頷く。


「うむ。今回の選出も無事に終わってなによりである」


ディスオルトは努めて顔に出さないようにしたが、はっきり言って、無事とは言いがたかった。


宮廷魔術師は最高の杖を自力で用意することで、国に仕える準備ができている事を証明しなければならない。


本来なら、この時点で新しい杖が完成しているはずだったのだ。

そのために、最高級のクリスタルをいくつも用意した。

ところが、そのクリスタルが消えてなくなったのだ。


どうしてクリスタルが紛失したのか、見当もつかない。


最初は家人の誰かが盗んだのかと思ったが、クリスタルを入れておいた金庫のカギは三重に掛かっていて、そのうち一つは常にディスオルトが持っている。

鍵は破壊されていなかった。

金庫を開けるまで、全く何の異変もなかったのだ。

クリスタル以外に入っていた証文や現金は手つかず。

どうやっても盗み出すことは不可能なのだが……実際に無くなったのだから、盗まれたのだろう。

損失は金貨1000枚を超える。


そして、紛失に気づいた時点で同品質のクリスタルを再調達するには時間がなかった。


その事情は裏で伝わっているので、新しく作った杖を掲げる工程は省略された。


暗雲が立ち込める門出だった。

たとえ、この先、ディスオルトがどのような活躍をしたとしても、この出来事は不祥事として残り続けるのだ。


「ここに実力ある魔術師が登壇してくれたことを朕は誇りに思う。君たち宮廷魔術師が、この国の命運を背負うことになる。期待しているぞ」


王は中身のない宣言をして、叙任式は終わった。



だが、全てはその一か月前に終わっていたとも言える。



メルワーレは、ベルナス市の馬車置き場の片隅に浮かない顔で座っていた。

行き交う人々が、一瞬、なんだこいつは、と言いたげな視線を向け、まあどうでもいいか、と歩き去っていく。

やや目立ちつつあることは自覚していたが、他の場所に移動するという案はなかった。


ウィノーラを追いかけて森の中の小屋まで行ったのは昨日の事。

ウィノーラが小屋まで来たのはほぼ確実だったが、そこから先の足取りがわからなかった。


足跡を探った限りでは、川に向かっていた。


姿をくらますなら、川は利用される。

川底に足跡は残らない。


だから、一度川に入られたら、別のどこかから岸に上がった跡を探さなければならない。

メルワーレは日が暮れるまで、その跡を探して回ったのだが、どうしても見つけることができなかった。


夜半にベルナス市に帰還。

ウィノーラが取っているはずの宿を訪ねるも、未だ帰っていないと知らされる。


それでメルワーレは、馬車置き場を見張ることにした。

ここにはウィノーラが使っている馬車も置いてあって、大量の荷物が乗ったままだ。

荷物の中身は、ガラスや陶器でできた器、何かの薬品、書類の束、些細な日用品など……まるで統一性がなかった。


だが、わざわざ馬車で運んできたのだから、何か価値はある物のはず。

ウィノーラが生きているなら、必ず回収に来るだろう。


ここを見張っているとマキアートの薬屋を見張れないが、それは諦めることにした。

ウィノーラの件は、アロッホより重要だと判断した。


三日見張って、その間にウィノーラの活動を一切確認できなかったら、報告書を書かねばならないと覚悟していた。

考えるだけで胃が痛む。

だから、一日目で本人が戻って来たのは、本当に運が良かった。


メルワーレは、馬車置き場に入ってくる二人組を見る。

一人はウィノーラで間違いない。

前回と比べて、服が少し破れて補修した跡がある。

何かと戦ったのか……いや、案外、木の枝に引っかかったとかかもしれないが。


もう一人の方は知らない。

だが、ウィノーラと同じぐらいの体系に見えた。

こちらも少女のようだ。

フードを目深にかぶっていて顔がよく見えない。


二人はやや人目を気にするような態度で、ウィノーラの馬車に近づき、荷台を確認している。


「……これがアロッホの荷物なのかしら?」

「そう。あとは私の荷物もあるけど」


聞き耳を立てていたメルワーレは心臓が飛び出しそうになった。

ウィノーラは、アロッホに会ったようだ。


情報を探るべきか、あるいは跡をつけるべきか。

そもそも、あのもう一人の少女は何者なのか?

メルワーレはとにかく、遠距離監視のために移動しようとして……。


「……ん?」


メルワーレの頭の中で、バラバラだった情報が、何か不思議な形を取った。

アロッホが姿を隠せる組織力が、何もない場所から湧いてきた。

その異様な状況を説明できる、もっと異様な仮説が。


メルワーレは立ち上がると深呼吸した。

最も重要な情報を、確実に得る方法を一つだけ思いついたのだ。

失敗したら、ここで死ぬかもしれないと思いながら、二人に近づく。


「ウィノーラさん、探してたんですよ」


メルワーレは何の邪気も浮かべず、正面から話しかける。


「メルワーレ……私を見張っていたの?」


ウィノーラは警戒の表情を浮かべている。

報告書の下書きを勝手に読んで元の場所に戻さなかったことを、指摘してやろうかと思ったが、無意味なのでやめた。


「それより、こちらの方は?」

「エトルア……ともだち?」


エトルアと呼ばれた少女は、むっとしたように言い返す。


「あなたと仲よくなった覚えはないわ」

「じゃあ、恋のライバル」

「違うし。別にあんなやつ何とも思ってないし!」

「へぇ……アロッホさんって、随分人気なんですね」


とたん、二人が硬直した。

メルワーレはアロッホを追っていた。その事はウィノーラにはバレている。


「うふふふ。エトルアさん、顔を見せてくださいよ。そんなフード被っちゃってどうしたんですか?」

「いや、これは……」

「えい」


メルワーレは自分の顔が引きつった笑みを浮かべているのを自覚しつつ、エトルアの頭に触った。


布越しだがはっきりと解った。後頭部に生えている硬い角。

ダンジョンドラゴンの人間形態だ。


エトルアは慌ててメルワーレから逃れ頭を押さえた。

だが、もう遅い。

確信を得るには十分だった。


敵意に満ちた沈黙が流れる。

ウィノーラがメルワーレを殺す決意をしたら、本当に一瞬だろう。

だがそれでは情報は隠せない。

メルワーレは、ただ一声、ダンジョンドラゴンと叫べばいい。

その直後にメルワーレは殺されるだろうが、モロトロス公爵が追加の調査団を送って聞き込みをすれば、直ぐに情報は伝わる。


「真相が、こんな物だったとは予想外でしたね」


メルワーレは言いながら、横目で周囲を確認する。

一番近い人間まで、20メートルほど。

叫べば情報が伝わる。


ウィノーラはメルワーレを睨む。


「どうするつもり?」

「どうして欲しいですか?」

「知ってしまったなら、私たちと一緒に来てもらうしかない」

「それはできません。私が姿を消せば、すぐに調査が入りますよ」

「退職届を書いて」

「それでも調査が入るのは同じです」


ウィノーラは無言になった。

視線が、メルワーレの胸のあたりに向いている。

心臓に狙いをつけているのかもしれない。


エトルアが確認するように言う。


「あなたは、何者なの?」

「私は……ただの調査員です」

「鋭すぎるわ。長生きできないわよ」


そうかもしれないな、とメルワーレは思った。

人間とダンジョンドラゴンの関係に、妥協点はない……はずだ。

はずだった。


それなのに、アロッホは、どうしてダンジョンドラゴンの側についたのか。

おそらく数日前までそのことを全く知らなかっただろうウィノーラが、どうして平然と同行しているのか。


「あなたは、一人ですか?」


メルワーレが聞くと、エトルアは目を逸らした。


「あなたには関係ないでしょう」

「親や兄弟は?」

「いないわ。たぶん、みんな死んだ」

「そうですか……」


メルワーレはため息をついた。


「ではもう一度自己紹介をしましょう。私はメルワーレ。調査員です。あなたは?」

「私はエトルア。普通の人間よ。何か文句ある?」

「いいえ、何も……」


次にウィノーラの方を見る。


「ウィノーラさん。私はあなたの行方を調べるように命じられています。これからどこに行くつもりですか?」

「アロッホと駆け落ちしたって事にしておいて」

「えっ?」

「えっ?」

「いや、私は真剣に質問してるんですけど……。あ、王都に帰る気はないって事でいいんですね?」

「まあね」


そんな感じで、ウィノーラとエトルアは、馬車を動かして去っていった。


メルワーレはそれを見送ると、安どのため息をついた。

行き先を追跡したりはしない。

そういうことをしないと確信されたから見逃されたのだ。


命の危機は去ったわけだし、正直な報告書を出すこともできる。

だが、なぜかメルワーレはその気にならなかった。



ストックがなくなったので、一時休載します。

一週間後に再開する予定です。



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いつでも更新を見逃さなくなりますよ!!


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