単騎
バサルトスライムがチキンカリー駅にもたらした被害は深刻だった。
ダンジョンのあちこちには冷え固まった玄武岩がこびりついている。
とりあえず、入り口の階段にたまっている岩の撤去を優先し、それ以外の場所でも順次、岩の撤去を続けている。
ドブリンゾンビがツルハシをふるう音があちこちで響く。
アロッホは、格納庫に続々と運び込まれてくる岩を見ていた。
現在、この部屋は特に使い道もないので、岩の置き場になっている。
何か有用な鉱物でも取り出せないかと狙っていたが、そのためにも施設の拡張が必要だ。
侵入してきた魔物の死骸を置くために墓地が必要なように、死骸以外の物を置いておく倉庫やゴミ捨て場も必要になるらしい。
次のアップキープで設置することになるだろう。
アロッホは、ダンジョン入り口の階段のところまで行く。
岩を運んでいくドブリンゾンビたちの仕事ぶりを、エトルアが楽しそうに眺めていた。
アロッホに気づくと走ってくる。
「やったわ! 外に出られるようになったわよ!」
「本当か? 外はどんなところだった?」
「……まあ、火山ね。近くに山と湖があって、山から噴火した溶岩が湖に流れ込む時に、このダンジョンの上を通って行ったみたい」
「溶岩か……」
アロッホとエトルアはダンジョンの外に出る。
階段を上り切った後も、黒い岩に覆われていた。
さらに三メートルほど、岩に掘られたトンネルを登るとようやく外に出た。
しばらくぶりの青空だ。
周囲の地面は黒い岩に覆われていた。触ってみるが熱は感じない。完全に冷え固まっている。
「湖には、何か生き物はいたか?」
「そこまでは見てないわ。今から行ってみましょう」
二人で岩の上を歩いていく。
湖のほとりでたたずむ。
水面は浄化されたかのように透明だった。
「生き物は、いないな」
アロッホは断ずる。
「こんなにきれいな水なのに?」
「いくらなんでも綺麗すぎる。たぶん、火山灰か何かが溶け込んでいるんだ。むしろ毒の材料が採取できるかもしれない」
「火山ってこわいのね」
「こんな場所でも、生きていける魔物はいるはずなんだけど、まだそういうのは来ていないみたいだな」
「あ、あれは何かしら?」
エトルアが空を指さす。
植物の葉っぱが数枚組み合わさったような物が、パタパタと回転しながら飛んでいた。
「クラウドプランツだ。風に乗って飛び続ける植物だよ」
クラウドプランツは常に飛び続け、不毛の地に種を落としていく。
その種は、水さえあればどんな荒れ地でも育ち、長い茎の先端にできる葉の塊が、新たなクラウドプランツとなって飛んでいく。
地面に残った部分はやがて枯れるが、他の植物のための土となる。
そうやって、不毛の地に植物が増えていくのだという。
小さな虫も飛んでいた。
クラウドプランツを追いかけて食べる習性をもつ虫がいるらしい。
そういう虫を追いかけて、鳥が来て、植物の種を運んでくる。
やがて、この辺りにも森ができるのだろう。
「……あ」
エトルアが何もない虚空に視線をやった。
「どうした?」
「まずい、侵入者警報よ!」
「え?」
アロッホは、自分たちが出て来たチキンカリー駅の入口を見る。
いや、ずっと見ていたわけではなかったが、何か動く物がいたなら気づくだろう。
他の駅か。
「とりあえず、急いで戻りましょう」
駅長室に行くと、カルナが泣きそうな顔で待っていた。
「お、遅いですよぉ」
「悪いな。ちょっと外に出てたんだ」
「侵入者はモリソバ駅ね……どうなってるのかしら?」
エトルアはダンジョン端末を操作する。
大部屋の様子が映し出された。
惨憺たる状況だった。
100を超えるゾンビがいたはずの部屋は、壊滅していた。
殆どのゾンビは、胴体を両断されて、成す術もなく床をはいずっている。
「嘘でしょ? 何をどうしたら、こんな風になるの?」
「どうやって倒したんだ? 侵入者は何者だ?」
エトルアとアロッホは戦慄するが、カルナは事態の深刻さが解っていないようだった。
「あの、山賊の人たちでも、これぐらいできると思いますけど」
「一体や二体ならともかく、百体以上のゾンビをこんなにあっさりと?」
「つまり百人の山賊が入って来たって事ですか?」
「それも違うわ。ゾンビと山賊が横一列にならんで、せーので戦ったら勝てるかもしれないけど……」
「だけど、少人数でこんな事をできる敵なんているか? それこそ、騎士団の精鋭とか、宮廷魔術師とか、それぐらいしかいない」
もし攻めて来たのが王都の精鋭なら、詰みだ。
逃げるぐらいしか選択肢がない。
幸いなのは、現場がチキンカリー駅から遠い事、そしてチキンカリー駅の入口が開通している事ぐらいか。
エトルアは端末を操作して、ダンジョンの中を探す。
壊滅している部屋と、まだ被害を受けていない部屋ばかりが映し出される。
「どこ? どこにいるの? ……見つけた!」
それは小柄な人影だった。
青いローブに身を包み、フードを目深にかぶっている。
光で構成された三角形の板のような物が、四つほど、その人影を守るように浮かんでいた。
「あれは、貴族ですよね……」
「どうだろう。別に全ての魔術師が貴族ってわけじゃないけど……そもそも、一人か? え? 一人で全部これを倒したのか?」
「他に侵入者はいないわ。本当に一人よ。族長の話って大げさだと思ってたけど、人間にもあんなに強いのがいるのね」
そんな事を話している間にも、ゾンビがその人影に迫っていく。
人影は一ミリも動かなかった。
ただ、人影を取り囲んでいた三角形の一枚が素早く動く。
ゾンビの胴体が音もなく両断された。
「随分と便利な魔術じゃない」
「あれは、もしかしてトライアングル・カルテットか?」
それはアロッホの知っている魔術だった。
百年以上前の宮廷魔術師が生み出した、攻防一体型の魔術だ。
しかし、同時に複数の呪文を起動することが一般化した現在では、もはや忘れ去られつつある魔術だという。
アロッホが知る限り、そんな魔術を好む魔術師は一人しかいなかった。
「なあ、思うんだが、あれはもしかして……」
アロッホは思いついたことを言いかけ、やめた。
「どうしたの? 何か知っている事でもあるの?」
「いや……。あいつの顔、見れないか?」
「顔?」
エトルアは怪訝そうな様子で端末を操作する。そして、すぐに諦めた。
「無理よ。下から見上げるような視点はないわ」
「だよな。仕方ない、俺が止めてくる」
アロッホが立ち上がるとエトルアも立った。
「私も行くわよ」
「ダメだ。氷系の魔術を使われたら、それだけで動けなくなるぞ。それより向こうに声は届くか?」
「届くけど、侵入者に何を言うわけ?」
説得しても帰ってくれるとは思わない。
あっさり帰られたら、それはそれで困る。
「大したことじゃない。あれの名前がウィノーラかどうか、それだけ確かめてくれ」
「違ったら?」
「俺一人で勝てる。問題ない」
「じゃあ、ウィノーラその人だったら?」
「……なんとかする」
勝利条件がシビアすぎる……




