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ベルナス市の風景、後


市場のある大通りまで来た時には、子どもも落ち着いていた。

青空の下、人々が行き交う光景を見ていると、先ほど起こった事が、夢か何かのように思えてくる。

だが、恐喝未遂はあったし、人死にも出た。あれは現実の出来事だ。


子どもを下ろし、少女に促すと、少女は財布を差し出す。

子どもも落ち着いたのか、今度は素直に受け取った。


「あの……、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」


釈然としない顔で応じる少女。

メルワーレはため息をつく。


「何も殺すことはなかったでしょう」

「……王都だと、あんな感じだったから」

「まさか、あんなに治安は悪くないと思いますけど」

「……」


少女は、答えず顔を逸らした。

まさか王都で殺されかかった事でもあるのだろうか。


しかし、理由はどうあれ、殺人は犯罪だ。

たとえ相手が悪人であったとしても、通りすがりにいきなり殺して無罪放免とはいかない。


その一方で、この国の司法が正義であると断ずることも難しい。

国家を揺るがすような大規模の犯罪を除けば、犯罪者の処分は各地の権力者に委ねられている。

権力者の中には、人を有罪にして金の支払いか強制労働を科せるなら、罪の内容など知った事はないという考えを持つ物も珍しくはない。

メルワーレはこの少女を官憲に突き出すべきか迷ったが、結論は出なかった。


「薬、買えなかった」


子どもが、ぽつりと呟く。

メルワーレは重大な問題は先送りして、とりあえず子どもを慰めることにした。


「薬は高いですからね。仕方ないですよ」

「どうしてだよ。お金持ちと貧乏人じゃ、命の価値が同じじゃないのかよ……」

「それは……」


メルワーレが言葉に詰まるが、少女が答える。


「それは違う。誰だって、命の価値は同じだと私は思う」

「それなら……」

「命の価値が同じだから、それを助ける薬の値段も同じでないといけない」

「でも、金貨五枚なんて払えるわけないじゃないか……」


しかし、薬の値段に文句を言っても仕方ない。

二か月前までは、金貨を十枚積んでも、手に入る確証はなかった。

定価で買えるようになっただけ、まだましな状況なのだ。


少女は子どもに視線を合わせると、きっぱりと言う。


「薬は、諦めなさい」

「そんな……」

「人は、病気にならなくても、いつか死ぬものだから……。それは仕方ない事なの」

「でも……」


少女は、子どもの財布を指でつつく。

チャリンと銅貨がこすれる音がした。


「そのお金を何に使うかは自分で考えなさい。でも、悪い人に取られそうになっても、今度は助けてあげられないから、気をつけなさい」

「……」


この子どもは、この後、どうするのだろう。

何とかしてお金を集めて薬を買おうとするのだろうか。

あるいは、薬は諦めて、最後に美味しい物を食べさせるとか、そういう方向で決着するのだろうか。

もしかすると、あのお金は、家族が死んだ後で自分のために使うのかもしれない。


どちらにしても、メルワーレにできる事は何もなかった。


子どもが去っていくのを見つめているメルワーレに、少女が問うてくる。


「あなた、屋根の上で何をしてたの?」

「えっ……いえ、ちょっと日向ぼっこを……」

「そう? 今日はあったかいもんね」


メルワーレが咄嗟についた嘘を、少女はすんなりと信じたように見えた。

せっかくなので名乗っておく。


「私はメルワーレ・イストフです。あなたは?」

「ウィノーラ・ソトム」

「ん?」


町を出入りする人間をあらかたチェックしていたメルワーレは、その名前を知っている。

昨日の夕方にやって来た謎の荷馬車、その馬を引いていた少女だ。

確か、男爵階級の貴族だとか。


「……んんん?」



夜。

メルワーレとウィノーラは、宿屋の一階にある食堂で、料理を食べていた。


「まさか、貴族だとは思いませんでしたよ」

「そういう家に生まれただけだから……」


ウィノーラは、少し恥ずかしそうに答えながら、もそもそとパンを食べている。


「ほら、この肉美味しいですよ。お酒はいけます?」

「私は飲める年齢じゃないから一人でどうぞ」

「あ、そうですか? じゃあ私だけ、悪いですね、えへへへ」


メルワーレはジョッキに注がれたワインを飲む。

ワインにしてはかなりの安物だが、メルワーレは気にしない。むしろ財布の中身を気にせず好きなだけ飲めるので、安い方がいいぐらいだ。


「それで? ウィノーラさんはどうしてこんな所まで?」

「人を探しているの……」

「どんな人ですか?」

「私の愛する人」

「へぇ、婚約者ですか?」

「そういうのじゃないけど……」


ウィノーラは歯切れが悪い。


「もしかして、親の許可とかは?」

「ない」

「おお? 禁断の恋じゃないですか」

「別に禁断というほどではないけど……正式に紹介すれば……あ……」

「ん?」

「よく考えたら、もう絶対に無理なやつになっちゃってた……」

「ほらぁ、禁断じゃないですかぁ……」


良く事情は解らないが、メルワーレは禁断の恋だと決めつけた。

そんな相手を王都からここまで追いかけてくるとは、貴族の少女と思わせて、なかなか根性があると言える。


「どんな人なんですか?」

「私の命を助けてくれた人」

「へぇ……強いんですか?」

「弱くはないと思うけど、助けたって言うのは、錬金術で解毒剤を作ったり、看病してくれたり……」

「あれ? もしかして、その人の名前は……」

「アロッホ」

「ぶべぇっ!」


メルワーレは頭をテーブルに叩きつけた。


「ちょっ、その人、私も探してるんですよ!」

「あなたは、私の恋のライバル?」

「いや……そういうんじゃなくて、仕事なんですけどね」

「どこにいるか、知ってる?」

「いや、そこまでは……森の中で見失っちゃったんで……」


流石に仕事の機密情報までは話せない。

メルワーレは適当に話を逸らしながらも、談笑を続け……見事に酔いつぶれた。



「ういー? もうあさー?」


翌朝、メルワーレは自分が取った部屋のベッドの上で目を覚ました。

ウィノーラに背負われて、ベッドまで運ばれたような記憶がある。


室内にウィノーラの姿はなかった。

どこに宿を取っているかは調査済みなので、必要があればそちらを訪問しようと思いながら、何気なく書き物机の上を見る。


「あれ?」


報告書の下書きが出ていた。

一週間以上前に描いた物で、片付けておいたはずだが……それがなぜ机の上に。


「まさか、家探しされて、読まれたかな?」


下書きだから暗号化もしていない。

メルワーレが毒を盛られた小屋の座標も、きっちり書いてある。

アロッホを追いかけていると言った少女が、この座標に行かないわけがない。


機密情報を漏らしてしまった。

大失態だが、メルワーレはむしろ、ウィノーラの安否の方が気になった。


「大丈夫かな……」


顔見知りなら、殺されたりはしないと思いたいが。しかし、状況が状況だ。

アロッホは組織的な何かの支援を受けているとしか思えない。アロッホ一人の意思でどうにかなるとは限らない。

そもそもウィノーラの片思いだったら意味がない。


やはり危険なのではないか。

追いかけて止めるべきだろうか、とメルワーレは悩み、考えるのをやめた。


馬宿に行くと、連絡員が来ていた。

今朝、手紙が届いたらしい。

メルワーレは、暗号化されている手紙を暗算で解きながら読んで、血の気が引いた。


「えっ……」


そこにはウィノーラを探し、見つけたら動向を探れと書いてあった。


「あああああああああああっ、なんで昨日来てくれなかったのぉぉぉぉっ!」


メルワーレは悲鳴を上げると、森の中の小屋に向けて全力で走った。



報告するべき情報はもう得ているから、別に追いかける必要ないのでは?


「昨日会って夕食も一緒に食べたけれど、今はどこにいるかわかりません」

「昨日連絡がついていれば足止めできたかもしれないけど残念でしたね」

「もしかしたら殺されているかもしれないけど、面倒だから追いかけません」


いや、やっぱり追いかけないとダメかな

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