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バサルトスライムの質量戦術3


アロッホとエトルアが溶岩スライムと接敵したのは廊下だった。


巨大な溶岩スライムは、その質量でシャッターをこじ開けながら這い出して来る。

廊下の気温は既に暑いを超えて熱い。


「いや、ちょっと待って。これ俺が近づけないんだけど……」

「それぐらい自分で何とかしなさいよ」


エトルアはそれだけ言い残してドラゴンの姿に戻ると、溶岩スライムに立ち向かう。


『ガァアァァァァァァァッ!』


エトルアは口から火炎を吐いた。

普段なら一瞬で空気が枯れていくような炎も、ただの光る熱風にしか感じられない。

溶岩スライムの放つ熱気で、気温は上がり、既に人間に適さない空間となっているから、そこに炎を追加しても変化がないのだろう。


もちろん、溶岩スライムが相手に、炎はなんの効果も与えなかった。


『ギィィッ!』


エトルアは悔しそうに、前足を叩きつける。

スライムの溶岩が飛び散った。


『ガアアアアアアッ』


攻撃した側のエトルアが悲鳴を上げて飛びのく。

熱気に強いといっても、流石に溶岩に直接触れるのはダメだったらしい。


飛び散った破片はウニョウニョとその辺りを動いていたが、広がってくる溶岩スライムに飲み込まれる。


『グルルルル……』


エトルアはアロッホの方を睨む。

見てないで何かしろと言いたいらしい。


だが、何をどうしろというのか。

人間であるアロッホは、溶岩に触れるぐらいまで近づいたらそれだけで死にかねない。

右腕のヒートブレードは使えない。

そもそも溶岩スライムが相手では、ヒートもブレードも効果はないだろう。


とりあえず左腕の金属弾射出を試してみる。

亜音速で発射された弾丸は、溶岩スライムの表面に飲み込まれ、小さな穴をあけた。

それだけだ。


「やっぱりだめか」


流体状の生物に、打撃ダメージは通らない。

エトルアが人間の姿に戻って、腕に縋り付いてくる。


「ちょっと、なんで諦めてるのよ。あれは? もうないの?」

「あれって?」

「あの、なんかすごく眠くなる奴……」

「あるけど……いや、たぶんダメじゃないかな」

「今使わなかったらいつ使うのよ!」

「……わかったわかった。使うから後ろに下がって」


高温だから低温に弱い。

理屈はわかる、しかし……実際どうなのか?


エトルアが下がらせて、ヘルフロストを投げてみる。

マイナス200度の寒波が溶岩スライムに降り注ぎ……何の変化ももたらさなかった。

強いて言うなら、表面に一瞬、黒い斑点のような物ができたぐらいか。


「な、なんで?」

「温度と量が違い過ぎるんだ。無限に投げ続けられるなら、いつかは凍り付かせることもできるだろうけど」


そもそも、初対面の時のエトルアだって、凍り付いたりはしなかった。

所詮はその程度の物だ。


二人は廊下から撤退、隣の部屋に避難する。


「ねえ、スライムの倒し方ってないの? なんかあるでしょ?」

「なくはない。錬金術なら、毒を使う。でも、ここにはないよ」

「他には何かないの?」

「例えば……塩かな」

「塩?」

「スライムに塩をかけると、浸透圧で水分が抜けて干からびちゃうんだ。でも、塩は内陸だと貴重品だし、逆に海の近くだとスライムも塩耐性があったりするから、あんまり意味がないんだよな……」

「ダメじゃない」


そもそも、塩なんてない。

なにしろここはナメクジダンジョン。

塩は、スライムだけではなくナメクジの弱点でもある。


「そもそも、あのスライムは、普通のスライムじゃないだろ。普通の方法が効くとは思えない」


毒なんかかけた所で、高熱で分解されてしまうのではないか。

塩だって、表面に触れた時点で燃えてしまう。

水分を主体としない体なら、浸透圧など関係ないかもしれない。


「ってことは、あのスライムは無敵なの?」

「いや、弱点がない魔物なんていない。何かあるはずなんだ、何か……」


チキンカリー駅が壊滅するまでにそれを見つけなければならない。

だが、本当に弱点を見つけることができるのか。

あったとして、それを今すぐ用意できるのか。



溶岩スライムはアロッホ達を倒すべき敵と認識したのか追いかけてくる。

次の部屋に逃げ込む。


「ここは、間欠泉部屋か」


沸騰寸前の水が噴き出すだけあって、やはり暑い。

戦うにしても、ここはやめた方がいいだろう。


だが、アロッホは、床に広がる熱湯を見て、ふと思いついた。


「あれ、ちょっと待てよ? ……まさか?」

「何? 弱点を思いついたの?」


エトルアは期待に満ちた眼差しを向けてくる。


「うまくいくかわからないけど、試してみたいことがある。先に駅長室に戻ってくれないか?」

「は?」



アロッホは、間欠泉の噴出口から10メートルほどの所で、待ち構えた。

五分ほどで、溶岩スライムはアロッホのいるところまでやって来た。

ここまで移動するのに、特に消耗した様子は見られない。

一切の弱点などないように見える溶岩の体。


だが、もしかすると、それ自体が深刻な弱点なのかもしれない。


間欠泉の噴出孔を挟んで、アロッホと溶岩スライムはにらみ合う。

いや、睨んでいるのはアロッホだけだ。

スライムに目はない。意思もない。

ただ本能に従って敵らしき物を追跡しているだけだ。


アロッホは少しずつ後にさがる。

スライムも追ってくる。間欠泉の出口を塞ぐように

溶岩スライムに触れて、溜まった水が瞬時に水蒸気と化していく。


「エトルア、いいぞ!」


既に駅長室に戻っている物と期待して呼ぶ。


カンカンカンカンカンカンカンカン


鐘の音が鳴り響く。

間欠泉が起動する合図だ。これをタイミングよく噴出させるために、エトルアにダンジョン端末を操作してもらう必要があった。


だが、間欠泉の噴出は起こらない。スライムが完全に塞いでしまったからか。


カンカンカンカンカンカンカンカン

カンカンカンカンカンカンカンカン


ズバアアッ


間欠泉が噴き出した。ただし、壁から。


「え? そんな所からも出せたのか?」


ズバアアッ ズバアアッ ズバアアッ


噴き出した間欠泉は一ヶ所ではない。

床や天井、あちこちから熱湯が柱のように飛び出し、溶岩スライムに熱湯を浴びせる。


部屋の気温がどんどん上昇していく。

アロッホは隣の部屋まで退避、そこから様子を見守った。


『ブゲァァァァァァァァァァァァッ』


溶岩スライムが悲鳴を上げてのた打ち回る。

実際には声などなく。水が沸騰した音がそう聞こえているだけかもしれないが。


マイナス200度のヘルフロスト。

これは人間の尺度では低温だ。

一方、間欠泉から噴き出す熱湯は100度。

これは人間の尺度では高温になる。


だが、溶岩と同じ体温の溶岩スライムからしたらどうなのか?

1000度を超える世界で生きる者にとって、100度もマイナス200度も、大差ない低温なのでは?


その考えは正解だった。


ヘルフロストは手に乗るほどの大きさしかないが、間欠泉の水量は多い。

溶岩の巨体も、ある程度温度が下がってしまえば岩になる。

水と接触した表面は岩と化して、溶岩スライムを閉じ込める。


もし、中にいるスライムが頑張って外まで出て来たとしても、そこで水を浴びて固まってしまうので意味がない。


「エトルア、どうだ? 抑え込めてるか?」

『大丈夫みたい。後ろの方も間欠泉の部屋に入って岩になってるわ』

「ならよかった」


アロッホは、間欠泉の部屋を見る。

高温の水蒸気が空気に満ちている。

サウナ、などという生易しい物ではない。

大量の水蒸気に酸素が追い出されて、入室しただけで窒息死しかねない状態だ。


そして、もともとあった岩を覆いつくすように、ボコボコの玄武岩に塗り固められた床。


「もしかして、この岩も撤去しないといけないのか?」


いくらドブリンゾンビでも、近寄ることすら難しいだろう。

作業を始められるのがいつになるのか見当もつかず、アロッホはため息をついた。


スライムを出すのもどうかと思ったからナメクジにしたのに、結局スライムを出すことになるという……


というか、この世界、もしかして「放水銃」が万能兵器になりえるのでは?

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