バサルトスライムの質量戦術2
侵入者警報が鳴り響いたのは、温泉から上がって薄着で涼んでいる時だった。
全員で駅長室まで移動する。
「また侵入者かしら? 今度はどこ?」
たぶん、カステラ駅かモリソバ駅だろう。
だが、エトルアはダンジョン端末を操作して驚きの声を上げる。
「え? ここ?」
侵入者は、チキンカリー駅の入口から入って来たらしい。
「おかしいな。入口の岩はまだ残ってるんだよな?」
「今の作業速度だとあと十日以上はかかるはずよ。それに今日は、岩をどかす日だから、急に作業がはかどったって訳もないでしょうし……」
チキンカリー駅の入口は、未だ岩で塞がれている。
普通に考えれば、侵入者はありえない。
「何かの間違いじゃないのか?」
「とりあえず入り口の様子を見てみましょうか」
階段の様子が映し出される。
いや、何も映らなかった。
元から映像が出なかった上の方だけではなく、作業が進んでいた中間あたりも真っ暗だ。
「何これ……どうなっちゃったの?」
エトルアは慌てて端末を操作する。
階段の下も、そこに連なる通路も、真っ暗だ。
隣の部屋に映像を切り替えて、やっと何かが映し出された。
「これは?」
戦闘部屋に流れ込んでいるのは、粘性を持った液体のような何かだった。
この謎の液体が通路から広がっていき、
巨大カタツムリとゾンビが燃えながら飲み込まれていく。
あれは溶岩、なのだろうか?
「まさか、地上で噴火が起こって溶岩が流れ込んできたのか?」
「違うと思うわ。族長のダンジョンが水没しかかった時は、侵入警報はならなかったはず。あれは、侵入者として認識されているわ」
「侵入者とそれ以外の違いって何だ?」
アロッホの問いに、エトルアは一瞬言葉に詰まった後、答える。
「排除するまでアップキープが始まらないのが侵入者、アップキープで撤去できるのがそれ以外よ」
「できるかできないか、誰がどうやって区別してるんだ?」
「ダンジョンが勝手にやってるのよ。私に聞かれても答えられないわ……」
一方、カルナは、何が問題になっているのかもよくわかっていない顔をしていた。
「あの……生きていたら侵入者で、そうじゃないならそれ以外だと思うんですけど」
「その定義は違うよ。自立機械と生物の違いが何なのかは、結論が出ていない。そもそも非生物の魔物もいるし……」
アロッホは言ってから、自分の言葉でようやくその可能性に気づいた。
「……え、嘘だろ? もしかして、あれ全部が非生物の魔物なのか?」
別に大型の魔物の実在を信じていないわけではない。
全長が百メートルぐらいあるヘビの魔物の抜け殻なら、自分の目で見た事がある。
だが、それが目の前にいて、しかも倒す以外の選択肢が許されないとしたら……。
アロッホは心を落ち着け、もう一度映像をよく見る。
最初からそういう物だと思ってみれば、それは明白だった。
直径百メートルほどの円形の部屋。
その床の数割を埋め尽くすほどの大きさの巨大な魔物。
灰色のアメーバー、と言った所か。
皮膚の内側で赤熱した何かが蠢いている。
「結局、アレは何なの?」
エトルアは歯ぎしりしそうな顔で映像を見つめている。
「スライムだ。流体状の魔物で、物理攻撃が効かない」
「なんか燃えてるわよ? アレは何? 攻撃なのかしら?」
「俺も詳しくは知らないが、きっと、ただのスライムじゃないんだ……」
敵の正体も問題だったが、まずは対処方だ。
このダンジョンの設備で倒す方法が思いつかない。
ゾンビの時は時間をかけて対策を取ることもできたが、今回はそうもいかないようだ。
巨大スライムは、戦闘部屋の魔物を一通り焼き殺すと、次の部屋を目指して動き始める。
移動速度は遅いが、それでも、全ての部屋を壊滅させられるまで二時間程度だろう。
エトルアは全てのシャッターを下ろさせたが、一枚につき一分稼げるかどうか。
スライムは隙間から這い出して、シャッターを強引に破壊しながら進んでいく。
「ああもう、私のダンジョンを……。どうすればいいの?」
エトルアはダンジョン端末を操作して、何か使えそうな物がないかと探す。
だが無駄だった。
必殺兵器と思われた溶岩部屋も、やすやすと突破される。
高温は足止めにもならないらしい。
部屋の出入り口の分厚い扉の方が、よほど時間がかかったぐらいだ。
「知能が低いから、扉を開けられないのか……」
扉はきっちり閉まっているように見えても、わずかな隙間がある。
開け閉めができるようになっている以上、それは塞ぎようがない。
スライムはその隙間に潜り込んで押し入ってくる。
これで、入り口を突破した方法の謎は解けた。
地上までドブリンでも通れないほどの隙間があったようだから、そこを通り抜けて来たのだろう。
流体状の魔物だからできることだ。
だが、攻め込まれる側としては悪夢でしかない。
「しめた、テスラコイルの部屋に入ったわ。これで足止めできるわね」
エトルアが歓喜の声を上げる。
侵入者に強烈な雷を浴びせるテスラコイルなら、どんな魔物でも動きを止めるだろう。
「全ての魔力を叩きこんで、高威力をお見舞いしてあげましょう」
バリバリと雷が散り、その全てがスライムに着弾する。
巨体が相手では外しようがない。
だが、スライムの動きに変化はなかった。
「なんで? 雷は当たってるのに?」
「そうか、体が溶岩でできているからか……」
溶岩石を砕くと雲母が採取できることもある。
バッテリーや絶縁体の材料に使われる鉱石だ。
攻撃に電気を使ってこないだけで、電気耐性を持っている可能性は高い。
カルナはおろろろしている。
「ど、どうするんですか? このままじゃ……逃げないと……」
警備モンスターをぶつけてもダメ、高温もダメ、電気もダメ。
これではチキンカリー駅の防衛設備は全て無効化されたような物だ。
他の駅に何かあるとしたら、毒沼ぐらいか。
もっとも、動く炎のような存在を相手に、毒が効くとも思えないが。
避難を考えるカルナの判断は、まっとうな物だとアロッホも思った。
だがエトルアは諦めていなかった。
決意を固めた表情で立ち上がる。
「アロッホ、機械の腕を用意しなさい。私たちで止めるしかないわ!」
「待てよ! 勝算はあるのか?」
「ないけど……こんな所で終わりなんて、ありえないわ!」
エトルアは、着ていた服を脱ぎ捨てる。
「少なくとも私はあの熱では死なないから、足止めはできる。倒し方はあなたが考えなさい!」
無策にもほどがある……




