埋葬
カステラ駅からベルナス市まで歩いて二日。
ベルナス市の薬屋での滞在が五日。
休息と買い出しを兼ねてさらに一日。
ベルナス市からカステラ駅まで歩いて二日。
合計で十日。
十日ぶりに、アロッホはダンジョンに帰還した。
『遅かったじゃない!』
ダンジョンに足を踏み入れた途端に、天井から声が響く。
いつの間にか、そんな事ができるようになったらしい。
「悪かったよ、思ったよりいろいろ手間取ったんだ……」
『早く駅長室に来なさい』
駅長室に戻ると、エトルアは石での椅子に腰かけていた。いつの間にか、材木で肘掛けと背もたれまで用意している。
カルナはその斜め後ろに控えていた。定位置はそこに決まったらしい。
エトルアは余裕のある笑みを浮かべる。
「あまりにも待たせるから、帰ってこないのかと思ったわ」
「そんな事ないって……」
「何かあったかも知れないから、探しに行こうってうるさかったんですよ」
カルナが微笑みながら教えてくれるが、エトルアはそっけない顔でうそぶく。
「あれは嘘よ。やたら心配してたのはカルナの方よ」
「心配してくれたんだな。ありがとう」
アロッホが言うと、エトルアは目を逸らした。
「それで……一応確認するけど、俺の後に誰か付いて来てるとか、そう言う事はなかったよな?」
「問題ないわ。誰もいなかったわよ。それで、目当ての物は手に入ったのかしら?」
アロッホは背負っていた荷袋を下ろした。
「結論から言うと、調合機材は手に入らなかった」
「それじゃ、ダメじゃない」
「あれを手に入れるのは難しいんだ。特に一部の機材は、作れる工房が王都にしかない。それに、あんまり派手に買い付けると、俺の居場所がバレる」
「もう錬金爆弾に頼った戦い方はできないって事かしら?」
「そうだな。まだいくつか残っているけど、毎回それに頼られると困る」
爆弾を用意できなければ、錬金術師は無力だ。
こうなってくると、機材を作るための機材を調達する所から始めた方がいいかもしれない。
「とりあえず、向こうにあった機材で煙幕系の爆弾は作ってきた。ないよりはマシって程度の物だけど」
「そう……」
「それと、これを買って来た」
アロッホは荷物からそれを取り出す。
針と糸、ハサミ、様々な布、ものさし、木炭鉛筆……
カルナは布を一つ一つ手にとって確かめる。
「布、随分たくさん買って来たんですね」
「薬草が思ったより高く買ってもらえたんだ」
一応、金貨を持っていたのだが、逆に増えてしまった。
これだけで商売ができるのではと思ったが、そんな事をしている場合ではない。
アロッホが欲しい物は金貨では買えないのだ。
エトルアは布を見て上機嫌だ。
「これで、新しい服が作れるのかしら?」
「ええ。お任せください」
カルナが請け負う。任せておいて大丈夫だろう。
「そして、最後にダンジョンのために用意したのがこれだ」
頑丈な箱が二つ。
箱の一つの中身は、硬化銀の矢が十二本。
もう一つの箱には、硬化銀の串が数十本。
エトルアは不思議そうに指を伸ばし、何か危険を感じたのか、触れる寸前で手を止めた。
「これは、なにかしら?」
「シルバーバレット、銀の弾丸だよ。ゾンビを戦うために、錬金術がたどり着いた答えだ」
「これでモリソバ駅に入り込んだゾンビの群れをどうにかできるって言うのかしら? そんなに強そうに見えないんだけど……」
「うん、これの使い方は……」
アロッホは説明する。
説明を聞き終えたエトルアとカルナは、半分も理解できていないような顔だった。
「ごめんなさい。説明を聞いても何が何だかわからないわ」
「私もよくわからないんですけど、手間がかかり過ぎでは?」
確かにその通りだ。
「仕方ないだろ。ゾンビと戦うってのはそういう事なんだ」
「厄介な相手を敵に回してしまったというわけね」
「……錬金爆弾が使い放題なら、一撃で焼き払っておしまいだったんだけどな」
モリソバ駅にてゾンビ掃討作戦が始まった。
手順はこうだ。
まず、味方のゾンビを部屋の外に出す。
それを追いかけて来た敵ゾンビがいた場合、分断して一体ずつになるようにする。
はぐれた敵ゾンビに銀の矢を撃ち込む。
胴体に二三発も命中させれば、ゾンビは動かなくなる。
銀の矢を通して、ゾンビの肉体を動かしている魔力が抜けるからだ。
ある程度魔力が抜けたことを確認したら、銀の串を何本か指してから、銀の矢を抜く。
これは銀の矢の数が限られているから、使いまわすため。
銀の串が刺さったゾンビを十体ほど作り出したら、味方ゾンビの配置を元に戻す。
そして、敵ゾンビは、ソリに乗せて墓地まで運ぶ。
ソリを引くのは他の部屋から連れて来たゾンビたちの役目だ。
墓地では、ドブリンゾンビにあらかじめ墓穴を掘らせておく。
その穴に、敵ゾンビを一体ずつ丁寧に入れて、硬化銀の串を抜く。
串を抜くとゾンビは動き出すが、墓穴から脱出しようと暴れだすゾンビは、二十体に一体いるかいないかだ。
そのまま埋めれば埋葬完了。
あとは成仏するのを待つだけだ。
暴れて墓を拒絶するゾンビは、もう一度串を刺してから墓穴の外に出し、別の部屋で保管。
そんな事を十日ぐらい続けた。
たまにカルナがやってきて、大部屋で殴り合っているゾンビを眺めている。
「ゾンビ、ぜんぜん減りませんね」
「結構片付いてるよ。さっき埋めたので二百四十二体目だ。残りはあと八十五体」
始める前に数えておいたのだ。
毎日の成果を記録しながらやらないと、時間がかかりすぎて気が遠くなるだろうと、やる前からわかっていたので。
「つまり七割ぐらい終わったって事ね」
エトルアは呆れたようにため息をつく。
外のゾンビも尽きてきたのか、殆ど新規でやってくるゾンビはいない。
「それより、アレの方が問題だ……」
どうやっても埋葬できないゾンビがいるのだ。
一回目で埋葬できなかったゾンビでも、銀の串を刺したまま数日放置してから、深めの墓穴に埋めれば問題なかった。
だが、一匹だけ例外がいたのだ。
銀の串を体中に二十本ぐらい刺しているのに、まだじたばたと動く。
これでは埋葬する時に串を回収する事ができそうにない。
下手をすると、埋めても地面の底から出てきてしまうのではないか。
「いっそ、あのままカステラ駅の外に放り出すって言うのはどうかしら? とりあえず、ダンジョンアップキープの条件は満たせるわ」
「それは、止むを得ないか……」
「ところで、何か私に言う事はないのかしら?」
エトルアはアロッホの前でポーズをとって、くるっと回って見せた。
服がいつの間にか完成していたらしい。
薄くてふわふわした感じの布で作られた、ピンク色のドレスだ。
頭の両脇の角に大きなリボンも結んでいる。
「へぇ、いい服じゃないか」
「ふうん。それだけ?」
エトルアは何か不満そうだった。
何かまずかったかと思っていると、カルナが教えてくれる。
「こういう時は、服だけでなく、本人を誉めないと意味がないんですよ」
「なっ! 変なアドバイスしなくていいから」
エトルアが慌てて打ち消そうとするが、アロッホは試しに言ってみる。
「もちろん、エトルアはいつだってかわいいよ」
「わ、私だもの、そんなの当り前よ」
エトルアは顔を真っ赤に染めながらも、すました表情でそう言い放った。
そもそも、ゾンビってなんで動くんだ
死んでるのに
獲得称号 《ウォーキングデッド》
取得条件:三百体のゾンビを埋葬する
称号効果:墓地のゾンビ生成速度が速くなる