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ダンジョン・アップキープ


ドブリンたちの群れが去ってから、数日が過ぎた。

その間、アロッホとエトルアは、殆どの時間を駅長室の中で過ごした。


何しろダンジョンの外には出れない。カエルがいた部屋の桟橋は壊れたままだ。

ドブリンが持ち込んだ丸太でイカダでも作ろうかと思ったが、水面に無数に浮いているドブリンの死体を見ると作業する気が失せた。


エトルアは毒から回復したが、まだ本調子ではなかったし、そのエトルアが「ダンジョンがドブリンの死体を片付けるまで待ちましょう」と言ったのだ。

アロッホが自主的に動く理由もなかった。



だが、放置が四日目に入って、さすがにアロッホも不安になって来た。

ダンジョンの事はエトルアに任せるつもりだが、せめてあのドブリンの死体はなんとかするべきではないか。


「なあ? 何もしてないけど……いいのか?」

「何か問題があるのかしら?」


エトルアは部屋の隅に寝転がったまま言う。

毒は完治したはずだが、まだやる気が出ないようだ。


「この前は、変化がなくて焦ってたのに随分余裕だな」

「そろそろアップキープが来るわ。わかるの。だって私のダンジョンだもの」


エトルアは眠そうな顔でそう言い、アロッホが貸した上着の長すぎる袖で、ペチペチと地面を叩く


「アップキープってなんだ?」

「ダンジョンは定期的に状態をリセットするの。例えば壊れた桟橋が勝手に直るとかね……」

「あ、ああ」


アロッホが桟橋を燃やしたこと、割と根に持っているようだ。


「その時に十分な魔力が溜まっていれば、ダンジョンが成長するの。ほら」


エトルアが壁の一角を指さす。

その壁にはクリスタルのような物が生み出されていた。


さっきまで、こんな物はなかったはずだが……。


「今はこの前のドブリンの死体を、魔力に変換しているところよ」

「随分と時間がかかるんだな」

「ダンジョン側で、ドブリンの死体を片付けるための算段が整えるのに手間取ったのね。あんな大群は滅多にないから」


二度とこないで欲しいわ、と呟きながらエトルアは寝返りを打った。


数時間ほど経った頃、ダンジョンが小刻みに揺れ始めた。

最初にダンジョンを作った頃を思い出させるその揺れは、一分ほどで収まった。


エトルアはダンジョン端末を操作し、ダンジョンの全体図を表示した。

映し出されたワイヤーフレームは、以前と形が違った。

しかも、広い。

部屋の数が倍ぐらいに増えている。


最下層のホームに至っては、長いトンネルが追加されていて、その先は表示が途切れていた。


「実際に歩いて回って確認した方がいいかしら?」

「ああ……いや、ちょっと待て」


変化があったのは、ダンジョン構造だけではない。

アロッホは、駅長室の隅にあった木に駆け寄る。


「これは、パワープラムか?」


駅長室の隅の方にあった木が変わっていた。

今までは普通の果物が生っていたのだが……別の果物が生っている。


「それ、食べれるわよね?」


エトルアの関心事は食糧事情のようだ。


「身体強化薬の材料だよ。もちろんそのまま食べる事もできるけど……」

「そう? それなら問題ないじゃない」


この木に生る果物は、最近の主食になりつつあった。

それが失われたのでなければ、問題はないと考えるらしい。普通の視点だ。

だが、錬金術師であるアロッホはそうもいかない。


「なあ。食料は他で調達できないか? できればこれは薬の材料に使いたいんだが……」

「何か役に立つものが作れるの?」

「……機材がないと無理だ」

「なら、後回しね」


やはり機材の調達を急がなければと、アロッホは肝に銘じた。

このままでは錬金術師としての沽券に関わる。



アロッホとエトルアはダンジョンの中を歩く。

以前からあった部屋や廊下はほとんどそのままだが、新しい通路と部屋が追加されていた。


通路のいくつかは、シャッターのような物で閉ざされていた。


「これは……扉が実装されたのか?」

「私の知ってる扉とは様子が違う気がするけれど……そうね、素手のドブリンが何千匹来ようとも、これは壊せないわね」


エトルアはシャッターをガンガン叩いて強度を確かめていた。

アロッホはシャッターを上から下まで観察し、首をかしげる。


「これは……どうやって開けるんだ?」

「えっ?」


扉とは開け閉めができるから扉扱いされる。

開ける方法がわからなかったら、ただの壁と同じだ。


二人であちこち調べて、下の方に手をかける所があるのを見つけた。それを上に持ち上げるように引っ張ると、やっと開いた。


「下から上に開ける扉なんて初めて見たぞ」

「これならドブリンは通れないわね。よほど知能が高くなければ立ち往生よ」

「そ、そうだといいな……」


アロッホは目を逸らしながら同意する。

自分たちが「よほど知能が高い」に分類されているかどうか、不安になったけれど、それは口に出さない事にした。



二人はカエルの部屋にたどり着いた。

紫色の水面の上に、毒々しい色の花が咲いている。

ラフレシアか何かを思わせる肉厚の花弁は、赤地に白い水玉模様。その中央で緑色の触手がゆらゆら揺れていた。


「何か、この前と様子が違うわね?」

「この部屋でかなりのドブリンを倒したのが原因なのか?」


ドブリンの死体で水が腐った。その結果、毒沼と化した。

あるいは、毒矢を使われたから、毒を学習した。

そういう事だろう。


「カエルはもういないのかしら?」


もちろんカエルもいた。

背中が赤と黒の縞縞模様で、大きさは6メートルぐらい。

エトルアが手を振ると、カエルも舌をビロビロ振って挨拶を返してくれる。


「新しい能力を獲得したみたいね。たぶん、食べたら毒があるんじゃないかしら?」

「食べるって、あれを? 誰が?」


あのカエルを食べれる大きさの生き物は、このダンジョンの入口を通れないのでは、とアロッホは思った。

その他、追加された部屋を見て回る。殆どの部屋は過去に見た事がある部屋と似た感じだった。



シャッターの一つを開ける。

そこは妙な感じの部屋だった。

床は土だ。

百メートル四方の広さの部屋で、一メートル間隔で墓石が立ち並んでいる。


「これは墓地か?」

「墓地! そうだわ。大切な物を忘れていたわね。これがないダンジョンなんてありえないわ」


エトルアは嬉しそう言い、愛おしそうに墓石を撫でる。


部屋の端の方に数匹のドブリンがいた。

いや、肌の色が青紫色をしている。これはゾンビ化しているのだろうか。


「この前大量のドブリンを倒したから、追加されたのね」

「素手ドブリンじゃ、あんまり戦力としては期待できないんじゃないか?」

「そうね……でも、ナメクジよりはましでしょう、たぶん」


エトルアもあまり信用していないのか、いい加減な事を言う。


「墓地って言うのはゾンビを生み出すための施設なのか?」

「それもあるわ。でも、どっちかっていうと、埋葬の方がメインね」

「埋葬?」

「侵入してきた魔物や、死んだ味方の魔物は、アップキープの時に消滅して魔力に変換されるわ。だけど、それを待っていると時間がかかるでしょう? 今回もそうだったけど」

「そうだな」

処理すべき死体の量が多すぎたら、それが終わる前に次の敵が来てしまうかもしれない。

そうなったら、いつまでもダンジョンを強化できない。


「だから手っ取り早くアップキープを迎えたい時は、こういう施設が必要なのよ」

「ここに死体を放り込むと、即座に魔力に変換されるって言うのか?」

「即座に……即座? ええと、処理速度は、まあまあね」


エトルアは、急にテンションが下がって、歯切れが悪くなる。


「あんまり早くないのか?」

「残念ながら、ダンジョン全体の処理速度は変わらないの。ただ、墓地に放り込めば、アップキープの時に処理が終わっていなくてもスキップされるから、今回のような事はもうなくなると思っていいわ」

「そうなのか……」


アロッホは、今一つ有効性がわからなかったが、納得した振りをしておいた。


詰み回避は大事

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