そのころ王都の貴族たちは
一応、再確認です
ウィノーラは、宮廷魔術師の候補です(でした)
そのウィノーラは冒頭で毒殺されかけました
犯人を調べていたアロッホは貴族から危険視され、追放されました
この流れ、ちゃんと覚えていますよね?
僕は忘れていました
ディスオルトはウィノーラの部屋に足を踏み入れた。
「やあ、元気にしているかい?」
貴族社会において、女子の私室に男が入るのは、本人の同意を得ているとしても好ましい事ではない。
しかし、身分差はどこにでもつきまとう。
伯爵家の長子であるディスオルトを、男爵家のウィノーラが拒める物ではない。
「ええ。おかげさまで」
ウィノーラは椅子に腰かけたまま力なく微笑む。
短くまとめた金髪がかわいらしい少女だ。
ウィノーラの部屋は、かなり質素だった。
お情けで一代限りの貴族を名乗れているような、権力も持たない実家の出身。大して金もないのだろう。
まあ平民が見れば「俺の部屋よりずっと立派だ」と言うかもしれない。ディスオルトにとっては質素という意味だ。
ただ一つ、気になるのは、隅の方に積み上げられた木箱の山だった。
押し掛けておいて、掃除がなっていないなどとケチをつける気はない。ないが、しかし。
流石に、普段からこんな状態ではないだろう。
なんなのだ、あの箱は。
ディスオルトの視線に気づいたか、ウィノーラは慌てて手を振る。
「ああ、あれは……その、あれはですね……」
「ん?」
「なんというか、実家が送って来た……嫁入り道具のような物ですわ」
「嫁入り道具?」
改めてウィノーラの外見を見る。
年齢は13歳だったはず。外見もそんな感じだ。
結婚の話をするには、まだ早いのではないかと思う。
もちろん、貴族社会では結婚の話は普通より早く決まる。
性別が確認できた時点で親が結婚相手を決めてしまうような場合もたまにある。
18歳のディスオルトも既に相手は決まってている。
だが、嫁入り道具とは……何かがおかしい。
嫁入り道具とは結婚してから持ってくる物ではないか。
近日中に結婚するというならまだわかるが……それならディスオルトの耳にも入っているはず。
「相手はどなたなのですか?」
「いえ。お恥ずかしながら、まだ決まっていません……」
ウィノーラはごまかすように視線を逸らす。
何かが妙な気がする。嘘をついているのだろうか? ついているのだろう。
まあ、追及しても大した物は出てこないだろう。
まともな人間なら、違法な物を堂々と自室に置いておくわけがない。
「結婚相手……良ければ、私の義兄を紹介しましょう」
だからディスオルトは笑顔でそう言うに留めた。
いや、義兄も悪い人間ではないのだ。
ただ、ちょっと、女グセがとても良くない。
おかげで、いつまでたっても縁談がまとまらない。
義兄には仕事を頼んだので、今は王都から外に出ている。
なんか移動のついでに奴隷商人と会うとか言っていた。
また、農村で口減らしに売られた娘でも買うのだろう。
そんな事をしていないで、さっさと身を固めればいい物を……。
もしかすると、ウィノーラを無理やりあてがうのは、本当に名案かも知れないとディスオルトは思う。
もちろん、義兄の女の趣味を見れば、こんなチンチクリンはお気に召さないかもしれないが、それでいいのだ。
それなら本気で惚れこんでしまう事もないだろう。
毒殺してまで排除しようとした対象と、仲よくされては困る。
「ええと、義兄さんの件は、私からはお答えはできませんわ」
目の前の男の心の内など知らず、ウィノーラは柔らかい視線を向けてくる。
これは単なるお断りだろう。
しかし、権力を使って正式なルートでねじ込まれれば拒否できるものではない。
だから「実家と話し合ってください」と矛先を逸らす。
ディスオルトは笑い出したくなるのをこらえながら、無害な善人を演じる。
「そうですか」
「……それで、今日はどんなご用件でしょうか?」
「単なるお見舞いのつもりで来ただけですよ。あなたはいわば、ライバルなのですから」
二人は宮廷魔術師の座を争ったライバルだ。
実家の権力で比べればディスオルトが勝っていたが、魔術師としての実力はウィノーラの方が上だった。
「残念ですが、もうそれは違うと思います」
ウィノーラは目を閉じて首を振る。
「違うとは?」
「熱は下がったのですけど、何かの後遺症が残ったようで、魔力がうまく練れなくて……」
「そうなのですか? まあ、そういう事もあるでしょう……」
そんな毒を盛ったつもりはなかった。
だが、どんな後遺症が出たとしても、ありえないとは言えない。
もともと殺すための毒なのだ。
ウィノーラが生きている。それ自体が、既にありえない。
「うまく魔術を使う事ができないので、宮廷魔術師の道は諦めることになりそうです」
悲しそうな顔で言うウィノーラ。
全てがうまく運びそうだった。
ディスオルトは、ウィノーラが椅子から立ち上がろうとする様子も見せない事に気づいた。
魔力だけではなく体力も落ちているのだろうか。
子どもを産めないと判断されれば、結婚の道すら閉ざされるから、それは隠しているのかもしれない。
「そう言えば、アロッホさん、でしたっけ?」
ウィノーラの口からその言葉が出てきて、ディスオルトは驚愕した。
動揺が顔に出ないように努めながら、会話を続ける。
「それは、誰の事ですか?」
「私に薬をくれた人だったと思うのですが?」
「ああ……あの男ですか」
もちろん知っている、知らないわけがない。
ウィノーラが倒れた時、これは毒殺未遂で犯人は貴族、などと騒ぎ立てたバカ。
なぜ、そんな事をして無事で済むと思ったのか。
正直者は死ぬのが貴族社会の掟。
「その名前は、あまり口に出さない方がいいでしょう」
「どうしてですか?」
「あの男は、錬金術協会の会長を殺して、逃亡しています」
「まあ、そんな事になっていたのですか?」
ウィノーラは、驚いたような顔になり口に手を当てた。
ずっと部屋で寝ていたから、知らなかったのだろうか。
「兵士たちが行方を追っているのに、全く手がかりもつかめていないとか……」
「それは恐ろしい話ですね。もう王都にはいないのかしら?」
「そのようです」
「……」
ディスオルトは常々こう思っていた。
宮廷魔術師は、貴族の中の貴族がつくべき役職なのだ。
もちろん、最低限の魔術の腕前がなければ意味がない。
つまりは、自分こそが宮廷魔術師にふさわしい。
それなのに、ウィノーラときたら、ちょっと魔術が人よりうまかった程度で調子に乗って、自分の身分もわきまえず宮廷魔術師の座を得ようなどとは……。
愚かにもほどがある。
魔術が使えなくなったとは、まさに「ざまぁ」だ。
ディスオルトはウィノーラの部屋から退出した。
廊下を歩いていると真っ青な顔の男が走ってくるのが見えた。
錬金術協会の副会長だ。
最近はディスオルトの味方なのだが、どうしたというのか。
「さ、探しましたよ。一大事です。例の……」
「待て……」
盗聴防止の魔術を展開。
油断なく周囲を見回し、誰もこちらを見ていないことを確認してから、続きを促す。
「アロッホの部屋から運び出した荷物が、全てなくなりました」
「は? どういう事だ?」
「ですから、あなたに命じられて運び出した荷物が……保管していた倉庫から消えたのです」
「バカな……何をやっているんだ!」
アロッホはいなくなったが、アロッホの調査した記録はまだ実験室に残っている。
それを処分しなければ、ディスオルトの安全は確保できない。
だから、副会長に命じて、アロッホの部屋にあったすべての荷物を回収させた。
調合機材やら調査結果を記した書類、日用品など。
どのようなところに、メモ書きが紛れているかわからないから、文字通り全てを回収させた。
それらは五個ほどの木箱に詰め込んで、倉庫に隠しておいたのだ。
会長が死んだ今、副会長が繰り上がりで会長に就任するのは自然な流れ。
それを後押しすると言えば、簡単に言いなりになってくれた。
あと少しで証拠隠滅も完了するはずだったのだ。
それがこんな事になるとは。
副会長に隠ぺいをさせたという行動それ自体が、ディスオルトにとって不利な証拠になりかねない。
消すか? と目の前の男をみて考える。
いや、それはダメだ。これ以上死人が増えれば状況をコントロールできなくなる。
「くそ。誰の仕業だ……」
ディスオルトは、対立する派閥の貴族の顔を思い浮かべる。
そして、即座に答えを導き出した。
「わかったぞ。アロッホがクワワント山脈の方に逃げたというのは嘘だ。誰かが流した偽情報……。奴は王都に潜んでいる」
「なんですって!」
「誰かが匿っているのだ。この俺を追い落とすために……」
いや、アロッホが毒殺未遂だと叫びだしたところからして、既に計画通りだったのではないか。
そう考えた方が自然だ。
これは貴族社会を破壊しようとする恐ろしき陰謀に違いない。
陰謀は駆逐する、全ては正義のために。
敵は王都にいる。
それならば、まずは、アロッホの指名手配を頼んだ義兄を呼び戻さなくては。
ディスオルトは、くだらない野望のために毒殺を決意した自分の愚かさには全く目を向けず、肩を怒らせながら歩きだした。
ストックがなくなったので、一時休載します。
一週間後に再開する予定です。
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