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オリヴィアとルーク(1)

 クロエは、あんな出来事があったにもかかわらず、フランに残ることを決めていた。彼女の強さと優しさは本物だ。また会うことを約束して、オリヴィアとルークはフランを出た。

 ――私は、私の方法で、魔導士を分かって貰うんだ。

 そういった彼女が、友として誇らしかった。火傷の手当を受けて休んだ後は、それだけの情報を頼りに西へ向かっていた。ルークの馬があったお陰で、二人で乗っても夜が更けるまでにかなりの距離を稼ぐことができたのだった。

 吹き続けている微かな風に、揺れる火を見つめていた。たった一晩で、いろいろなことがありすぎたように思う。オリヴィアもルークも、疲れ果てていた。

 焚き火を挟むように反対側に座るルークの顔は、見えない。オリヴィアの脳裏には、レナードとの口論の記憶と、アンナに向けられた憎悪が張り付いて離れない。月すら見えない、雲の濃い空だ。

「……うまく、いかないものだな」

 思わず口から、弱音が零れる。見渡しても黒い影以上のものは見えず、命の匂いもしない砂漠の夜。別に、誰かに聞いて貰いたいと思って呟いたわけではなかったが、ルークは返事をしてくれた。

「何だ、急に。珍しいな」

 ルークは、腰の剣を鞘から抜いて、手入れを始めたようだった。等間隔で聞こえる刃を研ぐ音が、耳に響いてくる。作業の片手間に聞いてやらんこともない、という様子だった。オリヴィアは悩んだ。心配事や弱音を自ら進んで話す質ではないのだ。悩んだが、口を開いた。ほんの少しだけ、甘えたくなったのだった。

「……私。昔っから、結構さみしがりな方なんだ」

「まあ、そうなんだろうな。放っておくと直ぐ拗ねるしな」

 茶化されて、オリヴィアは少しむっとした。「冗談だよ」とルークに言われて、ため息をつく。

「孤児院では、ドロシーと私が年長で、あとはみんな年下ばっかりだったんだ。戦争してたんだから、孤児院に入った子供なんて沢山いたのに。当時赤ん坊だったから当たり前だけど、その時は私たちが一番年下だった」

 自分からこんなことを話すなんて、普段ではあり得ないことだ。そう自覚しながら、オリヴィアは言葉を繋いでいく。ルークが、刃を研ぐ手を止めた。

「でも、私たちが一番上になった。みんな引き取られていったんだ。上の方から順番に。貴族の養子になった子もいたし、農家に貰われた子もいた。……私は物心ついた頃から、親にずっと憧れてた。引き取られていった子が、羨ましかった……」

 もう、顔も思い出せないような人達ばかりだけれど。残ったのは、漠然とした喪失感だけだ。

「年上がみんな居なくなって、気がついたら年下が引き取られはじめてた。私たちだけ、最後まで引き取り手がいなかったんだ。ドロシーは、長い間身体が弱くて。私は忌み子だったから。二人ともさみしがりでさ。こんなこと話さなかったけど、相手が貰われていくのを、互いに恐れてたと思う。……私は、ドロシーがいなくなるのはいやだったけど、迎えに来てくれる人をずっと待ってた。私の親になってくれる人がいるかもって。愛してくれる人がいるかもって……勝手だよな」

 ドロシーはどうだったのだろうか。オリヴィアと居たいと思ってくれていたのだろうか。それとも。

 独りよがりなことばかり話してしまっている気がする。ぼんやりと視界に映るルークに目を向けると、

「……それで?」

 聞いている、と示すように返事をくれた。

「院長先生は皆の親代わりだったけど、やっぱり親とは違う。私を一番に思ってくれるひとが欲しかったんだ、ずっと。だから……隊長が親だったって知って、たぶん、勝手に期待してたんだ」

 だから、苦しかった。理想のようにはいかないから。少しは穏やかに会話できたと思えば、すぐに拗れて。今回だってそうだ。オリヴィアは、アルフレッドを深く嫉んでいる。長い間をレナードと共に過ごしてきた彼には、絶対に勝てないから。

「……そうか」

「今回だって、本当は。あんなことになるなんて思わなかった。……笑って送り出してくれると、思ってた……。私はっ……」

 ああ、だめだ。頬が塗れているのに気付いて、俯いたまま唇を結んだ。ふいに、頭に暖かさを感じる。――ルークの手だ。気付かないうちに近くに来た彼は、オリヴィアの横に座り込んでいた。気を遣わせてしまった、と思った。近くから、ルークの静かな声がした。

「寂しい、か?」

「……うん」

「――なら、戻るか?」

「ううん……」

 それだけはできない。出来る限りのことをすると、心に誓ったのだから。成し遂げずに戻ったら、きっと自分自身を許せなくなる。

「終わったらそれ全部、隊長に言ってやれば良いんだ。思ってたこと、感じたこと全部。救えた命が沢山あったのだと、誇ってやれ。そうだろう……オリヴィア」

 ルークは、そう言ってオリヴィアの頬を拭ってくれた。僅かな火の明かりでは見えないが、きっと彼は今とても優しい顔をしている。

「……今日は、『小娘』じゃ無いんだな」 

 彼に名前を呼ばれたのは、たぶん初めてだ。何故だかそれがとても嬉しいことのように感じて、オリヴィアは瞳に残っていた雫を腕で拭いた。

「ふん。憎まれ口を叩けるくらいなら、心配して損したか」

 口ではそういうことを言うルークの声は穏やかで、オリヴィアは心に暖かいものを感じていた。

 たった一日で、たくさん強い言葉を浴びてしまった。それでも、思い返せば、同じくらいたくさんの優しさも貰ったのだ。それを思い出せば、オリヴィアは人として立っていられる気がした。

 しばし、無言だった。心地よい無音だった。気持ちを入れ替えるように新鮮な空気を吸い込むと、思い切り伸びをした。ふう、と力を抜いて、オリヴィアは口を開いた。

「あのさ。……さっきの、秘密にしておいてくれ。私の醜いところ、知られたくないんだ。子供っぽい、し……」

 いつまでも親がどうとかいう年でもない。実際、オリヴィアは年が明ければすぐ十七になる。じゅうぶん、一人で立って歩ける年齢だというのに。

「欲しいものを欲しいと言って、悪いことなんて無いと俺は思うがな。……じゃあ、代わりに俺の話を聞け。そうしたら黙っておいてやる」

 ルークはそう言うと、いつの間にか弱くなっていた火に薪を放り込んだ。焚き火は空気を含んで一度大きく火を上げると、小気味よい音を立てながら元気を取り戻した。オリヴィアは、真横に座るルークが話し始めるのを待つ。

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