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ショートえっち  作者: 友野久遠
第4話  ミイラ取りのララバイ
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9、真空の部屋

 あの時、衝動的に交番に行ったことを、わたしは今でも後悔しています。

 あの瞬間、わたしは廉にとっての友人の立場を逸脱しました。 

 それも悪い方向にです。


 警察が介入すれば、あの痴漢男が逮捕されて公園も安全になり、廉も病院に行くことができる。 

 廉の母親の態度に少々感情的になっていたことは否定しませんが、それなりに考えてしたつもりだったのです。 が、大人に頼れば、なんとなく大丈夫な気がしていたというのが本音だったのかも知れません。 

 やはりわたしは甘ちゃんだったのでしょう。

 


 親にばれると口うるさいから内緒にしてくれと頼んだのに、お巡りさんたちは私の家に直接やってきて、両親に全部話してしまいました。

 高校生になってすっかり大人のつもりでいた私の証言は、彼らから見ると無いも同然の物だったのです。 何も知らなかった両親の証言の方が、彼らにとっては重要だったということです。


 結果的にわたしは両親からありもしない誤解を受けて泣かれ、裏口の鍵とロフトの使用権を取り上げられました。

 このことはすぐに麻衣の耳にも抜けてしまい、軽蔑をこめて絶交を言い渡されました。

 でも、ここまではわたしも予想していたことなので慌てませんでした。 

 廉に鍵を預けてから、最悪のシナリオは何度も頭の中で読みましたから。

 麻衣と恋敵になった時から、こうなることは時間の問題だったのです。


 計算外だったのは、警察の立会いの下に、廉の両親が私の部屋まで廉を迎えに来たことでした。

 彼らはにこりともしないで、わたしとうちの父母に形だけお礼を言って、廉をベッドから引き出しました。

 「帰るんだ。 これ以上人様にご迷惑かけるんじゃない」

 その言いぐさと表情を見て、この人たちに反省の気持ちはないのだとすぐにわかってしまいました。 彼らは法的に処罰されるのが嫌なのと、他人に借りを作るのが悔しいのとで、取りあえず事態を治めに来ただけなのです。

 廉に対しては、「我が家の恥を外部に振りまいたバカ息子」と、内心怒り狂っているのが見え見えでした。 でも、自宅に連れ帰られたらもうわたしには廉を庇ってあげることができないのです。 

 そこは家庭と言う名の、恐ろしい密室になるのです。

 これまでに報道されたたくさんの虐待に関するニュースが、わたしの脳裏をよぎりました。


 わたしはこういうドライな性格なので、神様の存在をその日まで信じていませんでしたし、そんなことに時間を費やすのはナンセンスだと思っていました。

 けれどその晩、わたしは生まれて初めて本気で神に祈ったのでした。

 彼の両親が彼を殴ったり、殺してしまったりしませんように、と。


 

 わたしの心配をあざ笑うかのように、その日から廉の携帯は通じなくなりました。

 次の日学校を欠席していると知って、わたしはなんとか廉の様子を知ろうとしました。 

 自宅の電話番号を調べて電話をかけましたが、名前を名乗ると切られてしまいます。


 (熱が出ていたから、きっと家で寝てるんだ)


 そう自分を納得させようとしても、次から次へとよからぬ想像が胸を塞ぎます。

 傷がもとで脳内出血したのではないか。

 両親に虐待されて死んだり、動けなくなっているのではないか。

 山に捨てられたのではないか。

 

 胃に穴が開くほど心配していても、私自身も親に見張られていて動けない状態でした。

 わたしと廉の関係を邪推した両親が、登下校を車で送迎するようになったからです。

 仕方なくわたしは、廉のクラスメートに頼んで、彼の様子を調べてもらおうとしました。 

 親しい友達なら、家に電話したり訪ねて行ったりもできると思ったのです。


 ところが何人かに尋ね歩いた結果、そういう友人は存在しないことがわかりました。

 廉は誰とも「親しく」なんかなかったのです。

 彼は自分の事をほとんど誰にも話していませんでした。

 男子生徒と日常会話は盛んに交わしており、多くの知人に好かれていましたが、彼がどこに住んでいて、どんな趣味でどこでバイトしているかを知る男子いはいませんでした。 


 「女にもてるのは知ってるよ」

 そういう割には、どこの誰と付き合っているかは知らないと答えるのです。

 そうです。 廉は、この世のほとんどの人間を信用していませんでした。

 彼の私生活を知るのは、廉を異性として好きになり、あたかも「現代の大奥」のような多角関係を形成している、一握りの女たちだけだったのです。



 胸を塞がれるような痛みを感じて、わたしは呆然としました。

 廉は社交的な性格で、孤独な少年に見えたことは一度もなかったし、誰からも好かれている印象があっただけに、この事実は衝撃的でした。

 

 廉の心には、大きな真空の部分があったのです。 

 本来であれば家族が埋めてくれる場所、幼いころから詰まっているはずの部分が空洞なのでした。

 彼はその空虚の外側に、家族以外の人間関係の何もかもを吸着して鎧にしようとしていたのです。

 けれど、廉は多くの知人を持ちながら、それを友人に変える術を知りませんでした。

 複数の愛人を持ちながら、それを本当の恋人に変えることができないのと同じ理屈です。

 真空になった心の中に、彼らは誰も入れないのです。

 人と人とのつながりだけは、深さを数や広さで補うことができないのに、廉はそんな単純なことを知らずに成長してしまったのでした。


 廉の「核」をこじ開ける鍵を探そう。

 人をきちんと中に入れ、扉を開閉することを教えてあげよう。

 わたしがそう決心したのは、彼が3日の欠席ののち、無事に登校してきたのを知った時でした。


 情熱的だったのでしょうか。

 それとも単に傲慢だったのでしょうか。

 わたしは、このことに気付いた自分だけが、廉の不足分を埋めることができるのだと信じて、それだけを武器に廉の心に斬り込んで行ったのでした。

 後で思えば滑稽なことでした。

 その程度の事なら、彼の大奥を形成している女の子の誰かが、すでにやり尽くしているのだということに気付かなかったのです。




 廉が登校したという話を聞いて、その日何度か廉の教室まで行ったのですが、いつも彼の周囲にはたくさんの人が集まっていたので、声をかけることができませんでした。

 だからと言ってあまり悠長にはしていられません。 

 わたしは授業が終わったら親が迎えに来るので、下校時刻には廉を捕まえないとアウトです。

 下校時のHRが終わるや、廉の教室に飛んで行きました。


 廉は3人の男子クラスメートと一緒に、カバンを持って教室を出るところでした。

 まさか彼らの前で廉を口説くわけに行きませんから、わたしは話しかけるチャンスをうかがいながら後ろをついて行きました。

 

 校門に到達する前に、廉以外の男子生徒は部活をするために体育館や部室棟へ散って行き、廉はうまい具合にひとりになりました。

 ところがココぞと思って駆け寄る暇もなく、廉の姿は校門の前で不意に掻き消えてしまったのです。



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