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ショートえっち  作者: 友野久遠
第4話  ミイラ取りのララバイ
20/22

7、接近

 その時の廉の顔を、わたしは今でもはっきりと思い浮かべることができます。

 屋根裏部屋の床から頭一つ出して、見開いた瞳は濃いめのヘイゼル。

 それはまるで洋画のワンシーンのように印象的な情景でした。


 女の思考を読むのに長けた廉の事ですから、この状況だけで何が起こったのかわかってしまうかも知れません。 わたしの頭の中では、泣き顔の言い訳を探して、思考が千里を駆け巡っていました。


 「……サンドイッチだね」

 こういう時、廉は決して詰問しません。

 押さば引き、引かば押すのが彼の流儀なのです。

 「3時間目、地学だった?」

 そんなことを聞くのと同じような、事務的で抑えた声でした。


 その声を聞いた途端、わたしはカッとして、弁解なんかする気がなくなってしまいました。

 何も言われなければ、この男は平気でこの状況をスルーしてしまう気だと思ったからです。

 「お楽しみだったみたいね」

 我ながら意地の悪い、白雪姫の継母みたいな声が出せました。

 

 「あなたの相手は麻衣だけになったはずよね。

  今夜はずいぶん老けた麻衣ちゃんと一緒だったじゃないの」

 言うなり、廉に向かって手のひらを突き出しました。

 「鍵を返して。 約束を破る人に協力はできないわ」

 

 一瞬の躊躇の後、廉がポケットに手を入れたので、わたしは驚きあきれました。

 「ちょっと。 黙って返してそれで終わろうっていうつもり?

  なんで嘘ついたか説明ぐらいしなさいよ。

  バイト先に泊まったなんて嘘で、夕べはあの女のところに泊まったんでしょ」

 

 「嘘じゃない、あれはミサオさんだ。 バイト先の店長だよ」

 「店長……が、ミサオさん?」

 バイト先がパトロンの店という話は初耳でした。

 でもそれがなんだと言うのでしょう?


 「結局、全員と手を切ると言ったのは嘘だったわけでしょッ」

 「全員の中にミサオさんを入れると、僕は高校を辞めることになる。

  きみはそこまで要求したつもりだったか?」

 「学校をやめる?」

 「ミサオさんと別れたらそうなる」

 「その人が、学費を?」

 

 もちろん、そんなことは考えてもみませんでした。

 パトロンの名前は麻衣から聞いていましたが、関係の代償にお小遣いを貰っている、という程度の印象しか抱いていなかったのです。 

 やはり、わたしは世間知らずの甘ちゃんだったわけですね。


 「何でそう言ってくれなかったのよ」

 「普通、他人に言えることじゃないだろう」

 「高校やめる以外に方法はないの?

  ご両親と仲直りして家に帰る努力はしてみた……」

 瞬間、廉の手が私の腕をつかみ、乱暴に引き寄せました。

 思わす悲鳴が漏れました。


 「きみに、僕の家の、なにが判る!!」

 耳元で荒々しい語気が弾けました。


 

 廉は元来、とても穏やかな性格で、人に向かって声を荒げることなんてめったにないのです。

 その後の付き合いで何度も喧嘩はしましたが、大声で怒鳴られたことなど1度もありませんでした。 つまり、わたしが指摘した家族の事こそが、廉のウィークポイント。 

 まさに竜の逆鱗だったのです。


 でもその時の私にそんなことが判る筈もありません。

 自分が家に引き入れたこの同級生が、とんでもなく暴力的な男だったのだと恐怖したわたしは、思わず廉の手を振り払いました。

 「出てって!」

 廉はポケットから出した鍵を、わたしの足元に放り出しました。

 それから荷物をつかむと、後も見ずに階段を降りて行きました。



 ドアの閉まる音が、すでに後悔の始まりです。

 わたしはもともと廉がどんな男かを知っていて、自分の意志で泊めたのです。

 それなのに一瞬のいさかいで追い出してしまうとは、なんて馬鹿なことをしたんでしょう。

 激しい自己嫌悪の中で、わたしは自分が何を望んでいたかを知りました。

 その部屋で廉と、麻衣以上の関係になること。

 たとえ実現しなくても、廉がそれを望んでいるのだという証拠を、わたしは内心で欲しがっていたのです。


 


 結局、廉にとって初恋なんて、もう退色した絵本のような物なのでしょうか。

 次の日学校に行って、わたしは我ながらみっともないことをしました。

 授業の合間に廉のクラスの前まで行って、用事があるふりをして廊下から中をうかがったのです。

 しかも2回も3回も。

 廉はいませんでした。


 次の日も教室を覗いてみて、廉を発見できなかったので、とうとう知り合いの男子を捕まえて聞いてみました。

 「広瀬? 昨日から休んでるよ」

 またアイツのシンパか、という顔をしながら、その元クラスメートは教えてくれました。

 「どうして?」 

 「知らね。 誰か理由聞いてないか、ってセンセが言ってたから、連絡ねーんじゃねーの」

 「彼、ちょくちょく休む?」

 「いやあ、かなり真面目にガッコ来るよ。

  こないだ熱あるのに来て、しっかり体育までやってたもん。

  だからって勉強熱心かっちゃ、そうでもないけどな」


 もっともな話です。

 廉は学校以外に自分の居場所がないし、親でない愛人に金を出させて、その愛人がもう他人になっている、という、言わば薄氷を踏みながら学生をやっているのです。

 呑気にサボってムダ金にするわけにいかないのです。

 とすると、廉の欠席の理由はなんでしょう?

 いやな予感がしました。 動けないほど具合が悪いのではないでしょうか。



 まさか、まさかと思いながらも、決心がついたのは夜になってからの事でした。

 懐中電灯と痴漢除けの防犯ブザーを持って、あの公園に行ってみました。

 周囲に人がいないのを確かめてから、倉庫の扉を懐中電灯で照らすと、やはり鍵が外れているではありませんか。 

 「広瀬くんっ」

 真っ暗な倉庫の中に声をかけると、かなりの間があってから、内部で人の気配が動きました。

 扉にかませた突っかい棒を外してから、渋い音を立てて扉が開きます。

 真っ暗で表情は見えませんでしたが、そのシルエットが廉であることは間違いありません。

 なんだ、動けるじゃないか、と思うとのこのこ来たのが恥ずかしくなったのですが、今更目の前でUターンというわけにもいかず、わたしはせいぜい平気ぶって鼻で笑いました。

 「なんだ、ただのサボりだったの。

  寝るとこ無くなったから風邪ひいたかと思った」


 廉は黙って、入れと合図をくれました。 

 中に入ってしまってから、わたしは内心で慌てました。 この先の会話の展開なんてなんにも考え付きません。 こんな寒いとこでよく寝るわね、などと生意気な台詞をひとつふたつ継ぎ足したら、ますますあとが続かなくなってしまいました。

 廉は扉を注意深く締め、かんぬき代わりに棒をかませました。

 (密室になった!)

 心臓が、いきなり喉のあたりまでせり上がって来ました。


 廉に他意はないかもしれません。

 扉を開け放しておくと、誰かに見とがめられた時に困るのです。

 となると、踏み込んだわたしが状況のネックになるわけです。


 (わたし、密室を許してしまった)


 それは自分の部屋で廉といるときのような甘い期待ではなく、もう少し恐怖寄りの気分でした。

 ムードも設備も温かさもないこんなところで、ふたりきりになることを認める。

 それはつまり、何をされてもいいと言っているようなものではないのでしょうか。

 その途端、あの懐かしい感覚を思い出しました。

 小学生の時、夏休みに麻衣の庭のテントで抱いたのと同じ感覚。


 こんなこと、だめ。 いけないわ。

 お母さんに申し訳ない。


 わたしは息を飲んで廉の顔を見ました。

 彼も黙って私を見ていました。

 もうしゃべる言葉なんか思いつきません。

 だって、あの時からわたしは廉に恋をしているのです。


 気が付くと、彼の腕の中で小さく震えているわたしがいました。  

 

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