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牢番と囚人

夜がいちばん深くなる刻限になると、石造りの牢は世界から切り離された墓穴のように静まり返る。


私は湿った壁にもたれ、天井の小さな鉄格子から差し込む月明かりをぼんやりと見つめていた。


ここへ閉じ込められて、何年が過ぎたのか。


はじめは数えていた。


壁に爪で傷をつけ、一日が終わるたびに一本線を増やしていった。


だが、途中でやめた。


数える意味がなくなったからだ。


私に与えられた判決は――終身禁固。


罪状は、国家反逆。


もちろん、そんな罪を犯した覚えはない。


私は剣を握ったこともなければ、誰かを扇動したこともない。ただ王宮に出入りする肖像画家として、王族や貴族の肖像画を描いていただけだった。


けれど、真実など関係ない。


権力者が「罪人だ」と言えば、人は罪人になる。


それだけのことだった。


鉄格子の向こうから、水滴が落ちる音が響く。


ぽたり。


ぽたり。


それだけが時間を刻む時計だった。


私は冷えきった膝を抱える。


牢獄の床は真冬の川底より冷たい。


粗末な毛布は一枚。


藁は湿りきって腐臭を放ち、夜になると鼠が足元を走り回る。


食事は黒パンと薄いスープ。


生きるためだけの餌。


看守たちは誰も私を人間とは見ていなかった。


「反逆者」


「国賊」


「死刑にならなかっただけありがたいと思え」


そう言われるたび、私は反論する気力さえ失っていった。


どうせ誰も信じない。


真実を知ろうともしない。


ならば黙っているほうが楽だった。


ただ、一人だけ。


ここには少し変わった牢番がいた。


夜番の男だ。


年齢は三十前後だろうか。


無精ひげを生やし、灰色の外套を羽織り、いつも目深に帽子をかぶっている。


他の看守のように怒鳴らない。


囚人を罵ることはしないが、必要以上に話しかけることもない。


悪い人間ではないんだろうと思っていた。


はじめはただ、それだけだった。


だが、ある冬の夜。


私は咳き込みながら壁にもたれていた。


肺が焼けるように痛い。


冷気で風邪をこじらせたのだろう。


牢番は私を見るなり眉をしかめた。


「熱がある」


「平気です」


「平気な人間はそんな顔をしない」


「私はいまや、人間ではありませんから」


「お前の国はどうだが知らないが、この国では囚人から人権を奪うことはしない」


彼は牢の鍵を開けた。


私は驚いて身を固くした。


囚人の牢を開けるなど、本来あり得ない。


彼は私の額に触れた。


その手は驚くほど温かかった。


「……ひどいな」


「あなたまで処罰されますよ」


「構わない」


短い言葉だった。


だが、その声には奇妙な説得力と、強さがあった。


彼は懐から小瓶を取り出した。


「飲め」


「薬?」


「熱冷ましだ」


「こんな高価な薬……」


王都の薬師しか作れない薬だった。


私にもわかる。


材料が貴重なのだ。


こんな牢獄で使われる代物ではない。


「どこで手に入れたんです?」


「知り合いにもらった」


「嘘ですね」


「よくわかったな」


初めてだった。


彼が笑ったのは。


ほんの一瞬。


目元だけが緩んだ。


不思議な笑顔だった。


どこか寂しそうで、それでいて優しかった。


私は彼の名を知らない。


彼も私の名前を呼ばない。


それでもーーこの夜以降、彼が夜番の日だけは少しだけ安心できた。






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