5『表の顔と裏の顔』
???視点
日本に存在する1万を超える無人島のどこか。
少女の頭上で燦然と輝く満月が潮を満ち上がらせ、岩礁の外側を海に沈める。
黒いブーツと白のロングコートに海水が染み込み、少女は顔をしかめた。
海面が激しく盛り上がり、水しぶきが少女の銀糸の髪を濡らす。
彼女の赤い瞳は海を割って現れた海獣を静かに映していた。
「シーサーペント。300万円」
これで一年分の家事代行サービスを受けられる。
少女は小さくガッツポーズをした。
1回あたり3時間を週5回で273万円。掃除、洗濯、料理と作り置き、後はゴミ捨てなど。
少女が嫌いで嫌いで仕方がない家事を金で片付けることができるのだ。
シーサーペントが長い体をうねらせ、体内から巨大な水塊を射出した。
少女はどこからともなく血のように赤い大鎌を取り出し――次の瞬間には、すでに振り抜いた姿勢をとっていた。
音もなく両断された水塊は左右に分かれ、少女の両脇を通り過ぎていく。
「さぁ、大人しく倒されて。綺麗じゃないと買い取り価格が下がっちゃうから」
バシャリ、バシャリと海水を踏みしめながら歩く少女。
ついに靴下までぐちょぐちょになり、「うう……」と声を漏らしてしまう。
二度、三度と水塊の攻撃が続くが、同様に両断されるだけだ。
業を煮やしたシーサーペントが轟音とともに体を伸ばし、少女の細い体を噛み潰さんと襲い掛かる。
「はっ」
小さな気合の声を出し、空中へ跳躍して回避する。少女の足の下には、伸びきったシーサーペントの胴体があった。
大鎌を構え直し、電光石火の速度で振り抜く。
少女の着地と同時にシーサーペントの首が岩礁に落ちる。
鉄錆の臭いとともに海水が赤に染まり、少女の顔にもシーサーペントの血が一条降り注いだ。
「血液の補給もできたし、一石二鳥」
血を舐めながら、少女はポケットのスマホを取り出す。灰色背景の画面には、たった一つのアプリだけがインストールされていた。
炎が描かれたアプリ画面の下には『プロメテウス』と書かれた白いフォントが配置されている。
アプリを開くと、画面には怪物の画像が並んでいた。少女は画面下部のバーから『お気に入り』と書かれたボタンを押す。
すると、先ほど討伐したシーサーペントの画像が表示される。
タップしてシーサーペントのページを開き、スクロールする。
出現地域、賞金額、移動方法の提供(報酬から天引き)といった項目が記され、『現在1名がハント中』と注意書きが赤文字で入っていた。
少女が『討伐報告』というボタンをタップすると、カメラ画面が開かれる。パシャリとシーサーペントの死骸を撮影する。
それから討伐した際の位置情報や時刻などを打ち込む。『治療は必要ですか?』という項目からはチェックを外す。
これだけはデフォルトでオンになっており、少女は外すのを忘れて治療能力を持った魔法少女を派遣されたことがあった。
治療費こそ取られなかったが、迷惑料ということで慰謝料を支払わされた。詐欺だと思う。
「よしっ。明日には300万振り込まれるはず」
スマホをポケットにしまい、別のスマホを取り出す。
このスマホにはスマホカバーが付けられていて、ホーム画面もデフォルメの猫が描かれたイラストが設定されていた。
メッセージアプリの通知が溜まっている。少女の所属する組織の上司からのものだ。
「後で電話をかけて……か。もう日が変わっちゃったけど、どうせ残業してるからいいか」
メッセージアプリの電話機能を開く。
2コールほどで相手と繋がった。電話先の女性が喋り始める。
「よかった、電話をかけてくれた。もう寝たんじゃないかと思っていたよ」
「すみません、ちょっとゲームに夢中になっていて」
「相変わらずだね。羨ましいよ」
女性が心底疲れたといった様子でため息を吐く。
「霧島さんは残業ですか?」
「ああ。野良の魔法少女が二人も現れてね。その件で大忙しさ」
少女に霧島と呼ばれた女性がまたため息を吐く。相当お疲れらしい。
「霧島さんがそんなに疲れてるってことは、その二人は政府への登録を行っていないんですか?」
「ああ。まぁよくあることさ。カミィは個性的な人間を選ぶからね。素直に政府に登録をしてくれる魔法少女の方が稀だ」
突然大風が吹き、少女の服を激しくたなびかせる。
「外にいるのか?」
「……ああ、はい。ちょっと夜風にあたっていて」
「そうか。……話を戻すが、件の魔法少女二人の捜索、君に一任することになった。構わないか?」
構わないか? と聞いてはいるが、決定事項だ。
対特定有害生命体防衛群の人手不足を考慮すれば、断ることはできない。
「わかりました。……仕事が多いのは政府に所属する魔法少女の宿命ですね」
「ありがとう。さて、私はまだ仕事があるから失礼する。おやすみノーラ」
プツリと電話が切れる。
少女はポケットにスマホを入れて小さく息を吐いた。
「はぁ……。仕事が多いわりに薄給だからな……」
怪物によってもたらされた人的・物的被害を考えれば、給料が少ないことも理解できる。
けれど、それがどうした?
私たち魔法少女は命懸けで怪物と戦っているんだぞ、と少女は息巻く。
「……だから、プロメテウスでバイトするのも仕方ない。年に一度だけしか受注しないし」
あくまでも家事代行サービスの代金を稼ぐためにやっているだけだ。
人を救う薬の素材にしかならない怪物だけを選んで依頼を受けている。
心の中で早口で言い訳をして、少女は無人島を後にした。
「野良の魔法少女か。素直に保護できればいいんだけど……」




