24『3年振りの帰郷』
「……茜が、プロメテウスの幹部だったなんてな」
どのニュースサイトを開いても、SNSをスクロールしても、画面は『対特定有害生命体防衛群本部襲撃事件』の文字で埋め尽くされている。
タイムラインを派手に彩っているのは、襲撃を仕掛けた二人の魔法少女の姿だ。
プロメテウスのボス。そして――藤堂茜。
黒髪に、鮮やかなピンクのインナーカラー。
左目の下にある泣きぼくろ。少し着崩した制服。
画面の向こうで不敵に微笑む彼女は、どこからどう見ても、訓練場で俺たちにいつも親切にしてくれていた茜だった。
「最初から、俺たちを利用するために近づいたのか……。恐しいな……」
裏切られ、利用されていた。
怒りや戸惑いは確かにある。けれど、それを上回る恐怖が背筋を駆け抜けた。
防衛群への侵入という目的のためだけに、平然と俺たちを騙し、こんな大規模なテロまで起こす。
正直どうかしている。
「茜とは……プロメテウスとは二度と関わりたくない。平穏な生活が一番だ」
あいつらが何を企んでいるかなんて知らないし、知りたくもない。どうか、俺のささやかな日常を脅かさないでほしい。
祈るような気持ちでニュースアプリを閉じようとした、その瞬間だった。
突如、スマホの画面が着信画面へと切り替わる。
ディスプレイに表示された名前は、『結波康介』。
「……父さん」
もう3年は顔を合わせていない父親。
電子音が部屋に響く。5コール、6コール。それでも着信は一向に切れない。
画面を見つめたまま、散々迷って、迷って、胃が痛くなるような葛藤の末に、俺は渋々通話ボタンをスワイプした。
『彼方。……その、久しぶりだな』
聞こえてきたのは、繋がったことへのあからさまとした安堵。
そして、痛いほどの緊張が混じった父親の声だった。
「……久しぶり」
声を絞り出すだけで、喉の奥が引き攣るようだった。
『……ああ。大丈夫だったか? 昨日、東京で大きな事件があっただろう。父さん、その……心配で』
「事件の時間は家にいたから。別に、なんともないよ」
嘘だ。家にいたどころか、俺はあの事件の渦中にいた。
そもそも、3年も音信不通だった父親に「実は俺、魔法少女をやっていて、昨日はテロリストと戦ってました」なんて言えるわけがない。
関係が良好だったとしても、狂人扱いされて終わりだ。
『そっか。よかった……。報道では一般の死傷者はいなかったと言っていたけど、それでも、お前が巻き込まれてるんじゃないかって……』
受話器の向こうで、父さんが大袈裟なほどに息を吐き出す。
心底ホッとしたような、息子を想う温かい声。どこからどう聞いても「良き父親」のそれだった。
三年前、俺を容赦なく殴り飛ばした男と同一人物だとは、到底思えない。
「……お酒、やめられたの?」
そのまま通話終了ボタンを押そうとして、寸前で思い留まり、吐き捨てるように訊ねた。
自分でも、なぜそんなことを聞いたのか分からない。
『……ま、まだ、完全には……な。けど、一日にビール一本って決めてるんだ。そのあとは、炭酸水で誤魔化して……。嘘じゃない、本当に努力はしてるんだ』
語尾が小さく濁る。
母さんの死をきっかけに、アルコールに溺れた父親。そこまでは同情の余地もあった。
だが、泥酔して息子に暴力を振るった時点で、ただのクズに成り下がる。
俺を殴った後、泣きながら何度も謝罪し、二度と手を出さないための『防衛策』として俺に一人暮らしをさせた。
皮肉なことに、こいつには息子を一人暮らしさせるだけの経済力があった。
『ああ……、今日は学校、休みなのか?』
「テロの翌日だから。奴らが電車を派手に破壊したせいで、学校も会社も当面は休みだよ」
『そうか……。なあ、彼方。東京は、その……まだ危険かもしれないし、もしお前が嫌じゃなければ、こっちに……』
言いかけて、父さんの声がふっと消える。
『いや……すまない。なんでもないんだ』
「……」
本当に、この男のこういう態度が一番腹が立つ。
ちゃんと面と向かって「悪かった」と謝ってくれれば、俺だって許すなり、絶縁するなり、綺麗に踏ん切りがつくのだ。
それなのにこいつは、いつまでも「俺は悪い父親です」という惨めなオーラをまとうだけで、肝心な言葉からは逃げ続けている。
自分が悪者だと自覚しているアピールをして、俺に気を遣わせ、なぁなぁで済まそうとしているのが透けて見えて反吐が出る。
――本当に、この男が空手の達人なのか?
かつて道場で、何十人もの門下生を圧倒的な力で従えていた、あの厳格な父親の面影はどこにもない。
ただ自分が傷つかないように予防線を張り、なよなよと怯えているだけの男に、激しい嫌悪感しか湧かなかった。
「……道場は今もやってるの?」
『ん? ああ……、最近、ようやく再開したんだ。生徒の数は大分減ってしまったがな』
「ふーん」
脳裏を過ったのは、昨日の戦場だ。
敵の足払いで地面に転がされ、喉を踏み抜かれそうになったあの瞬間。死の境界線がすぐそこにあった。
魔法少女の本来の敵は怪物だ。けれど、人間のテロリストと戦う可能性がゼロであるというわけではない。
それに、空手は怪物との戦いにも役に立つ。
「なら、暇ってことだよね?」
『……ああ、まぁ、そうだな』
こいつから教わるなんて、虫唾が走る。
だが、癪なことに、俺が知る中で最高の武術家は、目の前のスマホの向こうでなよなよと怯えているこのクズ男なのだ。
行くなら、俺自身の姿ではなく『魔法少女』の姿で行く。
それなら俺だとバレるはずがない。それに、戦闘はあの身体で行うのだ。
人間の肉体で型を覚えるより、魔法少女のスペックのまま空手を叩き込んだ方が遥かに実戦的だ。
「……じゃあ、友達を門下生として紹介してもいい?」
『えっ? ああ、それは構わないが……。だが、彼方、お前はいいのか? その、俺が教えても……』
「父さんは外面だけは良いだろ。だから心配してない」
刺すような言葉を投げると、父さんは言葉を詰まらせた。
俺を殴ったという過去は、俺とこの男しか知らない。外面を取り繕うことにかけてはプロの男だ、
他人の目さえあれば「最高の師範」を演じ通すに違いない。
『……わかった。お前がそう言うなら、歓迎するよ。その子の名前は?』
「エレナ。それとシルバ」
『……外国人なのか?』
「違う」
俺はあえて、淡々と、爆弾を落とすように告げた。
「魔法少女。しかも、政府に所属してない野良の魔法少女たち」
『……は?』
「じゃあ、二人のことをよろしく。近いうちにそっちに行かせるから」
父さんが何かを言いかけるより早く、親指で画面をスワイプして通話を切った。
耳障りな電子音が消え、部屋に静寂が戻る。
――父さんに会いに行くのは、強くなるため。それだけだ。利用できるものは、あのクズ親だろうが何だろうが利用してやる。
そう自分に言い聞かせる。
けれど、今の煮え切らない関係を進展させたい、あの男の「本物の謝罪」を引き出したいという子供じみた期待が心のどこかにないと言えば……それは、嘘になるだろう。




