思い出(幼少期/司、雄星)
幼い頃憧れたのは、南宮の理念。
選ばれた人間が、弱い人々を守る。カッコよかった。ヒーローだった。自分もそうなりたかった。
だけど。
『いくら治癒と言ってもねぇ。あれじゃあ、実践はほぼ無理よ。』
『可哀想にねぇ。』
そんなもの、自分には望むべくもなかった。
「宮杜さんとこの雄星くんよ。司、同い年だから仲良くしてみたら?」
雄星に会ったのは、小学校に上がって少ししてからだったろうか。司が陰口に晒され、萎縮していた頃。
確か、友達の出来ない司を心配した、母親の手引きで会ったのだ。
宮杜雄星。
親戚の宮杜家の一人息子。現8番隊の隊長の息子。司では、到底敵わない相手。
仲良くなんて出来るはずもない。
司は、雄星に会う寸前まで、そう、思っていたのだけど。
「……えっと、俺、宮杜……雄星。あの、よろしく……。」
自分よりも大きな身体を小さくして、しどろもどろに挨拶してきた情けない顔の子供。
それが、雄星との出会いだった。
「司ぁ……!助けて!」
「っ、雄星!!いい加減にしろ!!まとわりつくな!」
腰にしがみついて離れない雄星に、司は苛立ちの声を上げる。
近所の犬が見たいというので連れて来たというのに、今度は大きくて怖いと泣く。
なんなんだこいつ。司だってちょっと怖いのに。
「わ、わ、近づいて来た……!!」
「落ち着け!柵があるだろう!」
ガタガタと震える雄星に溜息を吐き出して、司は柵を指さす。
あれのおかげで犬はこっちに来れないはずだ。
少しだけ胸を張って雄星を見れば、はっと気づいたような顔で見上げてきた。
涙と鼻水だらけでべちょべちょの顔。
「司……!」
「ああもう!汚いな!?ほら、ハンカチを貸すから拭け!!」
「わ、……えへへ、ありがとう。」
ポケットから出したハンカチで顔中を拭いてやれば、眉を下げた笑顔が見える。
それに司は、仕方ないと息を吐き出した。
初めましてから何ヶ月か経ったが、雄星は初対面の印象から変わらず、気弱で穏やかで怖がりだ。
すぐに泣くし、怖い怖いと喚く。だけど決して、他人を馬鹿にしない。
そのおかげか、司は雄星と仲良くできていた。
他の親戚である白石はダメだったけど。
「お前が見たいと言ったんだろう。」
「だって、ちっこいのかと思ってさぁ。ふわふわのやつ。見たいなって。うち飼えねーし。」
「ふわふわ……ポメラニアンか?」
「ポメ?分かんねーけど、司はなんでも知ってんだなぁ!」
キラキラと羨望の眼差しを送ってくれるのが面映い。
雄星といると、司は自分がなんでも出来るような気がする。
こんな犬だって、うん、近くで見れば全然怖くない。
「ほら、雄星。近くに来い。大丈夫。この犬は、ラブラドール・レトリバーと言うんだ!可愛いぞ!」
「え!すげえ!!そんな近寄って大丈夫なの!?」
相変わらずいい反応をする雄星を手招いて、司は笑った。
柵があるのだから、大丈夫。
犬は遊びたそうに身を乗り出しているが、届きはしない。司はそう確信していた。
しかし。
「柵があるからなんともーー、」
ない、と司が言い終わる前に、目の前で音を立てて柵が開いた。
「え……。」
間抜けな声が自分の口から漏れる。
建て付けが古くなっていたのか、それとも興奮した犬の力強さのためか。
司に余裕をくれていた安全装置が意味をなさなくなった事に、司は迫り来る犬を前にして咄嗟に動けなかった。怖くて目を瞑る。
その時、
「司!危ない!!」
犬と司の間に割って入ってくる、ひとつの影。
気がつけば、目の前には雄星が司を庇うように立っていた。
司よりも大きい身体が、いつも震えてばかりだった身体が、真っ直ぐに立ち竦んでいる。
しかし、その足は震えていたし、声も震えていた。
そんな雄星目掛けて、犬が飛びかかってくる。
「うわ!」
「ゆ、雄星……!!」
司は慌てて、犬の下敷きになっている雄星に駆け寄った。
どうしよう。
司のせいで雄星が犬に食べられてしまったら。
大人を呼んでこようか。
いや、ここに雄星を残していくなんてーー、
「ふ、あは、あはは!」
不安に包まれそうになった瞬間、司の耳に、雄星の笑い声が響いた。
驚いて顔を向ければ、犬の下で顔中を舐められて、雄星がくすぐったそうに笑っている。
「雄星?」
「わは、司!こいつ、めっちゃ可愛い!」
「な、」
なんだそりゃ。
司の身体から力が抜ける。雄星は相変わらず楽しそうだ。
ーー心配して損した。
そんな感想が頭を擡げるが、司は頭を振ることで霧散させる。
いや、運が良かったと言うべきだろう。
もし本当に猛犬だったら大変な事になっていた。
司は心の底から溜息を吐き出すと、ふと雄星の左手に目を向けた。
飛び掛かられた時に転んで擦りむいたのだろうか。
小さな擦り傷が出来ている。
ーーこの程度なら……。
雄星の手に自身の手を伸ばし、そっと霊力を流し込む。
そうすれば、傷はみるみるうちに司の方へと移っていった。
その様子を最初首を傾げて見ていた雄星は、治療が終わると同時に、無傷の手を掲げて目を丸くした。
そして声高に大声を上げる。
「すげえ!!!なにそれ!!?」
「……僕の治癒能力だ。」
「それすげえじゃん!!」
興奮したように立ち上がる雄星に、司は目を逸らした。
雄星とは反して、なんだか司は情けない気がしていたのだ。だって結局、雄星は司を守るために怪我をしたのだから。
それに比べて司はすごくなんかない。
この程度の小さな擦過傷にしか使えないような力だ。こんなの、全然ーー、
「すげえよ。俺の傷、痛いのに引き受けてくれたんだろ?それってすげえよ。俺だったら出来ない。だから司はすごい!!」
司の手を取って、雄星が真っ直ぐに見つめてくる。
目には変わらずきらきらとした興奮を宿して。
ーーそんな事ない。
本当にすごいのは雄星だ。
あんなに怖がってたのに、犬が飛びかかってくる前に、司を庇ってくれた。
司が夢見たヒーローみたいだった。
ーーでも……。
雄星のきらきらの瞳に、自分が映る。
雄星の言葉に、頬が紅潮している自分。それはいつもの鏡で見る自分よりも、ずっと輝いて見えた。
この司なら大丈夫かもしれない。
なんせヒーローの雄星がすごいと言ってくれたから。司も目指せるのかもしれない。
望むべくもないと諦めていたけれど。
ずっと夢見た、ヒーローに。
「そ、」
「そ?」
「そうだろう!僕はすごいんだ!だから何かあったらいつでも僕に言え!」
興奮のままに声を出した。
こんなに大声を出したのは初めてだった。
自分が自分じゃないような心地で、胸が熱かった。
「いや急にどうしたんだよ??」
戸惑う雄星に、司は胸を張って笑ってみせた。
先ずは形からと言うじゃないか。だったら、司は精一杯胸を張ろう。
いつか、いつか、ヒーローになれるように。
雄星みたいになれるように。
おまけ
司「ふん!さすが僕だ!!」
凪「うんうん!すごいね!司くん!」
司「ふふん、そうだろう!」
残夏「司がまた騒いでる……。凪まで……。」
雄星「あー、今度はなんだ?」
残夏「動物の名前しりとりだって。昔からあんな感じなの?」
雄星「やー、うーん。なんか、犬に襲われてから……だったかな?覚えてねー。」
残夏「犬に襲われたの!?」
残夏(司、大変な目にあったんだな……。)
読んでいただきありがとうございます。
ハグレモノ番外編第二十話はいかがでしたでしょうか?
今回は司と雄星のお話でした。
幼馴染だと、玲と彰良もいますが、そことは違う司と雄星の関係が気に入っています。
これからもちょっとウザくて元気な司と、臆病だけど真っ直ぐな雄星を見守っていただけると嬉しいです!
次回は土曜日19:30頃に本編投稿予定です。
よろしくお願いします!




