目覚め
静かな、最後の二人の夜。
「人間である以上、完全に完璧な『真円』にたどり着くことは容易ではない。身体が痛む日は『仁』が歪むかもしれない。心が痛む日は『義』が歪むかもしれない」
だが、そこには二人にしか聞こえぬ音が響く。
首を狙った、横一文字の刃の風切り音。
大和は再度屈み、その刃を紙一重で避ける。
そして詰める。
懐へと。
鋭く。
ただ真っ直ぐに。
刀は空を振る。
止まらぬ。
負けぬ。
それはこちらも同じ。
剛山は右肘を下げる。
狙いは顔。
その顔だ。
大和が突っ込んでくる、その顔面の位置へと『置く』。
刀とは魂である。そして魂とは肉体そのもの。
これもまた剛山流派の刀である。
大和が前進する慣性をそのまま利用し、この刀で斬る。
その顔を。
「その歪みに自らで気づき、また静かに円の形に戻していく。この『自省と調和の繰り返し』そのものこそが、侍道という修行の正体なのだ」
肉迫する刀の質量。
だが、大和は止まらぬ。
大和はさらに体勢を低くする。
這いつくばるようなその身体。
それは剛山の懐の奥の奥、最も深い死角へと滑り込んでいく。
置き肘すらも、空を切る。
剛山の懐に、完全に潜り込んだ。
刹那、大和の身体が下から大きく伸び上がった。
丸まっていた球体が、一瞬にして天をへと解放されるように。
ーー龍の目覚め。
その手に握られた心の刀と共に、下から上へと、目にも留まらぬ速さの刃が跳ね上がる。
そして斬る。
剛山を斬る。
「お前は『心の眼』を開いた。これほど筋の良い弟子を持てたこと、この師匠も誇らしく思うぞ。円の心を掴んだお前なら、もう迷いはないはずだ」
言葉の終わり。
そして戦いの終わり。
斬られた。
完全に今、斬られた。
ワシの負けだ。
ーーいや
ーーもう、弟子では在らぬ
悔しさを感じてはならぬ。
悲しさを感じてはならぬ。
怒りなどはもっての他だ。
「ワシに出来る事はここまでだ」
感謝。
大和に感謝。
大和の全てに感謝。
ただ、それだけだ。
それと同時に、二人の魂は道場へと還った。
剛山は、正座をする。
そして深く深く、静かに頭を下げる。
現実の二人は、最初から最後まで、一歩も動いてはいない。
だが、そこには最後の戦いが確かにあった。




