〜8.処刑令嬢、ナンパされる〜
「おいおい、ずいぶんと賑やかだな。」
低く、どこか冷ややかな声が響く。
ドアを開けると現れたのは、一人の青年だった。
黒い服に、腰には一振りの美しい長剣。
夜の闇を溶かしたような漆黒の髪に、細められた糸目。
その全身からは隠しきれない血の臭いと、圧倒的な強者のオーラが漂っている。
エルシアの心臓が、恐怖でドクンと跳ねた。
(嘘……なんで、なんであいつがここにいるのよ!?)
エルシアは過去の人生の記憶を猛スピードで検索した。
間違いない。彼は、かつてエルシアが迎えた「処刑ルート」に関わっていた男――裏社会から表舞台へ舞い降りてきた詐欺師、『フェイク・スタード』だ。
(詐欺師なのになんで冒険者ギルドにいるのよ!? あいつ……7回目の人生の時に私を捕らえて、王都にデマを流して処刑ルートに叩き込んだ張本人じゃない……! )
フェイクは警戒を露わにするエルシアの前に歩み寄ると、フッと薄い笑みを浮かべた。
そして、彼女の手を優しく取り、手の甲にわざとらしくリップ音を立ててキスをした。
「麗しいお嬢さん。こんなむさ苦しい場所には似合わない。俺と外で、美味しいお茶でもどうかな?」
(キモォォォォォォ――ッ!!!)
これぞ、裏社会のトップによる完璧なナンパ――否、獲物の品定めである。
ギルド内の空気が、別の意味でヒエッ……と凍りついた。
「お、おい…あの幼女をナンパしやがったぞ……!」
荒くれ者たちが絶望の表情で見守る中、エルシアの脳内は完全にパニックを起こしていた。
(何何何!? この変態!! ――いや、待って。あいつがここにいるってことは、私の『処刑エンド』に関わる裏の組織のルートを今すぐ探れる大チャンスじゃない! )
ピンチはチャンス。
処刑を免れるためなら、悪魔の誘いにだって乗ってやる。
エルシアはガタガタ震える脚に鞭を打ち、フードの奥から、必死の覚悟でフェイクを睨み据えた。
(やってやるわよ……! あなたの組織の情報を、全部剥ぎ取ってやるんだから……!)
だが、彼女は重大な忘却をしていた。
極限の恐怖で血の気が引き、完全に冷徹のエルシアの顔は――傍から見れば、王都の半分を更地にしそうな悪役令嬢の威圧感を放っていたのである。
フェイクは糸目の瞳をギラリと開け、極上の獲物を見つけた興奮に小さく肩を揺らした。
そしてエルシアは10回目の人生をかけた決心とともに、高らかに言い放った。
その目は一切の迷いを感じさせない、真っ直ぐで端正な眼差しだった
「お誘い、謹んでお受けいたしましょう」




