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音間さんは音MADがお好き

※最終話まで執筆・予約投稿済み。約1ヶ月で完結します(約5万字)


※登場するネットミームや動画は基本的に架空のものです

 まだ講義まで時間があった。


 俺はいつも通りに後方の席を確保し、スマホを開く。


 ──そして、有線イヤホンで音MADを聴く。




 二〇二二年・五月十九日。


 日本最難関と言われるT大学に入学して約一ヶ月が経った。


 俺、赤場あかばようは、昔から勉強だけは得意な人間だった。結構苦労はしたけど、こうして現役でT大学に入ることができたし、俺自身はそれを誇りに思っている。


 だけど、苦労の果てにあったのは、ただの退屈な生活だった。


 教室の後ろで話を聞くだけの講義。バイト先は客の少ないコンビニ。体力不足のせいで、課題と家事を終わらせたらそのままグッタリするだけの一人暮らし。その上、勇気が出なくてサークル未加入。


 コロナ禍で潰れた高校生活を取り戻そう、と決意したのが嘘のような、自堕落な生活を送っていた。


 唯一趣味と言えそうなものは──とても自慢できる趣味ではないけれど──音MADを見たり作ったりすることだけだった。


『あかひー』というアカウント名で高校一年生の頃から音MAD制作活動を始めて、そこそこ人気になることができていた。受験期の間に少し勘は鈍ったが、合格後から合作に参加するなどして、活動は徐々に軌道に乗り始めていた。


 そんな俺が直近で参加したメドレー合作を、スマホで流し始める。


 有線イヤホンであることに特に理由はないが、まぁ、こだわってる感を出してカッコつけよう的なアレだ。


 画面を見ずとも身体が覚えている──うんうん。この辺は意味不明なエリアだけど、次のパートとの繋ぎがよくて⋯⋯。


「あの⋯⋯音、漏れてますよ」


 あまりに唐突に声をかけられたものだから、え? と腑抜けた声を出してしまった。


 イヤホンを外す。確かに、音が漏れている。


「あ、ごめんなさい」


 慌てすぎて逆に冷静な声が出てしまうが、手の動きは素早い。


 こうなれば、イヤホンを差し直すよりも音そのものを消したほうがいい。音量ダウン。一時停止。アプリ閉じる。


 ⋯⋯と、まぁ普通に対応したのだけれども。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。




 うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜マジでやっちまったよクソバカ!!!!!!!!!!!


 これが普通の音楽なら! ちょっと恥ずかしいくらいで済んだ!!


 だけどこれは『音MAD』だ!!! それも、アニメキャラのセリフとかが入ってるタイプの!! パッと聞いただけで音MADだとわかる部類のやつなんだ!!!


 ⋯⋯恥を忍びつつ、一応、隣の人に「すみません」と言おうとして、相手の顔を見た。


 長い黒髪。整った顔立ち。メガネ越しに見える無感情な瞳。


 その人は、俺でも知っているレベルの超有名人だった。


 今年の首席入学者にして、既に教授たちと肩を並べて最先端技術を研究している超エリート。


 音間おとま麗美れみさんだった。






「すみません⋯⋯うるさかったですよね」


「いえ、別に」


 音間おとまさんはそう無難に答えてくれたが、その目はとても冷ややかで、俺の羞恥心をこれでもかと増幅させてきた。


 なにせ、音MADなんて品性下劣な著作権侵害の塊を、この厳かな講義室に響かせてしまったのだから、こんな目で見られても仕方がない。


 仕方がないとはいえ──もう十秒くらいジロジロ見られている。なんで?


 気づかないフリをしながら教材を取り出しても、まだ視線を感じる。


 教授が来て、講義を始めても、まだ何回かチラ見されている感覚が続く。


 いや、まぁ、ここで「俺に気があるのかも」なんて激キモ解釈を繰り出す俺じゃあございません。


 音間さんには音MADなんて縁がないだろうし、異常な音楽を聴いていた俺のことを不審に思っているんでしょう。あぁ、申し訳ない⋯⋯。


 そんな調子が続き、結局あまり集中できないまま、講義はあっという間に終わってしまった。


 一刻も早くこの気まずい雰囲気から逃れようと、急いで机の上を片付けようとしたその時、音間さんが再び話しかけてきた。


「すみません、さっき聴いてたの⋯⋯」


「え、いや、あれは⋯⋯」


 あぁ、やっぱりだ。あんな不審な音楽、不思議に思うでしょうな⋯⋯。申し訳ない⋯⋯。


「春先合作、ですよね」


 またしても、え? と漏らしてしまう。


 いやいやいやいや、マジで?


 だって、あなたは日本最高峰の天才で、音MADなんかとは無縁の国宝級の賢人、音間麗美さんで⋯⋯。


 ⋯⋯いや、万が一ということがある。聞いておこう。一応。


「音MAD、好きなんですか⋯⋯?」


 音間さんは、少し間を置いて答えた。


「⋯⋯まぁ、ちょっとは」


 少し冷ややかな声だった。


 ⋯⋯おい、ウソだろ。


 驚く間もなく、音間さんは俺の筆箱に手を伸ばした。


 筆箱には、小さなキーホルダーが付いている。音間さんはキーホルダーを手に取ってしばらく観察した。


 それは、ステッカーをアクリル板に挟み、チェーンを付けただけの、簡素な手作りキーホルダーだ。


 音間さんの細長い指がアクリル板の表面をなぞる。三秒くらいの時間が、無限に感じられるほどの緊張が走った。


 知っているというのか? そのキーホルダー⋯⋯もとい、そのアクリル板の中のステッカーが、どういう物なのか。


 眼鏡越しに見える真剣な眼差しを、俺は直視できなかった。


「えっと⋯⋯それがどうかしました?」


 音間さんはそれをそっと置いた。


「いいえ。別に。

 あなた、名前は?」


 不自然な質問というわけでもないが、普通は自分のほうから名乗るものだ。だけど、その毅然とした態度は、まるで「私のことなんてどうせ知っているでしょ」と言わんばかりだった。


 まぁ実際、知ってますけど。


「⋯⋯赤場あかばようっていいます」


「あかば⋯⋯あか⋯⋯⋯⋯

 なるほど。じゃあ、さようなら」


 音間さんはそのまま去っていった。振り向きざまに揺れる黒髪が綺麗だった。




 ──綺麗だったのはいいとして、それどころではない。


 俺はいま、混乱している。


 まず第一に、音間さんがあの音MADを知っていたということ。


 これ自体がそこそこ衝撃的だ。Youtubeで何十万回も再生されているようなメジャーどころならともかくとして、『春になったのでパートを先着で決める合作2022』なんてのは、自分から音MADを探している人じゃないと辿たどり着かない動画だろう。


 まぁ、音間さんの意外な趣味だった、ってことで。それはひとまず、置いておこう。


 第二に、あのキーホルダー。


 あれに挟まれているのは、先月行われた音MAD作者によるDJイベントで配布されたステッカーだ。


 だけど、これを配布されたのは、現場で出会った音MAD作者『きゅれむ』の知り合い数人だけだ。


 俺ももちろん、そのイベントに行って、ステッカーを貰った。


 そして、その旨を写真とともにツイッターに上げた⋯⋯。


 音間さんがそれに注目したということは、あのステッカーがどういう物か知っていた可能性が高いということだ。


 第三に、俺の名前。


 本名『赤場あかば』。アカウント名『あかひー』。


 咄嗟に嘘はつけなかった。




 ⋯⋯うん。


 これは俺の被害妄想かもしれないし、自意識過剰かもしれない。


 音間さん自身にそんな意図は全くなかった可能性の方が高い。


 だけど、要するに、俺は、


 音間さんに()()()()()かもしれない。


 あーーーーーーーー⋯⋯⋯⋯。


 少なくとも、不謹慎系のMADは上げてなくてよかった⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯か?


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今後は割と予測不能な展開が続きますが、ちょっとエッチなラブコメというジャンルからは出ていないつもりなので最後まで読んでいただけたら幸いです。

気に入っていただけたら、評価、コメント、シェアなどよろしくお願いします。

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