騙る人
アイラは確かに鎌の攻撃を喰らった。胸には斜めに交差した傷ができていて、血が溢れてその場に倒れている。同時に屋内にもかかわらず水が降ってきて床に溜まると血が絵の具のように滲んでいく。
「アイラ!」
倒れた彼女に声を掛けるが、コクとハクはすでに倒し切ったものと考えてこちらに標的を切り替えている。
さっきのはアイラの治癒魔法のはず。倒れているけどさすがに無事なわけはない。そう考えてすぐに魔法を彼女に使おうと思ったが、リルには見えた。彼女の握りこぶしから親指が上がっているのを。
「信じるよ」
僕は彼女に魔法をかけるのではなく、二人を迎撃するのに回した。アイラの治癒魔法の範囲に一瞬でもいたからか、動きがさっきよりもよくなっている。ヒナが引っ掻き回すように二人に攻撃をしているけれど決定打にはなりえない。
いまだに二人の魔法の種が割れていないため、全力を解放せずに適度な魔法であしらうことしかできていない。置換魔法の一種なのは間違いないんだけれどそこから先が判別できない。
ならここは起点を聞かせて魔法に頼るのはやめよう。
リルは杖を両手で持って打撃の武器に変える。魔力を込めて鎌で斬れないほどの強度にすると、受け止めた攻撃に火花が散る。
「うそでしょ」「固すぎ」
僕もそう思った。魔力でここまで固くできるなんて。
この調子ならヒナと二人で押し切れる。二人が同時にこちらを攻撃する瞬間、僕は彼女に鎌を掛けてみることにする。杖で鎌を抑えながら、直接僕と彼女の体に重力を与える。
「重力魔法、サイドグラビティ」
彼女はすぐに誰かと入れ替わるのかと思ったけど、そうはしなかった。重力に従って彼女は壁に打ち付けられる。体重の乗った攻撃に、腕は耐え切れず持ち手がお腹にめり込む。
「お姉ちゃんに、何やってんだ!」
鎌は僕の顔面に向かって振り下ろされる。ヒナがそれを阻止しようと走り出したが一歩遅い。そのまま迎え撃とうとハクを踏み台に飛んだ時だった。
「リル避けて!」
背後からヒナの声がした。すぐに僕は重力を操作してコクの鎌の攻撃範囲から外れる。瞬間、ヒナの炎を纏った短剣とコクの鎌が交わり不利な状況は打破できた。その背後では壁に横たわっているハクの姿があり、お腹を押さえながら息が絶え絶えになっている。
重力魔法を解くと、彼女は立ち上がることすら困難なのか壁から落ちるように地面に倒れた。あれだけ何度も固有魔法を使えばそうなるのも無理はない。
僕は彼女に近づいて意識の有無を確かめた。しかし足音を聞いて目覚めたのか確認するまでもなく彼女は立ち上がった。
「もう降参でいいんじゃないか」
「いいえ、私は負けるわけにはいかない」
「でももう立ってるのがやっとに見える」
それに、状況は今こちらに傾いた。
「バインド」
「どうして」
アイラが立っていた。驚くのも無理はない。だけどちゃんと彼女が大丈夫だという確証はあった。だからあえて近づかなかっただけだ。バインドで行動を封じると、すぐさま連鎖魔法の鎖で彼女の体を縛る。これで魔法を使うことは叶わない。
「これでも降参はしないっていうのか」
ヒナとコクはいい戦いをしているけれど、僕らが加勢すれば結果は明白。もしこのまま続けば生まれるはずのなかった鮮血が舞うことになる。
「……分かった。コク、やめよう」
ヒナと戦っていたその手は、彼女の言葉であっさりと止まる。戦意がなくなった途端、抜け殻のように籠っていた力は抜けてバインドに対して抵抗しようという意思が失われる。また勝利を収めることはできたわけだけど、一つだけリルは不可思議に思ったことがある。
「どうして、食魔法を使わなかったの」
ハクはその質問に対して当たり前のことのように言う。
「そんな質問をするなんて、本当にあなたは里の出身なんですか?」
「僕らはこの国の生まれじゃない。そしてここで育ったわけでもない。だから食魔法を覚えられるわけがないんだ」
つまりは、二人の固有魔法とその腕だけでここの番人まで上り詰めたということ。今となってはそれも意味がないと付け加えるように彼らは言ったが。
「安心して、次が本当の意味で最後だから。多分最初にあった小さい人。あの人の前で行ったら怒られるけどその人がいるはずだから。彼女こそが本当の番人、ゲートキーパーだよ。やっぱり私たちじゃまだ番人には程遠いみたいだしね」
「お疲れ様」
リルはそう言うと彼らのみぞおちに一撃を入れて意識を奪う。アイラに治癒魔法をお願いして、致命傷だけを癒して次に向かった。
「良かったんですか、敵に塩を送るみたいな真似をして」
「師匠のお願いなら私も断りませんから別にいいんですよヒナ」
「ごめんね、でも確かめておかないとここから先には進めない気がするからさ」
そう、あの幼女には確かめないといけないことがある。魔力も体力ももうあまりないけれど、もう少し踏ん張ってほしい。
階段は開かれた。進むべき道を彼女らは進んでいく。




