生剥げの噺
東京を江戸と申した時分のお話。
江戸の町に平吉という怠け者な十六、七の男とその母親が二人で暮らしていた。父親はすでに他界しており、質素倹約な男であったので多少の蓄えはあったのだが平吉がそれを食いつぶしているという現状であった。
その上平吉は口喧しく働けと説教する母のことを疎んでいたのである。
ある年の瀬の迫った日。今日も今日とて平吉はぐうたらを母に叱られていた。
母親は縁があって今でこそ江戸に住んでいるが、かつては秋田で生まれ育っていた。だから年末のこの時期になると、平吉を叱りつける引き合いに『生剥げ』という妖怪を出すのである。
生剥げとは秋田に伝わる厄払いの来訪神の一種である。異形の仮面をつけ、蓑を纏い、とりわけ働く気を起こさない怠け者を戒めると伝わる。寒い時期に囲炉裏に当たり続けていると、「アマ」もしくは「ナモミ」という斑点のようなものが足にできる。それは怠け者の証であり、生剥げとは文字通り、そういう怠け者の足にできた斑点を生皮ごと剥いで持って行くという妖怪のなのだ。
そんなことを言って聞かせて驚かしてみたのだが、平吉はというとどこ吹く風で「秋田の鬼が江戸に出る道理がねえや」と言う始末であった。
◇
いよいよ大晦日になった。
平吉はこの時、一つ悪戯を考えていた。どこぞの神社の境内に出ていたガラクタ市から鬼の面と蓑を仕入れ、生剥げに変じて母親を脅かそうとしていたのだ。
いざ扮装をして母親の前に飛び出すと、案の定物凄い悲鳴を上げた。すっかりいい気になった平吉は逃げ惑う母を追いかけまわした。その時、表戸からもう一人、生剥げに扮した誰かが入って来た。
一体誰が・・・と思った矢先、鬼の面も蓑も何もかもその誰かに引き剥がされてしまった。それのみならず、物凄い力で組み伏せられてしまった。その一瞬の出来事に平吉も母もどうすることもできずただ固まってしまっている。
「悪ぃ子はいねがぁ?」
と、声を聞いた時にようやくそれの正体が人でないと、平吉は直感的に覚った。同時にそれが自分のような偽物ではなく、本物の生剥げであることも悟った。
「うわあああぁぁぁぁぁ」
叫ぶ平吉をよそに、生剥げは逆手に持った出刃包丁を高らかに振り上げた。母も叫び制止しようとしたが、到底間に合わなかった。
生剥げの包丁が首の皮一枚掠めたところで、平吉の顔面の真横に突き刺さる。するとその瞬間、雷が落ちた様な爆音と閃光が部屋の中を包んだ。その衝撃に平吉も母も意識を手放してしまった。
◇
やがて朝になり、二人は目を覚ます。目が合うと、途端に昨日の出来事が頭の中に蘇った。そして二人で夢現から抜け出す。部屋には粉々に砕けた面と灰になった蓑、そして包丁を引き抜いた傷のある畳が残っていた。それらが昨日の事は夢や幻ではないということを物言わずして語っている。
それからというもの平吉は人が変わったかのように働き者になった。そればかりでなく、近所でも目を見張るような孝行者として評判になった。
かつての平吉を知っている者は、見違えた平吉を見て口々に言った。
「平吉さん、見違えたよ。立派になっちゃって・・・一皮むけたように逞しいね」
「一皮むけた? いえいえ、一皮剥げたんでございます」
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