烏天狗の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
ある村に一人の女の子が生まれた。大きな病気をすることもなく、すくすくと育っていったのだが、どういう訳か生まれてからこれまで一本も頭に髪の毛が生えなかったのだ。
年の近い子供らは、いつまで経っても髪の生えてこないこの女の子のことをバカにするのだった。
◇
その子が年頃になった頃。
やはり髪の毛は一本も生えず、それが元となり嫁の貰い手もない有様であった。それを悲観したその娘は、とうとう心を病み、自ら命を絶とうと考えた。
裏山の山頂に小さな池があり、そこに身投げをしようと考えた。置手紙を残すと早速そこを目指して山を登って行った。
池に辿り着くと来た道を振り返りながら、父と母にもう一度詫びをいれた。
そして履物を脱ぐと、一歩ずつ池に足を進めていった。
◇
やがて肩まで水に入った時、その娘はいきなり何者かに体を掴まれた。驚き振り返ると、更に驚かされた。自分の体を掴み、入水を阻んでいたのは人間ではなかったからだ。
服装こそは修験道のそれであるが、その背中からは黒々とした羽に覆われた翼が生えている。頭には頭襟を被ってはいるが、その下には鋭い目と鳥類の嘴があり、まるでカラスのようだった。
娘は子供の頃に聞いた裏山に住む『烏天狗』の言い伝えを思い出した。
「お前の死にたがる理由は知ってはいるが、命を粗末に扱ってはならぬ。ワシが家まで送り届けてやろう」
そういうと、どこからともなく一陣の風が吹いた。風の強さに娘は思わず目を瞑った。
◇
目を開けてみると、そこは家の前の道であった。ふと見れば、焦燥しきった両親が涙ぐみながらこちらに走ってきている。
泣かれ、怒鳴られ、叱られ、また泣かれ、娘は家へと帰って行った。
あくる日。娘が朝起きてみると頭に違和感があった。
手で頭を触ってみる。そこには明らかに髪の毛の感触があった。鏡をみるとそこにはとても美しい髪の毛が生え揃っていたのである。
娘はすぐに両親にその髪の毛を見せ、昨日自分の身に起こった事を聞かせた。
「なるほどな。裏山に住む烏天狗様がお前に髪の毛を授けて下さったんだ」
「けど、どうして今になって?」
「きっと裏山の池に入ったのが良かったんだろうな」
「どうしてさ」
「きれいな髪の毛のことを濡れ鴉というからな」
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