みかり婆の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
小田原に打部龍という僧が住んでいた。
打部龍は村の外れに居を構えており、晴れた日には慎ましやかな畑を耕し、雨の日には本を読んだり、木の仏像を彫ったりしながら暮らしていた。
さて。
この小田原の地には昔から物忌みと呼ばれる日があった。その日は仕事を休み、外出を控えてなるべく家の外に出ないと言うものである。何故、そんなことをするのかというと『みかり婆』が出るからである。
みかり婆とは老婆の姿をした一つ目の妖怪で、物忌みの日になると家々を尋ねては「蓑を貸してくれ」と戸口を叩く。人々はこれに遭うことを非常に恐れていた。
このみかり婆を避けるには、庭や土間に落ちている米を挽いて団子にして戸口に備えたり、笊や籠などの網目の多い物をぶら下げておくといいと言われている。みかり婆は一つ目なので、目の多い物を嫌って近づくことが出来ないからだ。
打部龍もこの事は知っていたのだが、所詮は古い言い伝えであろうと思っていた。
◇
その年の物忌みの日。
いつも通り、打部龍はみかり婆の事などすっかり忘れて夕餉を取っていた。やがてそれも食べ終えて、残り火の灯りを使って仏像などを彫っていると、不意に戸を叩かれた。
こんな時分に誰だろうかと、外に声を掛けようとしたところ逆に外にいる者から声が飛んできた。
「蓑があったら貸してくれ」
その言葉に打部龍は身が竦んだ。
外にいるのはみかり婆だとすぐに気が付いたが、もはやどうすることも出来なかった。
このまま黙って居留守を決め込もうかと思ったが、こちらの気配に気が付いているのか、みかり婆は一向に引き下がろうとしない。打部龍もいよいよ覚悟を決め、戸の脇に下げておいた蓑を取ると恐る恐る戸を開けた。
戸の前に立っていたのは紛れもなくみかり婆であった。みすぼらしい着物を纏い手には杖を持っている。笠の下の顔は隅のように黒く、昔話に聞くように目が一つしかなかった。
「蓑があったら貸してくれ」
打部龍は黙って手に持っていた蓑を差し出した。みかり婆はそれを受け取ると、礼のつもりか頭を下げ、何言うでなく去っていこうとした。
その拍子抜けともいえる態度に一瞬気が緩んだのか、打部龍は思った事をつい口にしてしまった。
「その蓑を一体どうするのだ」
みかり婆はピタリと足を止めると打部龍の方へ振り返り、山の方を指差して言った。
「あの山を挟んで東軍と西軍に分かれて、化け物同士の戦があるのだ」
「戦とは穏やかではないな。村の者に害が及ぶようであれば、捨て置けんぞ」
そう聞いたみかり婆はニタリとした笑みを浮かべた。
「心配するな。物忌みの日の宵の間にどれだけ蓑を集められるかというだけの戦だ」
「・・・もしその戦に負けたらどうなる」
「負けた方の土地は次の年の物忌みの日まで痩せた貧相な土地になる。が、心配はいらない。今年も我ら東軍の勝ちだ」
「何故だ?」
「ミノでの戦は東軍の勝ちと決まっている」
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