波小僧の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
とある村に和井蔵という漁師が住んでいた。今日も今日とて漁に勤しんでいると、今までにない手ごたえが網を通して伝わってきた。一体、どんな大物がかかったのかと、威勢よく網を引き揚げ見た。
しかし、網にかかっていたのは魚ではなかった。
体躯は五、六歳の子供のそれであり、体つきの割には頭が大きかった。和井蔵は一瞬、子どもの土左衛門が上がったのかと肝を冷やした。
網に絡まって満足に動けないそれは、身をくねくねと捩らせて逃れようとしていた。そうして、一体どうすればよいのか分からずに固まっている和井蔵を見て言った。
「どうか命はお助けください。私はこの海に住まう者。命を助けてくれた暁には、今後天気の移り変わりをお知らせすることをお約束しますから」
不憫に思った和井蔵は、網に絡まったそれを外してやると海へと返してやった。それは一度海面に潜ると、再び顔を出した。
「ありがとうございます。お約束通り、これから後天気の移り変わりを波にてお知らせいたします。浜に立ち、灘からの波音が南西より聞こえるなら晴れ、南東より聞こえるなら雨とお思いください」
そう告げると、それは再び海中へと消え去って行った。
和井蔵は早速、村の人たちに身に起こった事を言って聞かせた。始めは半信半疑だった村人たちも、和井蔵の言う通りに波の音によって天気が知れるため、信じるようになっていった。
そうして「波」で天気を知らせる「小僧」のようなそれは、人々に『浪小僧』と呼ばれるようになったという。
◇
それからしばらくして和井蔵は、一人の女を好きになった。
勇気を出して和井蔵は自分の思いの丈を告げたのだが、女には他に約束した男がいるという。
失意のうちに、とぼとぼと浜辺に辿り着いた和井蔵はじっと海を見ていた。波小僧の出す波の音は、やがて南東より聞こえてきた。
「明日は雨か? 知ってるよ、丁度今フラれてきたところだい」
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