アマビエの噺
結局、海の妖怪・・・
東京を江戸と申した時分のお話。
場所は肥後の国、時節は桜が咲き誇る4月中頃の事である。
丁助という漁師が役所に申し出るところから始まる。
◇
「お待たせ致した」
出てきた役人は物腰が柔らかく、漁師である丁助が相手あるのに真摯な対応を見せた。侍というものは得てして横柄なものだと思っていた丁助は素直に好感を持った。
「それで、海に異変がある為に火急に調べて欲しいという訴えであったが、間違いないか」
「へえ。その通りでございます」
「うむ。又聞きではよく分からぬこともある。手間をかけて悪いが、今一度話してもらえるだろうか」
「ええ、そりゃもう。お調べ頂けるのでしたら何度でもお話致します」
と、丁助は言われるがままに、近頃になって海に起きている奇怪な出来事を話し始めた。
◇
漁師という事もあって、丁助は当然ながら海辺に居を構えている。その辺りの海は春になると南から風が吹いて、暖かくなった海に魚がのぼって来るのだ。
ところが、十日ほど前から海底がにわかに光り出すという怪事が起き始めた。昼間は陽の光に掻き消されでもするのか、光は目立たないが、夜になるとやはり光が一帯を覆う。
「やけに月が明るい晩だな」
と、始めのうちはそう勘違いするほどの眩さであった。
幾日もそんな灯りが続くと、不安や光での寝不足で暮らしが脅かされてきている。そのために丁助が代表して奉行所に訴えを出したのである。
すると余程好意的な役人なのか、それとも仕事が他にないのかは分からないが、すぐに実況見分をする運びとなった。
◇
「確かに面妖な光景であるな」
見聞に浜に訪れた役人は光る海を見て、そう呟いた。
間違いなく日は落ちているというのに、昼と見紛うほどの明るさを保っている。共の者たちもあまりの面妖さに慄いているのが見て取れる。
さて、そうしていると役人が呆然としている御供や村人に向かってきっと言った。
「では、早速沖に行って見てみるぞ。船を出せい」
その言葉に一同は驚愕した。しかしながら、異を唱えられる者など居るはずがなかった。
毒を食らわば皿までと覚悟を決めた丁助が船頭に、漁に出るための小舟しか用意ができなかったことを理由に、役人とその御供が一人乗り、合わせて三人で沖へと出て行くことになった。
風は追い風で、波は穏やかだった。浜を出た後は忽ちのうちに最も海が光っている海域へとたどり着いた。
丁助も御供も手が震えてしまっている。が、役人だけは侍らしく毅然とした態度で海面を見ていた。
「やはり潜って見んことには分からぬか」
その言葉に二人はギクリとした。互いに顔を見合わせた後は、自分が指図されないように祈るしかなかった。
が、その時。
海中から気泡が立ち、何者かが浮かんでくる気配があった。
役人は素早く用心をするように二人に言い放つと、慣れぬであろう舟の上にも関わらず刀に手を掛け、鯉口を抜いた。
皆が化け物が現れると思った。しかし海面に顔を出したのは、想像とは少々違うものだった。
長い髪を海水で濡らした人のようなものが浮かんでいた。が、やはり人ではない。首から下は魚の鱗に覆われ、手には水かきがある。そして目鼻立ちは人間に近いが、鳥のくちばしのような口をしていた。
全員が呆気に取られている中で、その化け物が口火を切る。
「私は『アマビエ』という海に住まう妖怪である。これから六年のうち、豊作に恵まれることを約束するが、その後に病が流行るであろう。そうなったら私の姿を絵にして配るがよい。病は収まる」
と告げた。それを聞いた役人は果敢にも、
「お主はそれを告げるために、毎夜海を照らし、人を呼んでいたいたのか」
と聞いた。
しかしアマビエはその問い掛けには答えず、再び海の中に消えていった。
それからは、あの光も消え失せていつも通りの夜が戻って来た。
◇
そして、それから六年後には確かに病が流行ったという。
その病とは、食べ物を通して人に流行る疫病だった。
アマビエの予言は「あたる」ものだったのだ。
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