化鯨の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
ある夜の事だった。漁師たち漁火を焚きながら魚を待っていた。夜の事であったが、夏の盛りの時期であったのでムシムシと暑苦しい。それが漁火を焚く海の上ともなると尚更の事であった。
その内に漁師の一人が海岸の方に白くて大きい何かが浮き沈みしていることに気が付いた。目を凝らしていると、一人また一人とそれに気が付き、とうとう皆で船を漕いで近づいてみることにした。
「鯨じゃないのか」
誰かが言った。
よく見れば確かに言う通り鯨の様だった。大きさも大したことがないモノだから、土壇場で漁師たちは鯨を狩ることにした。銛を手に取り、慣れた手つきでそれを投げる。ところが、誰が何度試しても一向に手ごたえを感じなかったのだ。
流石に様子がおかしいことに気付き、更に火を焚いてよく見定めてみた。すると、海の中にいたのは皮や肉が見事になくなった骨だけの鯨であった。その上、骨の鯨の周りには、やはり骨だけで泳ぐ魚が取り巻いていた。未だかつて見たことのない光景に、漁師たちはただただ唖然とするばかりである。
しばらくして潮が引き始めると、その骨の鯨も魚たちも、消えるかのようにいなくなってしまった。
陸に戻った漁師たちは祟りや呪いを恐れ、青い顔をしていた。念のために二、三日の間は漁を休んでいたのだが、別段変わったことも起こらなかった。
◇
「あれは鯨の化けて出たものだ、『化鯨』だ」
漁師たちは口々にそう噂し合い、女房子供たちに言って聞かせた。とは言っても誰かが死んだ訳でもなく、祟られた訳でも反対に豊漁を授けてくれた訳でもない。
ただ単に夜の海に、肉と皮のない鯨が出たというだけのつまらない話で、教訓すらなりはしない。だからその内に、
「そりゃま、何ともミのないお話だこと」
と、一蹴されたという。
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