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怪談 しゃれこうべ  作者: 小山志乃
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共潜の噺


 東京を江戸と申した時分のお話。


 鳥羽の漁村に九子(きゅうこ)という海女(あま)が住んでいた。母親に技を仕込まれていて、この辺りの中では特に鮑をとるのがうまかった。


 ある花曇りの日。いつもと同じように海女仲間たちと海に出て鮑や他の貝を取る為に素潜りをしていた。どういう訳か、今日に限って九子の潜る海の底には獲物が少なかった。かといって全員が不漁かと思えばそんな事はなく、他の仲間たちはそこそこの収穫を得ていた。


 このままでは今日の稼ぎが悪くなると、九子は躍起になって潜り続けた。そうして夢中になっているうちに、岸伝いに漁場を離れて行ってしまった。


 するとどうだろうか。まるで手付かずのような海底にはゴロゴロと鮑や貝、海老などがおり、今までの不調が嘘のように桶がいっぱいになってしまった。


「どれ。最後の一潜りにしようかしら」


 時間も時間だったので、次を今日の締めにしようと決心した。大きく息を吸い込み、魚のように滑らかに海の底を目指した。しかし粗方を取り終えていたので、すぐには最後の得物が見つからなかった。


 這うように海底を泳いで探していると、更にもう一段低くなっている場所を見つけた。


「この下ならいるかもしれない」


 九子は一度息継ぎをすると、再び潜って行った。


 ◇


 見つけた場所は中々の深さであり、曇天の天気も相まってかなり薄暗かった。とは言っても、この程度のことは慣れたもので九子は苦にしなかった。


 だが、九子は自分の前方に誰かがいることに気が付いた。海女仲間がこちらにも同じように探しに来たのかも知れない。しかし既に十分なほどの得物を得ているので、別段焦りはしない。でも折角見つけた穴場であるし、上手く話をして自分たちだけの秘密にしようと持ち掛けることにした。


 一体誰だろうかと九子は近づいていく。が、すぐに異変に気が付いた。海の中であるというのに何故か相手の姿がはっきりと、まるで陸の上にいるかのように鮮明に見えるのだ。その上、巻き付けてある腰巻もおかしい。海中でも何となく相手が知れるように、それぞれが特色のある腰巻をつけているのだが、その相手のものは、仲間たちがつけているものには当てはまらない。


「アレは私が付けている腰巻だ」


 九子がハッと気が付いた。確かに自分の腰巻と同じ色、同じ柄のものだったのだ。


「一体誰じゃ?」


 いよいよ、その相手に近づくと九子は驚いた。


 ◇


 そこにいたのは紛れもなく自分だったのだ。姿形も顔も何もかもが自分とうり二つの女がいた。そのそっくりな女も九子に気が付いたのか、向こうから近づいていた。そして九子の顔をみてニコリと笑うと、鮑を一つ差し出してきたのである。


 何となく受け取らなければならないような気持になった九子は、何の気なしに手を伸ばした。その時、かつて母親に言われた言い伝えを思い出した。


「アンタ・・・『(とも)(かづき)』か」


 ◇


 共潜とは、この辺りの海女の間に伝わる妖怪であった。


 素潜りをして漁をしている最中に現れる。それは行き遭った人間の様相を生き写しにしたが如く、瓜二つなのだそうだ。そして手を引いたり、獲物を渡す様なフリをする。その誘いに乗ってしまった人間の命を奪うと伝えられている。


 ◇


 しかし九子は冷静であった。


「確か、共潜に背を向けて後ろ手に鮑を貰えば害をなさぬはず・・・」


 肝の据わった九子は、そんな事を思いながら古い言い伝えを実践した。共潜は特に何をするでなく、大人しく持っていた鮑を差し出してきたのである。


 獲物を桶にまとめると、九子は急いで浜まで戻った。そして仲間たちに、たった今自分が共潜に遭ったことを伝えた。もしも共潜に遭ってしまった者がいたのなら、全員が海を上がり二、三日の間仕事を休まなければならないのだ。


 そのまま漁を切り上げた九子は、いそいそと家に戻っていった。よくよく思い返してみれば、よくもあんな大胆な事ができたなと思う。言い伝えが正しい保証などはどこにもない。ひょっとしたら今頃は海底に引きずりこまれて死んでいたかもしれない。そう考えると、今更ながら冷や汗が出た。


 そんな緊張と緩和のためか、その日の九子はすぐに寝入ってしまった。


 ◇


 翌朝。


 夢現の最中に、奇妙な光景を見た。


 自分が台所に立って料理をしている。そしてその様を後ろからぼんやりと眺めているのだ。懸命に竈に薪をくべて火を起こしている。


 けれどもおかしい事もあった。着物の上をはだけさせ、乳房を露わにしてしまっているのだ。


「・・・海に潜るときの格好じゃあるまいに」


 思わずそんな事を呟いた。


 そんな小鳥よりも微かな声が台所に立つ自分に聞こえたのか、もう一人の自分はそそくさといなくなってしまった。


 それは恐らく共潜だったのであろう。


 何故かはわからないが、自分の差し出してきた鮑を料理していたのである。


 ◇


 そんな夢幻のような事であったが、九子は念のために村長に言って聞かせた。


「そんなのは今まで聞いたことがないねえ」


「そうなんですよ」


「で、共潜は鮑をどうしてたんだ? 焼いてたのか、蒸してたのか」


「とてもよく煮ていました」

読んでいただきありがとうございます。


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