表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪談 しゃれこうべ  作者: 小山志乃
38/365

海女房の噺

狸を終えまして、今日からは「海」にまつわる妖怪のショートショートを投稿して参ります。

 東京を江戸と申した時分のお話。


 今の島根県は十六(うっぷ)(るい)と漁村に絵無蔵(えむぞう)という年老いた漁師がいた。絵無蔵の漁場ではよく(さば)が獲れ、長者とまでは行かなくともそこそこの暮らしを立てていた。


 今日も今日とて網いっぱいの鯖を取ると、夜にはせっせとそれを塩漬けしていた。鯖は腐りやすく、すぐに食べるのでない限りはそうして塩漬けにするのが常である。


 樽に鯖と塩を入れ、重石を乗せるという作業を繰り返していると、ふと窓の外に目がいった。すると妙な事に気が付いた。窓の外に怪しげな赤っぽい光が二つ灯っている。よく目を凝らすとそれは眼のようであった。


 絵無蔵は飛び上がりそうなほど驚いたが、何とか平静を装った。そして窓からは見えないところへ道具を取りに行くふりをして、上手く隠れたのだった。


 しばらくすると、戸を開けて何者かが入ってくる気配があった。


 恐る恐る様子を盗み見ると、そこにいたのは『海女房』という妖怪であった。


 海女房は二匹の子供を連れていた。そして絵無蔵が渾身の力で置いた重石を片手で軽々とどかすと、塩鯖を取り出して三匹揃ってバリバリと貪り始めた。恐ろしい速さで樽いっぱいに入っていた鯖を食べ終わると、指先や口元についている塩をぺろぺろと舐める。


「それにしても、ここにいた爺はどこへ行った。口直しに後で喰おうと思っていたのに」


 その言葉に絵無蔵は背筋が凍った。


 ◇


 その時、身震いしたあまり樽にぶつかり物音を立ててしまった。それに気が付いた海女房とその子らは、飛び掛かる勢いで絵無蔵に襲い掛かって来た。戸が近くにあったことが幸いして、絵無蔵は転がるように外へ出た。


 海女房たちは眼を光らせ、牙を剥き出しにして追いかけてくる。絵無蔵は悲鳴を上げながら逃げ出した。とにかく足を止めれば喰い殺されると、懸命に走った。


 ところが。


 追いかけてくる海女房たちは、嘘のように足が遅い。老年の絵無蔵にもまともに追いつけぬ程であった。


 絵無蔵は一番近くの友人の家に逃げ込むと、事情を話し匿ってもらった。窓から外を見れば、家に入られては仕方がないと諦めたのか、すごすごと海へ引き返していく海女房達の姿があった。


 ◇


 ようやく落ち着いた絵無蔵は友人に事の仔細を言って聞かせた。


「しかし海女房達は、なぜあんなに足が遅かったんだ? まあ、そのおかげで助かったんだな」


「そりゃあ塩鯖を先に食べたからだろう」


「どういうことだ?」


「鯖はそのままだと足が早いが、塩漬けになってりゃ話は別だからよ」

読んでいただきありがとうございます。


感想、レビュー、評価、ブックマークなどして頂けますと嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ