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六喰の鍵師  作者: 長月 こたつ
エルフの里編
3/63

3.判明そして

「夢?………どっから?」


 美味しそうな匂いに誘われ紅葉が目覚めたのは、見知らぬベッドの上だった。

 気だるい身体を食欲が突き動かし、何とか上体を起こし上げる。

 現在自身の置かれた状況よりも、紅葉が優先するのは腹の具合いだった。


「………飯」


 匂いのする方へ誘われるがまま、部屋のドアを潜った。

 ログハウスの様な家の為、踏みしめる度にきしきしと床が鳴いている。

 廊下を抜けて現れた階段を下ると、民族料理チックな奇抜な料理達が並ぶテーブルがあった。


「おや、起きたのかい」


 紅葉が料理に見とれていると、両手に追加の料理を手にしたお婆さんが、いつの間にか背後にいた。


「えーと、おはよう?」

「ふふ、おはよう。もう昼過ぎだけどね。もうすぐ爺さんが帰ってくるから、座って待ってな」


 驚いた(・ ・ ・)のもつかの間、言われるがまま席に座ると紅葉は並んだ料理達を凝視する。犬の待て!の気持ちで。

 待つこと数分、体感では長時間。その間に幾度か紅葉の腹の虫が鳴き、お婆さんの笑いを誘った。


「起きたか少年」


 入り口から声を掛けてきたのは、森で遭遇したお爺さんだった。

 着ていた上着をお婆さんに渡すと、お爺さんも料理を囲む席へと着く。

 上着を直したお婆さんが戻ると、お爺さんが口を開いた。


「さて、何から話したものか…」


 お爺さんが深いシワを更に深くし悩み始めた時、


 “キュウゥゥゥゥピイィィィ”


 本日何度目かの腹の虫の主張。


「……まずは、食べるかの」


 苦笑い気味にお爺さんがそう告げるので、紅葉は首を縦に振り乱し激しく賛同した。


「では、頂くか」


 お爺さんの合図と共に、紅葉は動き出した。見た目が少しグロテスクな物も含まれているが、選り好みしている暇はない。

 お爺さんとお婆さんが唖然と見つめるなか、次から次へと料理を胃のなかに落としていった。


 思う存分食べて食卓が落ち着いた所を見計らい、お爺さんが再度話始めた。


「さて、話を進める前に自己紹介もまだだったの。儂はダルフス・グイン。ここ、エルフの隠れ里の村長をしておる。こっちは妻のヒニルじゃ」

「俺は細川紅葉、よろしく。そして、ご飯をありがとう」


 紅葉は簡素に自己紹介すると、頭を下げた。


「よいよい。しかし、変わった名前じゃな…モミジ?」

「そうか?」

「ふむ、ホソカワ・モミジか…ごほん、では本題に入ろう」


 頭を上げるように即したあと、佇まいを直し紅葉の目を見つめながら話始めた。


「ではひとつ目、おぬしは何処の所属の者なのじゃ?」

「ん?所属ねぇ…日本?」

「ふむ、ではふたつ目。我々エルフを見て、感想は?」

「耳が尖ってて、変な感じだな…所でエルフってマジか?」

「…嘘は言っておらんようじゃし、サージ様の言ってた事は本当か…しかし、俄には信じがたい事じゃが…いや、しかし…」


 紅葉を放置し、一人熟考に勤しみ出した。

 一人でうんうん唸っているグインを見兼ね、ヒニルが声を掛ける。


「これ、爺さんや」

「おぉ、すまんすまん」


 はっと気付かされたグインは、ごほんと咳払いを挟み誤魔化す。


「紅葉、驚かずに聞いてくれ…おぬしはこことは違う異世界から来たようじゃ」

「あ、うん。そんな気はしてた」


 さらっと流した紅葉に、逆にグインの方が驚いた。


「ほほー、案外さらりとしとるの。じゃがその方が話は早いの」

「いやまぁ…うん。あんなことがあればな…」


 紅葉は落ち続けた暗闇と、ルシアと呼ばれていた女の子、そして目の前のグインに付いている耳を白い眼で見つめた。


「サージ様にざっくりとこの世界の事を教えるよう言われとるので、ざっくりと説明するぞ」

「あぁ、頼む」

「まずこの世界は3つの階層に別れておるんじゃよ。天人族等が住む天界。魔人族等が住む魔界。そして、我々が住む地上界じゃ。この地上界は6つの大陸からなっておって、ジアジ、パーロ、北メアリガ、南メアリガ、フリアカ、スアトリアと各々呼ばれとる」


 すらすらと喋るグインだが、紅葉の顔は徐々に険しくなっていく。


「地上界は我々エルフをはじめ、人間や獣人、ドワーフに魔族、そして竜族と言った多種族が暮らしておる。それから――」

「…まだ続くのか?」


 渋い顔で紅葉が聞くと、グインは満面の笑みを見せた。


「まだまだ半分も遠いの」

「…げ!」


 グインの言葉に肩を落とす紅葉だったが、それを見たグインは呆れてため息を溢した。


「嘘じゃ…とは言わんが、まぁ地理や歴史は追々で良かろう。では次に、鍵の話についてじゃが…」

「あっ!その鍵ってやつ、詳しく教えてくれ!」


 気になっていた鍵と言う単語に、紅葉は自然と前屈みに食いついた。ルシアから自身の命を救い、今まで(・・・)に見たことない未知の力なだけに興味を引かれていた。


「鍵とは生命が宿るもの、全てが有するモノじゃ。それを使う、使わないは別としてじゃがな。鍵は基本的に、精霊魔法を使うための媒介と認識されておる。体内に貯まっておる精霊力エレメントと呼ばれとる力を消費して、自然の摂理から外れた現象を引き起こすんじゃよ」

「全てにか…なぁ、それ俺にも使えるのか?」

「言ったじゃろ?生命が宿るもの、全てが有すると」

「使えるんだな!その方法、今すぐ教えてくれ!」


 グインに詰め寄る紅葉に、グインは紅葉の肩を軽く押し返し落ち着かせようと試みる。しかし、紅葉の探求心が納まることはなく、立ち上がりグインを急かした。


「じいちゃん!早くやろぉぜ!」

「せっかちな奴じゃの…もう良いは、サージ様の所に行ってこい。後の事はサージ様に聞くがよい」

「サージって奴のところに行けば良いんだな?行ってくる!」

「ま、待つのじゃ!?」


 グインの制止を聞かずにドアから飛び出していった紅葉。

 忙しない奴が来たものだと、グインは肩を落として苦笑いするしかなかった。

 しかし、直ぐに踵を返した紅葉が戻ってきて、


「じいちゃん、サージってどこに居るんだ?」

「…出て左に曲がった道を真っ直ぐ行けば、サージ様の居られる所に着くぞ」

「ありがとう!行っくる!」


 間を置かずに反転した紅葉の背中を追い、グインが叫んだ。


「当分はここがお前の家になるから、ほどほどに帰ってくるんじゃぞ!」


 答える代わりに手を振り、角を曲がってグインの視界から消える。

 家に戻ったグインは、ただ成り行きを見守っていたヒニルと顔を合わせ、なんとも複雑な笑みを溢しあった。





 視界に写るのは見知らぬ土地に建造物、そして見たことのない容姿の人々。それらを差し引いても有り余るほど、紅葉は鍵について興味をそそられていた。


 グインに教わった通りに、道をひたすら走って行く。

 行き交うエルフの視線が紅葉に厳しく刺さっているが、当の本人は気付かないでいた。

 建ち並ぶ家々が疎らになり、果ては人も居ない森に面した大きな広場にたどり着いた。

 道と呼べるものは、そこで終わっていた。


「…かっしいな?」


 頭を掻きながら辺りを見渡す。おおよそ人の気配は皆無だ。

(…まさか、じいちゃんに騙されたのか!?)

 グインの人の悪い笑みを思い出し、一抹の不安が過った時だった。


『思っていたより早かったな』


 不意に響いた声に辺りを伺うが、やはり誰も居ない。


「誰だ!居るなら出てこいよ」


 広場に響くように、中央へと赴き叫ぶ。


『そう警戒するな。こっちだ、こっち』


 声は帰ってきたものの、やはり誰も居ない。


「おいおい、マジかよ…」


 背筋にうすら寒いものを感じながら、辺りの警戒を強める。

 ここが日本なら、きょろきょろし過ぎで確実に挙動不審者として通報されているレベルで。

 そんな紅葉を見兼ねてか、相手は隠そうともしないあからさまな溜め息を溢した。


『はぁ…そこから大きな巨大樹が見えるだろう?そこまで来い』


 聞こえた瞬間にびくりと肩を震わせるが、このままでは埒が明かないと、奥に聳え立つ巨大樹へと向かった。

 巨大樹の目の前にたどり着くと、声を張り上げ紅葉は叫んだ。


「おい!誰だかしらねぇが、来たぞ。姿みせろよ!」


 巨大樹を背にして、辺りに隈無く視線を走らせる。

 しかし、謎の声は意外な事を告げた。


『いや、ずっと見えてはいたぞ。今は後ろだが』


 それを聞き飛び退いた紅葉は、まじまじと巨大樹を見つめ。


「まさかな…」


 紅葉が己の想像を一蹴したのも束の間。


『やっと気付いたか』


 声が紅葉の想像を肯定するかのように告げた。


「…この声は巨大樹からか?」

『そうだ。初めまして、巨大樹こと私がサージだ。久しぶりだな紅葉』


 意気揚々と語り出した巨大樹、もといサージ。

 紅葉は改めて巨大樹をまじまじと眺めた。成人男性が10人手を繋いでも、半分囲えるか怪しいほどの巨大さ。いったいどれほどこの地に根をはれば、ここまでの大きさになるのか見当もつかない。

 しかし、言っておかなければならないことが紅葉にはあった。


「俺には木の知り合いは居ない!」

『まぁそれは置いといて、何か聞きに来たんじゃないのか?』


 紅葉の叫びはものの見事に切り捨てられた。


「あぁ、その前にひとついい?」

『別にかまわん。時間ならいくらでもある』


 風に吹かれて揺れるサージを見上げる。


「サージって聖樹的な解釈で良いのか?」

『精樹…間違ってはいないな』

「やっぱ敬語とか必要なわけ?」

『いや、必要とはしていない。だから、そのまま続けろ』

「おぅ、助かる。敬語とか苦手なんだ」


 話す体勢を整えるべく、胡座をかき正面に腰を降ろした。

 掴み所のない自称御神木は、紅葉が喋り出すのを静かに待っている様子だった。


「んじゃ、早速だけど。俺に精霊魔法っての、使い方教えてくれ」

『これはまた、驚くほど率直だな』

「あ?だって、あんな楽しそうなもん、出来るならやりたくなるだろ?」

『そう言う意見には賛成だ。ただそうなると、教えるだけの私が面白くない。さて、どうする?』


 突然の要求に紅葉は頭を抱えた。

 何も持たずに来てしまった異世界では、出来ることも少ない。


「う~ん、ありきたりだが何か一つ言うこと聞くとかどうだ?」

『はは、それは面白い。交渉成立だ。…さて、教え終わった暁には何をしてもらおうか』

 

 ほのかに感じた黒い気配を、紅葉は敏感に察知した。


「で、出来る範囲でだぞ!無茶なやつはなしな!!」


 慌てて追加の条件を提示するも、曖昧な返事で躱されてしまった。

 教えて貰う約束は取り付けたものの、一抹の不安を抱えたのもたしかだ。しかし、後の事を考えても仕方がないと、立ち上がり付着した砂をはたいた。


「じゃあ、早速やろうぜ!何からすれば良い?」

『そうだな、お前のようなやつは聞くより慣れた方が早いだろう』


  期待に胸を膨らませ、次に続く言葉に熱い眼差しを送る。

 そんな思いとは裏腹に、サージは淡々と手順を伝えて行く。


『精霊魔法は源となる精霊力エレメントを使い、それを形にするための想像力が必要となる。しかし、何をおいても精霊魔法を使うには、それらを1つに結ぶ媒介…鍵を出さなければ始まらない。よって、鍵を出せなければ話にならない』


 うんうん頷いていた首を傾げる。


「で、結局鍵はどう出すんだ?」

『言っただろう?精霊力と想像力。まずは鍵を想像し、顕現させる。それだけだ、簡単だろ?慣れれば意識しただけで出せるようにまでなる』


 さぁ、とっととやれと言わんばかりに押し黙った。

 ぞんざいな気のする説明だったが、何となくは理解出来たのだろう。

 右手を正面に突きだし、想像する。


「鍵…鍵ね…鍵…」


 目を瞑り、ぶつぶつと呟く。エルフの小さな少女が出していた鍵、突如現れ自分を護った鍵を思い浮かべる。

 その様子を静かに見守るサージ。

 カメラのフラッシュが焚かれたかの様に、一瞬だけ光が走った。


「あ、出た」


 まぬけな声だったが、その手の中にはしっかり鍵が握られていた。

 昔の鍵を彷彿させる形だが、その見た目と違い重さを感じない。


『………ふむ、こんなにあっさり出されるとはな。数日は頭を抱えて、悩み悶えて貰うつもりだったのだが』


 少し変な間が明いたが、さらりと続けざまに毒づいた。


「悩み悶えるって…」

『いや、実際に驚いてはいるんだ。まぁ一握りだが、お前の様に直ぐに出す者もいる。しかし、逆に数日、数週間…長いものだと数ヶ月掛かる者までいるからな。それを踏まえると、やはり驚かずにはいられない。だが、手放しで誉めてもいられない。無駄な精霊力が漏れた為に、発光しただろう。まだまだだな』


 息を吐くかの如く、毒を吐き出す。

 しかし、分かっていながらも乗らずにはいられなかった。


「ふぅーん…なら発光しないように、して、やろうじゃないか!」


 しっかり安い挑発を買い受け、鍵を出しては消しての単純作業が開始した。






 当初は天高く昇っていた太陽が沈み、広場も茜色に染め上げていた。


「はぁ…はぁ…どうだ、この野郎…」

『まったく期待はしていなかったのだが、よもやここまでやるとはな』


 大の字で地面へ転がっている紅葉に、サージは感嘆を込めて言った。

 かれこれ4時間ほどを、休みなく鍵の出し入れに費やした。

 その甲斐あってか、漏れ出した精霊力の発光現象も完全に絶つことができた。

 のだが、ここまで来てサージから予想外のコメントを聞いた。


『しかし、ここまでせずとも精霊魔法を修得していく段階で、精霊力の扱いにも慣れ自ずと鍵の制御も上達していくのだがな』


 地面でへたっていた紅葉は頭だけを擡げ、巨大樹を睨んだが。


「……はぁ、もうキレる気力すらねぇ」


 諦めて脱力した。


『今日は無理だろうから、本格的な精霊魔法の実施は明日からだな』

「誰のせいだよ、誰の」

『お前が勝手に頑張ったんだろ』

「…もういいよ」


 口では勝てる気がしないと諦めた紅葉は、早々に白旗を振った。


「そういや、サージは何で俺が異世界から来たって分かったんだ?


 ふと、ここまでの流れを思い出していて、村長のグインがサージから聞いて森に来たことを思い出した。


『なに、森の木達が教えてくれただけだ。変なヤツが降ってきたと』

「…変なヤツって」

『それで、降ってきた変なヤツと行使された精霊魔法の特徴を聞いて、異世界から来たのだろうと判断した』

「ふ~ん、異世界人は良く来るのか?」

『いや、私の知る限り…異世界からの訪問者はお前を含めて2人だけだな』


 紅葉は話をちゃんと聞くため、身体を起こした。


「そのもう1人はどうなったんだ?」

『確か元の世界には帰らず仕舞いだったはずだ。お前は帰りたくないのか?』


 その当たり前な問いかけに、紅葉は茜色の空に視線を移した。


「そーだなぁ…いつかは帰ってやらなきゃならないことはあるけど。今すぐ帰っても意味ないだろうし…当分は別に良いや。こっちの方が有意義に過ごせそうだし、何より楽しそうだ。ここの世界は俺でも魔法使えるみたいだし」

『そうか…』


 サージはあまり深くは聞かず、物思いに耽っている紅葉を見つめていた。

 しばし沈黙が流れ、心地よい風が肌を撫でた。


「さてっと、そろそろ日も暮れたしじいちゃん所に帰るな」

『明日からは本格的にやるから、ちゃんと休息を取るんだぞ』

「へいへい…うわぁ、砂まみれだ」


 寝そべっていた為に付着した砂ぼこりを、必死にはたき落とす。


「じゃ、また明日な」

『あぁ、迷子になるなよ』

「なるか!」


 最後まで毒づいたサージに別れを告げ、グインの家へと駆け出した。

 数分後、結局サージのもとへ戻って来た紅葉は、馬鹿にされながら道を聞くはめになった。


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