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一族を滅ぼした姉への復讐を誓うも、落ちこぼれた俺。日銭稼ぎに最弱の魔物を呼んだら――現れた魔王【椿】が跪いた  作者: ルツ


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最弱の落ちこぼれ召喚師、世界を滅ぼす「黒き一角」を呼び出す

――ポトリ。

 脳裏に焼き付いて離れない音がある。 

それは、実の姉によって撥ね飛ばされた、父と母の首が泥の地面へと転がった音だ。

 あの日、世界最強と謳われた我が故郷、召喚師の里は一夜にして地獄へと変わった。

「よくやった、アルティ。これでお前は帝国の英雄だ」 返り血を浴びたまま冷酷に微笑む、優等生だった自慢の姉。彼女は肉親の首を土産の袋へと詰め込み、一族を虐殺した帝国軍の将れたちと共に、燃え盛る故郷を後にした。 

生き残ったのは、物陰でガタガタと震えることしかできなかった、まだ幼い俺一人。

「絶対に殺す……アルティ。お前の首を、同じように落としてやる……!」 

そのあの日から10年。 俺の胸の奥で燻り続ける復讐の炎は、1ミリも衰えてはいなかった。 だが――現実は、悍ましいほどに惨めで、残酷だった。  

「おい、落ちこぼれ。今日もネズミの死骸でも呼び出して遊ぶのかぁ?」 

冒険者ギルドの裏手にある、ゴミの悪臭が漂う薄暗い路地裏。 薄汚れた石畳に膝をついていた俺の背中に、下劣な嘲笑が容赦なく突き刺さる。 

振り返らなくてもわかる。この街のCランク冒険者、ガルズとその腰巾着どもだ。

「おいレオン、聞いてんのかって。一族の生き残りだか知らねえがよ、お前がギルドの依頼を掠め取るせいで、俺たちの小遣いが減るんだよ」 

背後から容赦なく蹴り飛ばされ、俺の身体はゴミ溜めへと転がった。 

ボロボロのローブが泥水に染まり、口の中に砂の味が広がる。

「……っ」

「おいおい、睨むなよ。怖いねえ。伝説の召喚師様は、ネズミ一匹呼ぶのが限界のくせに、プライドだけは一丁前か?」 

ガルズの連れの女斥候、ミーシャが品のない甲高い声で笑う。

「一族を裏切って帝国の4大将軍にまで登り詰めた、あの『冷撃のアルティ』。あれがお前の実の姉なんだろ? 出来損ないの弟を置いていくわけだわ。お前が生きてること自体、一族の面汚しなのよ。さっさと死ねばいいのに」 

みぞおちを力任せに踏みつけられ、肺から酸素が強制的に絞り出される。 

反論する気力すらなかった。なぜなら、彼らの言う通りだったからだ。 俺には、才能がなかった。 

一族の高等な召喚術はすべて焼き払われ、碌に受け継ぐこともできなかった。 

毎日、血を吐くような思いで魔力を練り、魔法陣を展開しても、呼び出せるのは手のひらサイズのネズミや、何の役にも立たない水鉄砲スライム。 

冒険者とは名ばかりの、最低ランクの「ゴミ拾い」で、今日を生き延びるパンを一つ買うのが精一杯の落ちこぼれ。 

姉の首に届くどころか、目の前の小悪党一人の足元にすら及ばない。

「ほら、さっさと今日の稼ぎを出しな」 

ガルズが俺の懐から、今日1日、下水溝の掃除で稼いだ僅かな銅貨を強引に奪い取った。

それが俺の数日分の食費だった。

「あ、の……それがないと、俺は……」

「知るかよ。文句があるなら、俺たちを倒せるような大物でも召喚してみせろ。できねえなら、一生泥水でもすすってろ。ギャハハハ!」 

彼らは俺を冷たくあしらい、酒場へと消えていった。 一人、静まり返った路地裏に取り残される。 雨が降り始めていた。冷たい雫が、打たれた全身の痛みを引き立てる。 自分の無力さが、情けなさが、怒りが、涙となって溢れそうになるのを、必死に堪えた。

「ちくしょう……ちくしょう……! なんで俺には力が無いんだ……!」 

壁に拳を打ち付ける。皮膚が裂け、血が滴る。しかし、胸の奥の痛みに比べれば、そんなものはかすり傷に等しかった。  

あの夜、目の前で死んでいった父と母。 

俺を嘲笑い、すべてを奪っていった姉の、あの氷のように冷たい瞳。  

俺は、ボロボロになって表紙の剥がれた、一族の唯一の形見である魔導書を震える手で開いた。 

ページは酷く焼け焦げており、まともな呪文などほとんど残っていない。 だが、俺にはこれしかなかった。「お前を殺すためなら、俺は悪魔に魂だって売ってやる……アルティ……!」 

泥水に塗れた石畳の上に、自身の血で歪な魔法陣を描く。 

もう、まともな魔力など残っていない。

身体は限界を超え、視界はガタガタと小刻みに揺れている。精神をすり潰し、命そのものを削り取るようにして、俺は魔法陣の中心に手を突き立てた。

 今日を生き延びるためじゃない。

 ネズミを呼ぶためでもない。 

俺の、この10年間の地獄を、すべての呪いをぶつけるための召喚術。

「――応えよ、我がめいに。我が血を、肉を、魂を喰らい、あの女の首を落とす力を、俺に寄こせぇぇぇぇッ!!」 咆哮が、雨の夜の路地裏に木霊した。 その瞬間。 

ピキ、と。 

世界の壁が、ガラスのようにひび割れる音が響いた。「え……?」 

いつもなら薄く青光りし、すぐに霧散するはずの魔法陣。 

それが、見たこともない、すべてを吸い込むような『漆黒の光』を放ち始めたのだ。 

ズゥゥゥゥン……!! 地鳴りではない。空間そのものが重圧に耐えかねて悲鳴を上げていた。 

路地裏に立ち込めていた雨が、上昇気流によって天へと逆流を始める。 

あまりの魔力の濃度。大気が物理的な質量を持って俺の身体を押し潰し、呼吸が完全に止まった。 

死ぬ。このまま魔力の奔流に呑まれて、消えてなくなる。 

そう確信した時、漆黒の光の渦の中心から、コツ、と静かな足音が響いた。 

光が、ゆっくりと収束していく。 

そこに佇んでいたのは、一人の少女だった。 

夜の闇に妖しく鮮血を混ぜたような、艶やかな『椿色』の黒髪ロング。 

雪のように白く、一切の汚れを知らない絹の肌。 

そして何より目を引いたのは――彼女の額の正中から、禍々しくも神々しい、一本の黒い角が天に向かって毅然と伸びていた。 

彼女は一切の武器を携えていない。防具すら身につけていない。薄い絹のドレスを纏っているだけだ。 

それなのに、彼女がそこに一歩足を踏み出しただけで、世界のルールが書き換えられていくのが、本能で理解できた。 

少女は真紅の瞳を妖しく光らせると、ゆっくりと周囲の退屈な景色を見回した。 

そして、地面に這いつくばり、辛うじて息をしている俺と目が合った瞬間。 

彼女の冷徹だった表情が、まるで世界が反転したかのように、狂おしいほどの歓喜と悦びへと塗り替えられた。 少女は音もなく、俺の目の前まで歩み寄る。 

そして、泥水に塗れることも厭わず、その場に静かに膝を折り、深く深く、頭を垂れた。

「――お久しぶりです。我が唯一のあるじ様」 鈴の鳴るような美しさでありながら、地獄の底から響くような凛とした声。

「あ、なたは……いったい……」

「貴方様が『あの日』――里が滅んだ夜に、全ての魔力と引き換えに私を呼び出した時、私はまだ形なき『純粋な暴力の概念』でした。主様の凄まじい怒りと絶望を糧に、私は魔界で肉体を得て、ようやく今、主様の元へと還ることができたのです」 

少女は、愛おしそうに真紅の瞳を潤ませ、俺を見上げる。 

その華奢な素手には、世界をいつでも握りつぶせる圧倒的な暴力が秘められているというのに、俺に向ける視線には、絶対的な忠誠しかなかった。

「私に名はありません。主様、どうか私に、貴方様の宿願たる『名』を」 名。 

俺は彼女の、血の匂いを纏ったような椿色の髪を見つめた。 

そして、頭の中で再生される、あの地獄の音。 ポトリ、と落ちた、両親の首の音。

「――『椿つばき』だ」 

俺は、喉の奥から呪いを吐き出すように、その名を口にした。「つばき……ですか?」「ああ。椿の花はな、散る時に首からポトリと落ちるんだ。……俺を裏切った姉、一族を虐殺した帝国の奴ら。そのすべての首を落として復讐を遂げる。その決意の象徴として、お前を『椿』と呼ぶ」 

普通の人間なら、恐怖で顔を青ざめさせるような、凄惨極まりない命名の理由。 

だが、それを聞いた瞬間。 

椿は、これ以上ないほどに歓喜し、恍惚とした表情で顔を上げた。

「――あぁ、なんと素晴らしい名を」 

椿は自らの髪を愛おしそうに撫で、悦びに身体を震わせる。

「私の首が落ちるのが先か、それとも世界のすべての首を落とすのが先か。主様、この『椿』、貴方様のその復讐、一滴の血も残さず、美しく咲き誇って御覧に入れましょう」 

彼女が立ち上がると同時に、その背後の空間がバリバリと音を立てて再び裂けた。 

裂け目の向こうに広がるのは、不毛の魔界。そこには、地平線を埋め尽くす、億を超える異形の魔物の軍勢が控えていた。 

そして、それら全てが、一斉に俺たちに向かって平伏した。

「主様が下された御命令通り、あの裏切り者の姉が率いる帝国を滅ぼすための【魔界の軍勢】は、すでに準備が整っております。さぁ、出陣の時です、主様」

 奪われた銅貨の痛みも、全身の傷跡も、もう気にならなかった。 

こうして、最弱と呼ばれ、泥水をすすり続けた俺の、世界を蹂躙する復讐劇の幕が上がった

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