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あなたの事が好きだった

豊かな自然に囲まれた山奥の小さな街。

掘っ立て小屋が多い中、中央にひときわ目立つ大きな屋敷があった。


そこには若くして領主を継いだ男とその妻、そして執事の青年と、侍女として働く街娘が数人。

細々と暮らしていた。

 


「おかえりなさい、貴方」


 帰ってくるなり居間のソファに身を投げ出す貴方。

 大きなため息をついて。

 よほど疲れたのでしょうね。


 なにせ彼はこの山一帯の領主。この地域を統治する者。

 もちろん部下は大勢いるが、だからといってただ椅子に座りじっとしている訳ではない。

 山賊や魔物の襲撃があれば撃退しなければならないし、領民たちが反乱したらすぐさま鎮めに行く。


 侍女達がトレー片手に手際よく夕飯の準備を整える。

 大きなテーブルに所狭しと並べられた料理の数々に、樽型の木のジョッキ二つ。


 最後に執事がボトルをいくつか持ってきて酒を注ぎ、場は整う。




「疲れたでしょう、はい」


 そう声をかけて私はジョッキを手渡す。なみなみと注がれた毒の酒。


 無言で受け取ると、待ってましたと言わんばかりに喉を鳴らし豪快に飲む貴方。

 大きなジョッキがよく似合う。


 目配せして従者達を下がらせる私に、おや?と顔を顰める貴方。

 いつもならそのまま待機させていたから。


「なんとなく……今日は二人きりになりたくて」と私はそう答えた。


 嘘はついてない。

 けど、なんだかドキドキしてしまって目をそらす。隠し事はあまり得意じゃないの。


 食べながら、今日あったことなど他愛もない話をする。


 といっても喋るのはいつも私一人で、貴方は私の声をBGMに黙々と食事を進める。

 今ではもう慣れてしまったけど、新婚の頃はよくこれで喧嘩したわ……懐かしい思い出ね。




 ジョッキが空になるたびに次々と酒を注ぐ。大柄な貴方にはそれなりに量が必要だから。

 いつか不審がられるのではと内心不安だったけど、今日は酔いが早くて助かった。


 さっきまでの強面はみるみる丸くなり、今やとろんとした穏やかな顔。

 その頬はよく熟れた桃のような濃いピンク色に染まっている。


 まるで別人のような変貌っぷりだけど、そこがまた魅力的で。

 他の人間は知らない、私だけに見せる貴方の一面。




 おもむろに席を立ち歩き出した貴方は私の目の前まで来て足を止める。


「今日も一段と綺麗だな。その金色の髪はまるで宝石のように輝いていて、瞳も湖のように深く澄んで美しい……」


 ふにゃふにゃと笑いながら酔いに任せて饒舌に喋り続ける。


「その濡れた唇なんて俺を誘っているかのよう……」

「いやだわ、貴方酔ってるのよ」


 自分の妻を口説くなんて、とそう続けるも貴方はへへへっとイタズラっぽく笑い私の腰を引き寄せ抱きしめる。

 ふわりと広がる貴方の匂い。


 素直になれず嫌がる私の手を強引に払い退けて、流れるような手つきで顎を引き寄せねっとりとしたキス。


 ゆっくりと離れた唇からは熱を帯びた低音が溢れ、愛を囁く。




 甘い時間が始まりそうな、そんな瞬間。


 私を包むその大きな身体がぐらっと揺らぎ、腕がするすると離れていった。

 急に訪れたそれにビクッと身がこわばるが、私はあくまで平静を装う。


 抱きとめようにも、力を失い徐々に重くなった身体は腕をすり抜けて床に落ちてしまった。


 力なく、くたくたとその場に倒れ込んだ貴方。

 酔ったままの瞳でぼんやりと虚空を見つめて。


 もつれた舌、かすれ声で最期に呟いた言葉は……知らない女の名前だった。


 やがて貴方はぐったりと意識を失った。

 さようなら。



パッと見、歯の浮くようなセリフの羅列。

しかしそれは見た目の事ばかりで内面については一切触れていない……

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