桔梗 小夜子:陸
朱い世界を、街路樹に沿って歩く。
いつもの帰り道。景色を眺めながら歩いていると、見慣れない建物が目に入った。他の建物より抜きん出て背が高く、ぼろぼろのコンクリートが、夕日に照らされている。
おや?
あんな建物、あったかな?
「小夜子先生……良かった、追い付いた」
振り返ると、特佐が後ろに立っていた。
「あれ? どうしました?」
「小夜子先生こそ、道に突っ立って、何をしていたんですか?」
「ああ、なんだか……変な建物がありまして」
「え? どれです?」
私が指を差すと、特佐が横に顔を出した。
「ひゃあ!」
ち、ちちちち、近い!
「あ、ああ、ああああ、あれです」
「あれです、ね……成る程、話を聞いていれば、一緒に見れるのか」
な、何が何やら。
「小夜子先生、お送りしますよ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。建物を見たと言う事は、じきに……」
言いながら、彼はわたしの手を握った。
「ほ、ほあああああ!」
「な、何ですか?」
わたしは、その場にへたり込んでしまった。
「あああああああ」
声を上げるわたしの、目に見える風景が反転する。
「あ? れ?」
「……小夜子先生、大丈夫ですか?」
「へあ?」
気が付くと、特佐の顔が目の前に。
「ふぎゃあ!」
飛び退いて正座で着地。
「お、落ち着いて」
あれ?
正座した足に、砂利の感覚が刺さった。
「ここは?」
もう日は暮れていて、周囲を月光が照らしている。
朽ちたコンクリートに、散乱するガラス――窓の無い枠から、月の明かりが差していた。
「手を繋いで良かった、一緒に廃墟へ来れましたよ」
「それって……」
「訓練生の話です。あれは、聞いた者に伝染する贋作ですよ」
「そうだったんですか」
「いや、しかしこれは……斑が創ったのか?」
「ま、まだら?」
「あれを見て下さい」
彼の指差す所には、現在の階層が書かれていた。
――6/6――
「六階建てになっています。どうやら、一階増えましたね」
「うーん」
「伝染する毎に、一階ずつ増えていくようです」
と言うことは。
「すいません。巻き込んでしまったみたいで」
「いえいえ、お気になさらず。いずれにせよ、無事で良かった」
彼は笑顔で返した。わたしは、彼が敬愛する神皇陛下に暴力を振るってしまったのに。
もう……そんな対応されたら、惚れてしまいます。
「其処に階段が有ります。早く出ましょう」
二人で階段を下りる。
――5/6――
――4/6――
ふと、三階の踊り場に奇妙な影を見つけた。
うずくまって顔を伏せた、真っ白いワンピースに長い髪の女性。例えて言うなら、死んでしまった王子様に悲しんでいる白雪姫。小人は一人も居ないけど。
「あ、貴女……大丈夫ですか?」
きっと、わたしたちと同じように迷い込んだ人だろう。
刺激しないよう、ゆっくりと近付く。
「小夜子先生! 駄目です!」
後ろから特佐が叫んだ。
「えっ?」
「それが、襲ってくる化け物です!」
目の前の人が立ち上がる。
「貴女も、一緒に居ましょう?」
化け物――確かに、その通りだ。
皮膚が……ワンピースと口以外の部分は、全身テープでグルグル巻きにされている。
「あ、ああ」
女は両手で、わたしの頭を掴もうと手を伸ばした。
「止めろ」
目の前に、特佐の背中が滑り込んだ。
二、三度腕を動かす動作が見えた後、直ぐ振り返る。
「逃げましょう」
「え?」
わたしをお姫様抱っこした。
「ええぇ……?」
返事を聞かず、彼は走リ出す。
――2/6――
――1/6――
一瞬で一階に辿り着き、目の前のドアを蹴り飛ばした。
建物から出ると、夕暮れの道だった。
「あ、あれ? 今のは夢ですか?」
「違いますよ」
まだ、特佐はわたしを抱えている。
「で、ですよねえ」
ゆっくりと優しく下ろし、二人で歩き出す。
「あれは贋作ですかね」
「建物はどうか判りませんが、いずれにしろ異空間です」
「建物?」
「あの女性も囚われているだけです。攻撃が効きました」
「なら、どうして……」
一緒に助けなかったのだろう。
「あの口ぶりですよ? 彼女は、望んで牢獄に居るんです」
「そう……ですか……」
彼女は何者で、何があったのだろう。
わたしには、分かるはずもない。




