草薙 総一郎
我々は、たった一人で戦場に立っていた。
周りの仲間は既に息絶え、何も言わずに横たわっている。
静かだ。
刀から滴る紅い雫すら、肉片に覆われた地面に呑まれ、物言わず消えていく。
「助けて」
響いた声に振り向く。
「助けて」
友軍の一人が、震えた身体でこちらを見ている。
「大丈夫か?」
生き残りは居ないと思っていた。
「助けて」
相手は同じ言葉を繰り返すばかりで、問いに答える気配は無い。
「助けて」
刀を握り締め、ゆっくりと近付く。
「助けて」
懇願を無視し、首を斬り落とした。切断された断面から、一向に血は噴き出さない。
「くそ」
その代わり、指の太さも有る節足が這い出てきた。
「矢張り寄生か」
人の中に入り込み、臓腑を喰らう。知能が低く、宿主の断末魔しか繰り返せない。
「――すまん」
仲間に祈りつつ、振り上げた刀で真っ二つに切り裂いた。
いつからだろう。
いつから、このような世界になってしまったのだろう。
化物が出現し、人々は戦いに明け暮れている。
それらは人、虫、動物――様々な姿をしているが、全く別の性質を持つことから、神の創り出した物に対する『贋作』と呼ばれている。
「ああ……」
辺りに転がる、部下達の遺体を眺めた。喰い千切られたり、押し潰されたり、遺体すら残っていない者も居る。
まるで悪夢だ。
戦地に赴いても、死体が増えるだけ。今までの兵器がろくに通用しない相手に、足止めの餌を与えているに過ぎない。全滅と敗走の日々を重ねてきた。
だが今回の戦闘で、自身に宿った力が有効である事は判った。
先日、目が覚めると、心の中に違和感を覚えた。明らかに自分とは違う者が、身体に巣食っている。贋作かと思ったが、生活に支障は無かったので放置した。有るとすれば一つ、『自分』と言う区別が徐々に出来なくなっていった事だ。
我々等と名乗るようになり、明確に自分を認識出来ない。診断を受けたが寄生された兆候は無かった。症例は医師も初めてで、『自己同一性障害』と名付けられた。
自分など良い、贋作でも構わん。
むしろ自分が異形ならば、奴等と同じ存在ならば、有効な攻撃を与えられるのではないか、そう思った。
結果は予想通りだった。
どうやら自分に宿っているモノは、対象の時間を操れるらしい。攻撃した相手の時間を、存在しない時まで一瞬で進め消滅させる。不思議な事に、手に持っている刀まで能力を発動する事が出来た。
身体の時間は止まっている。
時間軸の違う物は干渉出来ない。攻撃を無効化する事が出来た。
これからだ。
我々の存在が、反撃の狼煙だ。
一月後、友人が運営する神崩研究所を訪ねた。国から援助を受け、贋作を研究している。
「久しぶりじゃないか」
「前線ばかり出ていたからな」
神崩とは、士官学校からの付き合いだ。彼の家族は、妻・息子・娘・助手に至るまで、我々と同じ特異な能力が発現した。
「零はどうだ?」
「彼は絶えず前線だ」
義息の零は、研究所の前に立っているのを発見された。
何処の誰かは解らない。そもそも、話している言語が違っていた。
剣を腰に差していたが鞘の中で砕け散っていたので、打ち直し我々の刀に変えた。言葉を話せるようになり、何処から来たのか聞こうとした時に贋作が出現。それどころでは無くなってしまった。
――やがて彼にも能力が発現し、正式に軍属とする為に養子にした。
「新しい事象を観測したぞ」
「何だ?」
「贋作には、教会や寺院などを襲わない習性が有ると言ったよな?」
「ああ」
「十字架を溶かして弾丸に変えた物を撃ち込んでみたら、ダメージが有った」
「本当か?」
「眉唾だったが、試してみるものだ」
神崩と別れた後、奇妙な出で立ちの人物を見掛けた。
真っ黒な軍服を身に纏い、それと反して白い仮面を付けている。仮面は口元が耳まで裂け、腰に差した刀と合わせて異様な雰囲気を漂わせていた。
「貴様、何者だ」
今まで、研究所で出くわした事の無い人物だ。明らかに怪しい。
「…………」
相手は答えようとしない。
「何者だと聞いている」
不意に、仮面の人物は刀を抜いた。
「良い度胸だ」
こちらも刀を抜き、目の前に構える。
「……」
奴は無言のまま、刀を振り下ろした。
咄嗟に受けた白刃からは火花が飛び散り、仮面の奥に光る眼光と視線がぶつかる。
刀を倒し、相手の刀を受け流す。そのまま腰を捻り回転、一周して首に刀を据える。
「くっ」
我々の首にも刀が突き付けられていた。
「貴様」
仮面の人物は言葉を無視し、刀を収めた。こちらも刀を仕舞う。
相手は、そのまま去って行った。
仮面の人物について、神崩に聞いてみる。
「ああ、名無しに会ったのか」
「名無し?」
「名乗らないから、名無しと呼ばれている。仮面を付け、自由気ままに研究所を闊歩している。滅多に会えないんだ、運が良かったな」




