草薙 零:参
夕暮れに染まる教官室で、訪ねて来た双子は丁寧に頭を下げた。
「先日は」「どうも」「ありがとう」「ございました」
小夜子先生は、まだ担当する訓練から戻っていない。
「気にしないで下さい」
「まさか」「草薙特佐」「だったとは」
やっぱり面白いな。
双子であるにしても、この喋り方は不可能だ。移植された贋作が影響しているに違いない。
「お名前を」「教えて頂けますか?」
「ああ、改めて『れい』です。ゼロと書く零」
「零」
「ええ」
「どのような」「意味ですか?」
まだ十代の為か、二人は好奇心に目を輝かせながら聞いてくる。
「字のままですよ、ゼロなだけ」
「なるほど」「眼前の」「敵を」「ゼロにする」「という」「意味なのですね」
何やら勘違いしているようだが、聞かれていないので否定はしなかった。そもそも言葉を完全に習得している訳じゃないので、基本的に聞かれた事しか返さない。会話にも支障無いので、直そうとも思わない。大体、必要以上話しても、相手は振りだけで聞いてもいないだろう。
「今度はこちらの番、君達の名前を聞いても良いかな?」
「山葵 一葉」「二葉と申します」
雑談を終えると、二人は教官室から出て行った。
数分後、小夜子先生が戻って来たので、双子について聞いてみた。
「双子ですか?」
「ええ」
「居ますね。今日だって、先ほどまで訓練に出ていましたよ」
「え?」
二人は先ほどまで此処に居た。訓練に出れる筈が無い。
「荷物の中身、見せて頂けませんか?」
「良いですよ……ええっと、この二人ですね」
「……本当に、この二人だと?」
「双子と言えば、この二人しか居ませんが……何か?」
「いえ」
その後も、双子は教官室を訪れた。決まって一人の時だけに。
二人の情報を訓練生に聞いてみる。
何人か触れ回ると、同じクラスに在席しているという者達に話を聞けた。
「その双子は、どんな人だい?」
「どんなって、何処にでも居るような二人ですけど」
「何か特徴は有るかな?」
――特徴? 特に何も――
――特徴ですか? 無いですね――
なるほど、ね。
ある日の午後、双子は今日も教官室を訪れた。
「この時間」「楽しいです」「とても」
「それは良かった」
小夜子先生は、相変わらず訓練で席を外している。
「一つ良いかな?」
「はい」
「何でしょう?」
「……君達は何者だい?」
その質問に、二人は押し黙って顔を見合わせた。
「訓練生ではないよね?」
小夜子先生に見せて貰った箱庭には、この二人の草や根など無かった。しかも彼女は、顔も名前も全く違う生徒を「双子です」と指差したのだ。
同じクラスの訓練生にしても、反応がおかしい。接している人間の感想を聞かれて、「何も無い」などと答える人間は居ない。これほど露骨な特徴があるのに、だ。
認識しているのに、印象を話そうとすれば曖昧になる――とすれば。
「洗脳ほど強力でなく、催眠のような拒否反応が無い。暗示だね? 君達は出会った人に、自分達が訓練生だと思い込ませている」
「……よく」「分かりましたね」
「昔、そんな贋作に会った事が有ります」
「経験済みとは」「思いませんでした」
「さて、と。暗示を聞かせるかい?」
問い掛けに二人が口を開いた。
二人の発する言葉が一つとなり、うねり、渦巻き、覆い被さってくる。何と言って良いか判らないが、その言葉は記号に近い。呪詛の類だ。意味を理解しなくとも、直に脳へ作用する。
「……もう止めたらどうだい? 効かないよ」
そう、効かない。
だから任務を受けた。
二つの舌を持つ贋作を生け捕りし、神狩に引き渡した。
その後、恐らく彼女達は移植されたのだろう。
「なぜ」「効かないのです」
「身体の中に、もう一つ神器が埋め込まれているんだ」
「もう一つ」「神器が?」
「肉体に起こる、全ての変化を無効化するんだよ」
「神速は」「神器を」「三つも」「持っているからですか」
「あらゆる事象制約や崩壊も……随時、ね」
「そんな」「勝てない」
「神器で『S』の化け物とは、そういうものなんですよ」
項垂れる二人に、優しく声を掛ける。
「……何がしたかったんだい?」
「学長の」「暗殺を」
彼女達が暗殺犯?
いや、彼女達では贋作喰いに勝てない。調査がせいぜいだ。ならば、他に首謀者が居る。
「誰に命令されたのかな?」
二人は身体を強張らせた。余程強い恐怖を感じているのだろう。
「言ったら」「殺されます」
「それは、傍に神速陣が居ても?」
言った瞬間、双子は縋るような視線を向けてきた。
ふむ。
頼れるなら、彼女達から見て相手と強さは拮抗しているようだ。
Sを倒せるのはSしか居ない。
ならば、相手はSか?
いや、神崩の家族は互いに他の兄妹を狙わないだろう。
待て、兄さんはどうだ?
彼ならやる。
正義の為ならば、他の全てを曲げる。
だが、どうする。
兄さんとは決着が付かない。双方とも神器『滅却』を埋め込まれ、不侵不老不死なのだから倒すのは至難だ。彼が考えを改める姿など、見た事が無い。一度決めたら、絶対にやり遂げる人間だ。しかも戦うとすれば、参謀も一緒だろう。彼女は二つ名だ。近い実力に参謀を足されては、明らかに分が悪い。何より黒嵐内部で戦いを起こしては、神皇陛下の顔に泥を塗る。
いずれにせよ、今更ながら兄さんの正体を深読みしなかったつけが回ってきたな。
「あの」「私達は」「どうすれば」
「申し訳無いけれど、振りを続けてくれませんか? 出来るだけ速やかに対処しますが、少し時間を稼ぎたいのです」
「は」「はい」
双子は、変わらず教官室を出入りする事となった。