神狩 響子:参
部屋に相棒を自称する変人――時計屋がやって来た。
「こりゃナンだ?」
「見ての通り、三面鏡ですが何か?……チッ」
少しばかり親睦を深めてやろうと招待したら、コイツは酒や肴を持って来るどころか、古ぼけた三面鏡を持って来やがった。
「ンなコト聞いてネェよ! ソレ渡して、オレにどうしろっつーンだよ!」
「察しなさい……チッ……ワタクシからのプレゼントです」
「コレが?」
改めて、両手に持った三面鏡を見る。大きさはおおよそ四十センチ四方で観音開き。変色してくすんだ木に、ザラザラに曇った鏡。
こんなモン渡されて、親愛ナンて生まれるかよ。
「無論冗談ですが……チッ」
「テメェー!?」
「この三面鏡、夜になれば贋作が出てくるのです……チッ」
「ゴミか、さあ燃やそう」
「燃やせないのですよ……チッ……この三面鏡、神皇陛下が大切にしている物ですから」
「ハッハッハ、さあ燃やそう」
神皇かよ……ホントどうでもいい。
「そんなモン大切にしてるなんて、趣味ワリイ女」
「チッ……言い過ぎですよ。大体、そういう話では有りません」
「ナァニィ~?」
ナンだか言いなりもイヤなので、ワザと面倒臭さを前面に出した言い方をしてみた。
「チッ!」
「オイ、今のはマジな舌打ちだろ」
ヤツのマジな舌打ちが聞けただけでもヨシとして、内容聞くか。我ながら、ハナシぜんぜん進まネェし。
「チッ……初めから、この三面鏡に宿っていた訳では無いのです」
「ナンだと?」
「元々……チッ……この三面鏡は陛下の一族に伝わる物なのですが」
「先祖伝来ってヤツか?」
「ある日、いきなり贋作が出て侍女を引きずり込んだ……チッ」
「引きずり込むだァ?」
「チッ……鏡をご覧なさい」
鏡を見ると、一本の毛が付いている。イヤ、髪の毛が生えている。毛の端が、鏡面に埋まっていた。
「引きずり込まれた跡か」
「調査したところ、似た事例が幾つか確認されました……チッ……姿は全く同じ贋作が、別の場所で別の鏡から」
「鏡を移動してるってコトだな。でも、それじゃ倒せネェじゃん」
「チッ……移動する切っ掛けがあるのですよ」
「もしかして、それこそ燃やすな、とか?」
「その通り……チッ……珍しく勘が働いてますね」
珍しくはヨケーだ、この変人め。
「チッ……破損が生じると、別の鏡に移動してしまうようです」
「出自もさるコトながら、鏡にはキズ付けんなってコトだろ?」
「そうです……チッ」
面倒クセェ任務。
「とりあえず、出て来るのを待ちましょう……チッ」
「つーか休ませろ。ずっと任務で、ほとんど休んでネェじゃん」
「チッ……今日は貴女の部屋ですから、鏡に向けなければ火を吹いても良いですよ」
「聞けぃ!」
せっかく用意した酒をガマンする結果になり、夜も更けたっつーのに贋作は現れネェ。
つーか考えてみりゃ、黒嵐に入ってからロクに酒呑めてネェぞ。
ナンだそりゃ。
イ! ラ! つ! く! ン! で! す! け! ど!
半面を被り、タバコに火を灯した。
「チッ……煙いですね」
「ココはオレの部屋だ、好きにさせろ」
言いながら、さりげなくタバコの火を時計屋の側に持ち替える。
「嫌がらせですか……チッ」
コレぐらいのストレス解消は許されンだろ。
ヤツの言葉をムシして三面鏡を開く。古いせいで独特な雰囲気を放ってはいるが、ナンの変哲も無い鏡だ。大体ナンも出てこネェ。
火を揉み消し、二本目に火を点ける。
……ン?
閉じようとして、合わせ鏡になった奥が目に入った。果てしなく続く空間のずっと向こうに、藻のような黒い塊が蠢いてやがる。
「アレ、ナンですかね?」
「チッ……四十秒で攻撃が来ますよ」
佇む塊から手が伸び、鏡に写る床に突き立った。
「オイオイオイ、アレ髪の毛かよ!」
黒い塊は突き出た腕を使い、異常なスピードで鏡の手前へと這いずって来た。
「時計屋、リミッター外しとけや!」
咄嗟に三面鏡を閉じて投げ捨てる。
「……あ?」
青白い手が、ゆっくりと内側から鏡を開けていく。
「ナンだか自分で開けちゃってますよ、時計屋さん」
「チッ……合わせ鏡ですね」
ナルホドな。
開けるか閉じるか、鏡が向かい合った時だけ現れやがる。
開ききった鏡に腕を立て、贋作が鏡のプールから出て来た。
「ああああぁぁぁ」
盛り上がった毛の束からは外れたアゴが垂れ下がり、声とも判んネェ音が響く。
「このバケモンがぁ!」
蹴り飛ばそうと足を上げた。
だが、地に着いた軸足を掴まれる。
「なっ!」
バランスを崩し床に倒れたオレを、細い腕とは思えない異常な力が引きずった。
「ヤベ!」
不意に、視界に入った時計屋の足を掴む。
「チッ……何す……」
目を覚ますと、自分の部屋に時計屋と倒れていた。
「オイ、時計屋」
「チッ……」
お互いアタマを振りながら、身を起こす。
「アレからどうなった?」
「確か、貴女が咥えていた煙草を贋作の手に押しつけて……チッ」
『根性焼き』した後が、どうにも思い出せネェ。
「だから、リミッター外しとけって」
「……チッ……」
腕を見て時計屋の動きが止まった。そのままキョロキョロと、身体中の時計を見渡す。
「オイどうした、いよいよ末期か?」
「貴女と一緒にしないで頂きたい……チッ……それより、火を吹けますか?」
「火?」
息を吸い込み、身体ン中のエネルギーを口に集束するイメージを思い描いた。
魔法陣が……出ネェ。
「ナンだ、どうなってやがる」
「どうやら、ワタクシも見ていた時計しか正常に動いていないようなのです……チッ」
「能力が使えネェぞ」
「チッ……ワタクシを見て、何か気付きませんか?」
縫い込まれたヤツの時計は、何個かを除き数字が反転してる。
「クソったれ、ヤツの領域かよ」
「その通り……チッ……恐らく、既に三面鏡は閉じられています」
「誰かが開かなきゃ、オレ達は出れネェのか……チッ」
「わざと真似しないように……チッ」
オレと時計屋は、鏡の中に引きずり込まれたらしい。




