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これから世界が死んでいきます  作者: 狐面
生きる人々
15/59

桔梗 小夜子:弐

 手に持った肉塊を頬張(ほおば)り、喉に流し込む。


「はあぁ……」


 その甘美で背徳的な味わいに、わたしは思わず声を上げた。

 美味しい。

 ()()()が、これほど美味しいとは思わなかった。周りには、さっきまで生き残っていた仲間が冷たく転がっている。血の泉に(ひざ)(ひた)し、ただ口に運ぶ。

 わたしは勝った。初陣(ういじん)にして、目の前に立ちはだかった敵全てを皆殺しにした。


 けれど、途中から一つの考えが頭から離れなかった。


 喰いたい。

 あの味を。

 ぷつりと皮に歯を立てて。

 柔らかい感触を。


 贋作(がんさく)の思考に精神を(おか)された。リミッターなど外していたから、()()()行動は手に取るように分かった。勢いのまま共に戦った仲間を、尊敬していた隊長を、この手で殴り、貫き、引き裂いて敵の上へ積み上げた。

 しばらく呆然(ぼうぜん)と眺めていたが、どうしても美味しそうに見えて、()()を手に取り(むさぼ)った。

 止まらなかった。日頃から世話してくれた先輩に感謝し、彼らの功績となるよう、違反など承知でリミッター解除したのに。


「おいしいぃ……おいしいぃ……」

「生き残りが()るぞ!」


 だ……れ……?


「貴様、何をしている!」


 ――嫌だ。


「……せんせい」


 止めて、捕まえないで。


「……よこ先生」


 もう喰べないから。


小夜子(さよこ)先生!」

「えっ?」


 特佐に声を掛けられ、わたしは目を覚ました。


「大丈夫ですか? 酷く(うな)されていましたけど」

「す、すいません。大丈夫、大丈夫です」


 自分に言い聞かせるように、言葉を繰り返した。


 また、あの夢だ。


 (いま)だに、()()()の夢を見る。忘れたいのに、忘れようと思えば思うほど、気になって夢に出てくる。逃げたくて軍から抜けようとしたのに、厳格な父が許さなかった。抜けるには強化部分の返還を要求され、身体機能の大半を失う。まともには生きていけない。父はわたしの身体を心配したのか、自分の体裁(ていさい)を心配したのか(わか)らない。

 けれどそんな事は、もうどうでも良くなった。身体の不調を感じて精密検査を受けたら、脳の海綿化が発見された。医師の話によると、女性兵士において(まれ)に見られるらしい。()()()()した細胞が中枢神経に沈着、脳細胞がスポンジ状に変異し死に(いた)るそうだ。


 何だか、妙に納得した。


 あくまで相手の精神に影響を受けただけで、移植されている贋作は捕食型じゃなかったからだろう。強化の体力向上で遅くなっているが、治療の(すべ)は無いそうだ。けれどわたしは、例え治療法が有っても頼るつもりなど無かった。これは仲間を殺した罰なのだから。

 時間は戻らない。起きてしまった事は取り返しが付かない。

 それなら残り少ない人生、わたしのような後継を生み出さないよう全うするんだ。

 あと平和な余生(よせい)。これ大事。


 教官室の窓からは、(すで)に夕日が差し込んでいた。訓練が終わってからデータをまとめていたところで、転寝(うたたね)してしまったらしい。


「本当に大丈夫ですか?」

「ええ、もう大丈夫です」


 所詮(しょせん)は夢、覚めれば忘れる。

 わたしは息を吐いて、気を取り直した。


「無理しないで下さい」

「ありがとうございます」


 気遣(きづか)いの言葉に心を落ち着けていると、一転して悪戯(いたずら)っ子のような笑顔に変わる。


「そうそう」

「え?」


 彼が言葉を続けた。


「実は、先ほどまで学長がいらっしゃってました」

「が、学長が?」

貴女(あなた)が目を覚ましたら、自分の所へ来るようにとの事です」

「ええっ!」

「見られましたね。()()して居眠りしている姿」

「お、起こして下さいよぉ」

行ってらっしゃい(グッドラック)


 慌てて教官室を出る。

 平和という課題が、今にも消え入りそう。



 学長室の扉の前で、再び胸に詰まった重い空気を吐き出す。

 扉をノックすると、気持ちに比例して重厚な音が響いた。


「入れ」

「し、失礼します!」


 強張(こわば)っている四肢(しし)をブンブン振り回し、おもちゃのように敬礼。


 そういえば、学長と二人きりで話すのは初めてだなぁ。


 学長室は広い。二十畳ほどの空間に、応接用のソファーと、資料を入れるキャビネットが並んでいる。

 わたしと特佐が居る実技教官室とは、広くて広くて(えら)く晴れやかさが違う。例えて言うなら、四畳半での闇鍋とホテル最上階での朝食。人数はこちらの方が上なんだから、少しは面積を分けて欲しい。

 普段は入る事が無い学長室をジロジロ眺めていると、机を挟んで座っている人物の視線が突き刺さった。髪の中で鋭い目が光っている。例えて言うなら、日焼けしたコケシに(にら)まれているみたい。まじ怖い。

 我が士官学校の学長であり、オリジナルの一人・神崩(かみなだ) (つづり)だ。


桔梗(ききょう)少尉」

「は、はい!」

「職務中に眠るのは、どんな理由があれ関心しないな」

「も、申し訳ありません!」


『たっぷり兄様と話せたから、別に良いんだけどね』


「……?」

「君は……幻の中で、規律を正す者か」

「えっ? まさか、それって神託(しんたく)ですか!」


 気まぐれなのかもしれないけれど、(ふた)()でも無いわたしに神託が下されるなんて、棚から牡丹餅(ぼたもち)がずり落ちてきたとしか思えない。


「まあ良い、居眠りを不問とする代わりに条件がある」


 はぐらかされてしまった。

 牡丹餅が地面に落ちたわ。どうしてくれるの。


「……条件と、おっしゃいますと?」

「君には、特佐の任務を補佐して(もら)いたいのだ」

「……は?」

「は? ではない。言ったままの意味だ」

「しかし、任務とは?」

「いいか? 黒嵐(こくらん)が派遣されると言う事は、そこに何かしら任務対象が有る。曲がりなりにも二つ名かつオリジナルが、単なる実技教官など()()ん」


『本当は僕が手伝いたいなぁ……』


 この『声』って……まさか学長?


 リミッターを付けていても聞こえるとは、かなり想いが強い。


「手伝うにも、自分では役不足かと思われます」

「上官に意見するか?」

「い、いえ、そう言った訳ではございません」

「今の状況で、(そば)に居て違和感が無いのは君だけだ」


『僕が行きたいのに……』


 学長、本音が丸聞こえです。


「では、微力ですが自分が学長の職務を手伝い、学長が空いた時間で特佐の任務を手伝われてはいかがでしょうか」


『それナイスアイディア!』


 学長の顔に、見て分かるほど喜びの輝きが浮かんだ。しかし一瞬で自分を制し、真剣な顔で考え込む。


「……いや、やはり私では目立つ」


『ああ……言っちゃった……』


「あの、本当に宜しいのですか?」

「良い、頼む」


 明らかに項垂(うなだ)れながら、彼は力無く手を(あお)ぎ退室を(うなが)す。


「失礼します」


 扉を閉めた後で、学長の声が聞こえてきた。


『僕のばか!』


 学長、本当の本当に良かったんですか?

 しかし……学長ってブラコンだったのかあ。

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