神狩 響子:弐
衛生兵の詰め所って、ナンか辛気クセェな。
早速言い渡された任務は、増殖する贋作を止めるコト。
ナンでも、看護する衛生兵を通じて増殖する贋作がいるらしい。
って、そンぐらいの情報じゃ、動き方も判んネェっつーの。
「変わったコトはねえか?」
聞いても聞いても、確証を得るような証言なんざ無い。
こんナンで、ホント強くなれんのかよ。
あー、かったりィ。
メンド臭くなってきたトコで、一人の女からそれらしい話が出た。
「最近、夜に奇妙な音を聞くんです」
「音?」
「鐘の鳴るような大きな音、それから……」
「それから?」
「木箱を……」
「木箱?」
「いつの間にか……何人かが、細長い木箱を持ってるんです」
当たりだ。
何となく判る、コイツの情報が正解だ。
今夜は張り込んでみるか。
もう夜も二時を回ってる。このまま出なけりゃ、呑めネェだけで終わっちまう。時間の無駄だゼ。出なけきゃ恨むぞ、コラ。
黒嵐に入って数日。前線に居たオレにとっちゃ、久しぶりの戦闘だ。新人でもネェのに、武者震いしやがる。
その時、ゴオォンと鐘の鳴るような音が響き渡った。
来た!
詰め所を飛び出し、音の鳴る方へと走る。
胸元から半面を取り出し、顔に被った。
火を吹いても支障がネェように、オレの軍服は胸元が開いてる。服のセンスは悪くネェが、仮面はどうしても好きになれネェな。大が付くほど嫌いな、神皇サマ直属のトレードマーク――とは言え、何事にもケジメは必要。ンな自分の、ガンコなトコも大っ嫌いだ。
……ン?
面を付けて走っていると、オレと同じ黒い軍服が目に留まった。
構わず突っ切っていると、再び視界に写り込む。
ナンだよ。
立ち止まって見ると、ヘンな格好のヤツが立ってた。
黒い軍服にスゲェ数の時計が縫い付けられ、面にまで時計が埋め込まれた姿――見るからに軍警察が動く対象、つまるトコ変人。
「初めまして火炎砲。ワタクシは二つ名を時計屋と申す者……チッ」
チッて、名乗り出といて舌打ちかよ。アンタ何様?
「時計屋ね」
腰を越えるほど、長く長く真っ直ぐな黒髪。全身の時計と合わせ、かなりのインパクトがある。
「チッ……今回は増援に参りました。新人一人では役不足だと言う事で……チッ」
ココまで言うってコトは、舌打ちはクセか?
「立ち止まっている暇が有るのですか? お急ぎだったでしょうに……チッ」
「――ダレのせいだよ!」
時計屋と二人、再び走り出した。
一室の前で立ち止まる。強化のおカゲで、聴力まで上がってる。
「お待ちを……チッ」
ドアを開けようとした時、さっきの時計屋が割って入った。
「ンだコラァ!」
小声で叫んでも無視。
「――オイ!」
オレをほっぽって、肘の部分に縫い込まれた時計を見てやがる。
「ナニしてやが……」
「入って二分五十秒……チッ……初撃が来ます」
「ナニ言ってンだ」
構わずドアを開ける。使い込まれたドアは軋んだ音を立てた。
部屋の中には、一人の女が立っている。
いや、女と呼ぶのか、人と呼ぶかすら怪しいモンだ。首が異常に伸びてやがる。常人の指先から肘くらいまで長く伸び、大きな穴が開いている。
こんなザマで普通に立ってンだから、もう人じゃネェな。
「壁を……チッ」
遅かった。
部屋の壁には、昼に話した衛生兵が杭で打ち付けられていた。
首を貫かれ、明らかに致命傷――杭の太さを見ると、首が伸びた女の穴と同じく見える。
きっと、同じ方法で穿たれたに違いネェ。
「程なく時間経過……チッ……攻撃が来る」
背後で時計屋が呟くと同時に、穴の開いた女が走り出した。首が蛇のように伸び、噛み付こうと迫ってくる。
「クソ!」
伸びてきた首を拳で返した。ゴンッという打撃音を響かせて跳ね返るが、執拗に何度も何度も伸びてくる。
「ナンなんだよ、コイツ!」
十数回ブン殴ったトコで動きは止まり、身体ごと床に倒れた。
「時計屋、オメーの出る幕は無かったな」
自慢してやろうと時計屋を振り向くが、当の本人はシカトこいて胸に埋め込まれた時計を見ている。
「まだです……チッ……先ほど増えたでしょうに」
増えたって。
まさか。
打ち付けられた衛生兵の言葉を思い出す。
――何人かが――。
「良く聞きなさい……チッ……ドアを閉めてから、三分十秒の後に攻撃が始まります……チッ……外はワタクシに任せて」
「外って……」
言うなり時計屋は扉を閉めて、すぐに鍵を閉める音が聞こえた。負傷兵が暴れてもいいよう、ドアは部屋の外に鍵が付けられてる。
この元凶は任せろってコトか、ホント信用されてネェな。
振り返ると、壁に打ち付けられていた衛生兵が、自分で首から杭を抜いていた。
「そぉちぃらが開かぁないなら、こぉちぃらを開けましょうかぁ」
音声をスローで再生したような、太くて薄気味ワリィ声が響く。
負けるかよ。
リミッターは既に外してる。
肺ン中一杯に息を吸い込み、全身を経由して集束するイメージ。
眼前に大きな魔法陣が出現した。
――ソコでいきなりドアが開き、集中しててノーガード戦法を取っていたオレの後頭部に、ゴンとハデな音を立てクリーンヒット。
「痛って!」
「チッ……失敬」
「ナンだコラァァ!」
「炎はいけません……チッ……施設が駄目になる」
言い返す間もなくドアを閉め、再びガチャリと鍵を掛けられる。
クソったれ、白兵戦かよ。
けど緊張はほぐれた。
感謝しとくか。後でアタマはぶん殴ってやるがな。
「ワリィ……仲間にはなってやれネェよ、先に逝っててくれ」
オレは拳を握り締めた。
コトを済ませて背後のドアをノックすると、血だらけの時計屋が顔を出した。
「オメー大丈夫か?」
「問題無し……チッ……全て返り血です」
廊下に出ると、血まみれになった首の長い体がいくつも転がっている。ヨゴレで見りゃ、オレが火を吹いたって変わらなかったろう。
「あー。ンで、ボスは仕留めたのか?」
「残念ながら、まだ……チッ」
「このヤロー、大口叩いておきながら」
「貴女が一人を相手にしている時、ワタクシはこの人数を相手にしていたのです……チッ……少しは評価しなさい」
面でツラは見えネェが、ちっとふて腐れちまったみたいだ。
「やはりリミッターを外しておくべきでしたね……チッ」
ってリミッター外してなかったのかよ、コイツもダテに黒嵐じゃネェってコトか。
時計屋は長い髪をめくり上げ、耳からピアスを外す。
「チッ……さて、本体は何処か」
身体を見渡し、左膝の時計を見て視線を止める。
「左の階下……チッ……五分後に歩いています」
しかし時計屋とは、神皇が命名したにせよ、悪くないネーミングセンスだな。コイツ、未来予知の能力者か。
「先回りしておこうゼ」
五分と経つ前に下の階へ降りると、コッチに寄って来る人影を見付けた。
「時計屋、アレか?」
「どうやらそのようです……チッ」
歩いて来る影に目をらすと、ソレは普通の衛生兵だった。
「何か?」
「いや、その、よ……時計屋、ホントにコイツかよ?」
「ワタクシの時計に、狂いはありません……チッ……もっと仲間を信用なさい」
ふと兵の手元を見た。手には細長い木箱を持っている。
「あン?」
アタマの中に、再び言葉が浮かぶ。
――何人かが、細長い木箱を持ってるんです――。
「コイツだ!」
いきなり目の前の首が伸びる。
「そぉちぃらが開かぁないなら、こぉちぃらを開けましょうかぁ」
木箱から杭を取り出し、オレに振り下ろしてくる。
「チッ……」
割って入った時計屋が、腕を交差して受け止めた。
「油断し過ぎです……チッ」
「分かってたンなら……」
言葉を吐きながら、力を込めた拳を振り翳す。
「教えやがれ!」
胴体に叩き込んだ。そのまま二人で後退し、距離を離す。
「コイツが、人に穴を開けて回ってたのか!」
「他にも開けられた者が、別の者へと開けていたようです……チッ……先程のように」
「そぉちぃらが開かぁないなら、こぉちぃらを開けましょうかぁ」
「ソコうるさい!」
「チッ……攻撃予測……3……2……1……」
時計屋のカウントに合わせ、振り下ろされる杭の側面に拳をぶつける。割るこた出来なかったが、ヒビは入った。
「その汚え棒、へし折ってやる!」
「お待ちなさい……チッ……杭を壊しては倒せなくなります」
時計屋は言葉を続ける。
「恐らく原因となっている贋作は、あの穴なのです……チッ」
「ナンだと?」
「特殊ですが寄生型です。『穴』が人を操っている……チッ……ならば形だけでも、それを塞いでみる価値はあります。一度開いた穴に……チッ……再び杭を打ち込んでみて下さい」
「人は、あくまで憑かれてるだけってコトかよ」
「むろん死んでいるでしょうが……チッ……側面から攻撃予測……3……2……1……」
風を切る音を立て、左から横薙ぎに杭が飛んでくる。
「任せろ」
オレは杭を蹴り上げて軌道を逸らした。
杭はコオォンと澄み渡る音を立てながら、吸い込まれるように穴へスッポリ収まる。
「そぉちぃらが開かぁないなら、開かぁないならぁ……」
穴は、それを宿した人ごと空中に霧散した。
溜め息を吐きながら、その場に腰を下ろす。
「ヤレヤレ。あー疲れた」
「初めからこの調子、先が思いやられます……チッ」
コイツ、舌打ちかと思ってたけど。
「行動予測……チッ……その通り。移植されてから、ワタクシは心の中で常に時を数えるようになってしまった……チッ……話そうとすると、それが口を突いて出てしまうのです」
「ヘンなヤツ」
窄ませた口からグチを流すと、思いがけない言葉が聞こえてくる。
「チッ……失敬な。今回は増援でしたが、これからはパートナーとなる相手に」
「パートナーだぁ?」
「そうです……チッ……こちらとて不本意ながら……チッ……これから貴女とワタクシは、コンビを組んで行動する事になります」
コイツとかよ。
「とりあえず」
「チッ……何か?」
「さっきの礼に、アタマ一発殴らせろや」
「出来るものなら……チッ」




