第八節『改造』 Abschnitt Ⅷ: “Remodeling”
2016/1/23いろいろ変更しました
第捌節『改造』
Der achte Abschnitt : “Remodeling”
2ヶ月……という長いような短いような……それなりの時間を掛けて、『手術』の準備が整った。
今回の被験者……ブリュンヒルト姬付きの侍女:ツェツィーリエ……は、怯えつつも覚悟を決めて『其処』に居た。其処とは……テルマの館、私設実験室の中、特設の手術台の上の事だ……。厳重な結界により封鎖された空間の中……事前に念入りに消毒された室内である。
「大丈夫だぁ~か?」不安そうなツェツィーリエの問いに、今度は自信を持って、笑顔で答える。
「大丈夫よ。……だから、安心して眠って。」
手のひらに『麻酔』の咒紋式を発動させ……彼女の脳から意識を刈り取る。……網樣体の活動に干渉し意識狀態を低下させ、視床レベルで痛覚……痛みをブロックする。ただ、呼吸と心拍を止めてしまわないように『透視』によるモニタリングは行いながら……。ツェツィーリエの目蓋は閉じられ、胸郭は呼吸のために僅かに動くのみ。
そして、……次の工程に移行する……この実験室内の特殊結界・特殊空間の中のみで作用する咒紋式……『分裂』を発動させる……。
咒眼のみに映る咒紋の煌めきの中……てるまの肉体が……二つに分裂する。てるま₁はそのままツェツィーリエの生命維持管理を継続しつつ、新たに出現したてるま₂はツェツィーリエの手術に取り掛かる。このもう一人のてるまは、隣接する並行世界:時間線・次元界から限定的な意味で召喚した……もう一人のてるま……。別の可能性の……てるま。
手術とは言っても、『透視』下に行う咒紋式による手術だから、心霊手術のようなもの……無用な皮膚切開は必要ない……。ダイレクトに骨格の形成に取り掛かる。『切断』の咒紋式で対象となる骨格を一辺が0.1㎜程度の立方体、賽の目切りに切り離し……別な場所に『転移』させ、『接着』により繋ぎ直し……『変形』により、……仕上げる。てるま一人でも数百箇所の処置が可能だが……だが、この方法では……とてもではないが……足りない。手術に当たるてるま₂は更に数回の『分裂』を行って、その都度必要な人員を確保する。細部では更に細かな操作を要求されるので、それにも『分裂』で対応。生命維持管理も徐々に負担が掛かってくるので、そちらでも『分裂』したてるま達が対応に当たる。
眼球の位置をずらし、頭部骨格のアウトラインすら変形させる……筋肉や腱を繋ぎ直し、靱帯を修復し、バランスを調整、神経に傷を付けず……必要なら別箇所からの移植で対応。皮膚も余っているものは切除、足りない部分には移植、皮下組織も小さな継ぎ接ぎ繰り返す。其処此処で小さな内出血が結構な規模で起こるが、ある程度の大きさの血管にさえ傷を付けなければ、血腫の除去で対応。傷をつけてしまった血管は修復と接着を迅速に行う。血液が血管の傷口から流れ出ないように微小な『結界』すら張って対応……。
分裂したてるまが32人……相互に『念話』で連絡を取り、情報連携を密に行いながら作業に当たる。
作業時間は約3時間……。
骨格の形を根本から作り変え、工作部分の骨膜を貼り直し、内部構造を修復し、樣々な関節を調整する。鼻や耳の軟骨も丁寧に整形し、形よく配列し直す、眼も眼裂を少し大きくして位置と配合を整える……。何度も何度も模型を使ったシミュレーションでやった通りに……。黄金比率を思い出しながら整えてゆく、そしてより小顔に見えるように工夫する。それも全工程で脳や神経に傷をつけないように……。
作業が終了に近づくに連れ……分裂によって増えたてるまは、相互に『融合』によりその数を減らしてゆく、特殊な結界によって構築された限定空間内でのみ増えた、別な可能性を持つ『自分』を……互いに統合して……本来の『個』に集束してゆく。32人は16人へ……16人は8人へ……4人……2人……そして……ひとり。
一人では実行不可能な精緻かつ膨大な作業も……『分裂』することで、効率的に分担・分業して対応。
可及的迅速に作業を完遂する……。
幾ら『麻酔』の咒紋式を用いていたとしても、幾ら細やかなケアで手術中のダメージを最低限に抑えたとしても、術後数日は発熱もするし、麻酔から覚めた後は、頭部全体を襲う激痛に苦しむことにもなるだろう……だが、それでも、実際にメスを入れるような処置に比べると遙かに少ないダメージで済む筈。
最近すっかり看病慣れしてしまった、メイド達にツェツィーリエの看病をお願いすると……細かな作業によってぐったりと疲れてしまった重たい体を引きずって、てるまは自室のベッドに倒れ込んだ。
後は……彼女の意識が回復したら、暫くはユリアーネの調合する薬湯を呑ませ、腫れのひどい部分には湿布処置を施して貰う。
一休みした後は……再び起きて……ツェツィーリエの術後管理……局所の内出血を処置したり、微小な化膿巣を除去したり……。
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そして……
皇女の命が下って3ヶ月……少なくともわがまま娘が持病の比斯的里を悪化させ、激情のあまり周囲の器物を手当たり次第に破壊して暴れまわるには十分な時間が経過した頃……。漸く……テルマは、その姿を宮廷に現した。
「随分と待ちかねたぞ……。てっきり臆病風に吹かれて、遁走したかと思っておったわ。」度重なる召喚を『万事順調……ただし準備中』の名目で断り続けたテルマ帝國伯令嬢……に、皇女はその苛立ちを隠すこともなく、ぞんざいに言葉を投げつける。
「繊細な作業故……時間を要しました。是非に寛大なるご容赦を……。」しれっと、躱すテルマ。不機嫌な上司の扱いは、輝真の人生で二十年、テルマの人生で二年……心に余裕のある時にはお手の物……何の問題もない。
「ふん。……では、テルマよ……準備は出来ておるだろうな……早速見せて貰おうか?」
「はい、殿下……喜んで。」涼しい笑顔で答えてみせる。
てるまが合図すると、部屋の外で待機していたツェツィーリエが、その場に姿を現す。
「殿下ぁ、今けえっただ。」お国訛りもそのままのツェツィーリエ。
だが、その場に居合わせた誰しもが、彼女の変貌ぶりに言葉を失う。
「お、お、オヌシは……まことにツェツィーリエか?」
ブリュンヒルトの上ずった声が、彼女の狼狽ぶりをよく表現している。
「んだよ。」
絶世の美女……と、言うわけではないにしろ、スッキリと整った顔立ちの愛らしい女性が、其処には居た。その顔立ちを好む殿方は少なくはないであろう……。元々の彼女の雰囲気を何処か残しながら、骨格・顔立ちを整え、関節や噛み合わせの調整を行い、シミや黶の処理、ムダ毛永久脱毛やらやっていると、なんやかんやで更に1ヶ月の時間を要した次第だ。
それから、マジマジと小一時間もツェツィーリエを凝視し、触りまくり、質問攻めにし、品定めしていたブリュンヒルトだが……長い溜息とともに呟くように言った。
「どうやら、替え玉や幻術でも無い樣じゃ……真に……ツェツィーリエを美しく変身させたようじゃの……テルマ……。」
「左樣に御坐位ます。」
「妾にも……この咒紋術……出来るか?」
「勿論に御坐位ます。」
「では、直ぐに始めて貰おうか?」
「承知致しました……では、殿下、……施術を始める前に、施術を成功させるために条件がございます。」
「何じゃ?」
「条件を呑んで戴けぬ場合……施術の成功は覚束無いでしょう。」
「だから、何じゃと言うておる。」
「はい、では、遠慮なく。」
姿勢を正しててるまは皇女の方に向き直り、指を一つ立てて言葉を放つ。
「一つ、施術は我が館の実験室で行います。」
例の術式を使える最低限の条件である、あと、ツェツィーリエの手術のために整えた、滅菌室や消毒設備や手術台などの設備がそのまま利用できる。
「一つ、施術の準備には2ヶ月の猶予期間を頂きます。」
失敗の許されない手術である。綿密な手術計画を立てておかねばならないだろう。
「一つ、事前に咒紋式による精密な検査を殿下には受けて頂きます。」
計画立案のための基本データの収集は必須である。当然ながら健康狀態の詳細なチェックも必要だ。
「一つ、施術前の1週間から施術後の1ヶ月迄の間、殿下には私の指示に完全に従って頂きます。……以上の三つの条件を呑んで戴けない限り、テルマは殿下に施術することは出来ません。」
最後の一項目が最も重要である。このワガママ姬が、痛いだの、怖いだの、退屈だの、飯が不味いだの言い始めて駄駄を捏ねられては成功するものも成功しなくなる。
「……承知した。」
「では、……契約書に署名を戴けますか?」
この姬樣……実行される保証のない口約束は幾らでもするので……この辺りは皇帝家公認の弁護士に作成して貰った書面をとっておく必要がある。……そして、勢いで彼女にサインさせるために、ちゃんと、今日は事前に書類を準備してきている。
書類は三通、……皇女の手元に一通、テルマの手元に一通、そして公的文書管理室・保管用に一通。
「手回しのいいことじゃの。」軽い嫌味のジャブが来たので……
「二年間姬樣の下で鍛えられました。」と、適当に返しておく。
「少なくとも、嫌味だけは確実に磨きがかかっておるようじゃな。」
「いえいえ……滅相もない。」
「ふん……それよりも……もし、失敗したらどうなるか、覚悟しておるだろうな。」
言葉の刃に乗せて、脅しめいた視線が飛んできたが、それには軽く無視して無言と謎の微笑で返しておく。
「……きっと、殿下には十二分に満足いただける結果になるでしょう。」
軽く間を開けて、……そう答えるてるまである。




