つづきのはなし3
「わたくし、王太子妃様とずっとお話ししたいと思っていましたの。このような場を設けてくださいまして有難うございます、王太子様」
王宮の中庭、日当たりの良い一角で王太子様とレイチェル王女、そしてわたしの三人でのお茶会が行われることになりました。
…王太子様の腕の中で目を覚ましたと思われたあの日、いつの間にか再び眠ってしまっていたようで、目覚めた時には王太子様のお姿はどこにも無く、寝台にわたし以外の温もりは感じられず、夢の中で夢を見ていたのだと思えてなりませんでした。
それから数日経ったある日の朝食時、王太子様から王女様とのお茶会を提案され、現在に至ります。
「王太子妃様はどのようなお菓子がお好みですか?わたくしのお勧めはこちらの焼き菓子ですの。あぁ、そうですわ、こちらの物もなかなかでしてよ。そうそう、それから…」
愛らしい微笑を浮かべながら、卓上に並べられた様々な菓子類を次々に勧められる王女様。
「一度にあれもこれもと勧めては困るだろう、ほら見ろ、手が止まっている」
そんな王女様に苦笑しながらも、楽しそうに言葉を交わす王太子様。
「あら…申し訳ございません、わたくしったらついはしゃぎ過ぎてしまいまして…。お許しくださいませ、王太子妃様」
「いえ…そんな、わたしの方こそ申し訳ございません…」
「気にすることは無い、全く子供の頃から変わらないな…」
「まぁ、そんなことおっしゃるなんて嫌な方ですわ、それに子供といえば、王太子様こそ…!!」
矢継ぎ早に交わされるお二人の会話。幼馴染みの気安さから来るのか、大変仲睦まじく見えます。王太子様も楽しそうにされているし、会話に入り込めないわたしがこの場にいるのは、何だかとても不自然なような気がします。
…王太子様のこんなに楽しそうな様子を目にするのはいつ以来でしょうか。
王女様がお側にいるからでしょうね。日当たりの良い落ち着いた中庭で、好きな方と共に過ごすひと時。政務にお忙しい王太子様の疲れたお心をお慰めするのに、これ程最良のものはありません。
…わたしと一緒にいる時にそんな表情をされたことなどありませんから。
王太子様の楽しそうなご様子を拝見できて嬉しいと思う反面、そうさせているのはわたしではなく、王女様なのだという事実に気落ちしてしまいます。
楽しそうなお二人の様子をこれ以上見たくないという思いに駆られ、自然と視線が机の下に置いた指先を見つめてしまいます。
視界に入るのは左手の薬指で淡く光を放つ結婚指輪。
六年前にこれを嵌めたあの頃は、何故王太子様がわたしとの結婚を承諾したのか驚いたものの、幸せな結婚生活を夢見ていました。
でも六年経った今、夢は夢でしかないという事実にわたしの心が折れそうです。
「懐妊の兆しが無い小国出身の平凡な王太子妃、釣り合わない婚姻」と、いまだに難色を示している家臣がいることも、王太子様との仲も疎遠ということで、王太子様に新たな妃を迎えるよう話し合いが行われていることも、王太子様からそれについて何一つお話が無いことも、もう何もかもが辛くてなりません。
「リズ…?おい、どうした?リズ!?」
「王太子妃様?いかがなさいましたの?王太子妃様!!」
「え…」
遠くから聞こえてくる声にふと顔をあげてみれば、視界に入るのは王太子様と王女様の心配そうなお顔。
「大丈夫か?どうしたんだ?」
「顔色がよろしくないですわ…ご気分が優れないのではありませんか?」
「いえ、大丈夫です。申し訳ありません、ご心配いただきまして…。」
「そうは見えないが…」
そう声が聞こえたのと同時に、わたしの頬に触れようと手を伸ばされる王太子様に、思わず身体を竦めてしまいました。
王太子様に対して何て失礼な態度を取ってしまったのでしょうか。謝罪をしなければと思うものの、何も言葉が出てきません。
「…あっ、「ご歓談中、失礼いたします。」」
運が良いのか悪いのか言葉を発しようとした瞬間に訪れた、王妃様付の侍女。
「王妃様がお呼びです、王太子妃様」
王太子様、王女様それにわたしの三者三様の視線をものともせず発せられた彼女の言葉に、今度は王太子様と王女様の視線がわたしに集まりました。
「…私と一緒に妃は王女と茶会中だというのが、分からないのか?後にしろ」
それも束の間、王太子様は侍女に視線を向け、低い声音で問い質しています。
「王妃様のご命令でございます、王太子様。王太子妃様、どうぞこちらへ」
表情を一切変えることなく、淡々とした声音で侍女は言葉を返し、わたしを呼びます。
「分かりました、参ります」
「リズっ!?」
「申し訳ありません王太子様、王女様。楽しい時間をありがとうございました。…わたしはこれで失礼いたしますが、どうぞごゆっくりご歓談くださいませ」
王太子様の驚いた声が視線と共にわたしに向けられましたが、その視線を避け、わたしは席を立つ言葉を述べました。
わたしと王太子様との婚姻に誰よりも難色を示している王妃様にお会いするのは、正直なところ心苦しく気も重たいのですが、一刻でも早くこの場を立ち去りたいという思いに駆られていたため、王子様や王女様の返事を待たずに早々に席を立ち、王妃様付の侍女の後に着いて行きました。
…そんなわたしの後姿を、王太子様が見つめていたということに気づきもせずに。