閑話#53 麗奈、魔境の魔王と対面す~条件は破格だった模様~
ある日……というか、椎菜が墓参りに行き、柊が特大のヤンデレ思考をしている皐月に絡まれている日のこと。
「ここがらいばーほーむの事務所……!」
目の前にあるビルを前に、あたしはぶるりと体を震わせながら、そう零した。
建物の外装には看板があって、そこには『株式会社unique』と書かれている。
「初めて見たけど、大きなビルの中にオフィスを借りるんじゃなくて、一つの建物まるまるが事務所なんだから、地味にすごい気がするなぁ」
会社名からじゃわからないけど、ここはあたしの大事なお友達で、九月以降から急激に仲良くなった椎菜ちゃんと高宮君の二人がVTuberとして所属するらいばーほーむの本社だったり。
かなり綺麗な外観をしていて、入り口の中から見える内装はかなり綺麗。
もともとファンではあったけど、実際に事務所に来るのは初めてだし、何より来ることになるとは思ってなかったよね。
それもこれも、椎菜ちゃんのおかげと言っても過言ではない!
まさか、向こうからスカウトされるとは思わなかったよ。
人生何があるかわからないね!
「っと、いつまでも建物の外にいると不審者に思われちゃう。すごく緊張するし、本当に入っていいのか心配だけど……うん、行こうっ!」
緊張と不安を胸中に宿しながら、あたしは建物の中に足を踏み入れた。
社長さんの方からメールをもらってるし、受付の人にそれを見せればいい、んだよね?
大丈夫かな……?
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
あ、綺麗な女の人!
すごくにこやかな笑顔で、THE・受付嬢、って感じの人!
なんだろう、らいばーほーむの事務所って聞いてたから、てっきりその、事務所のスタッフさんたちも普通じゃない人が多いのかと思ってたけど……案外普通っぽいみたい。
ちょっと安心したかも?
「あ、えーっと、今日は……あれ、なんて言えばいいんだろ? 呼ばれて来た? というより、お話に? ……あ、そうだ。これを見せればいいって言われたんですけど……」
そう言って、あたしはポケットから取り出したスマホの画面に、つい最近届いたばかりの社長さんのメールを表示して、受付さんに見せた。
「……あ! あなたが例の! ほんっっっっっっっっとうに! お待ちしておりました! 社長が既にお待ちです! そちらのエレベーターで四階へ向かっていただき、突き当りにある扉が社長室となっていますので、そちらへ!」
「え、あ、はい、ありがとうございます?」
あれ、なんでかわからないけど、受付さんのテンションがすっごく高くなったような……?
あと、近くにいたスタッフさんらしき人達も、なぜか大騒ぎと言うか、すっごい喜んでるみたいんだけど……一体何で!?
よくわからないけど、とりあえず、教えてくれた四階に行ってみよう。
早速エレベーターに乗って四階へ移動。
そう言えば、前に時事系……ニュース系? なんて言えばいいんだろ? まあなんでもいいとして、らいばーほーむに取材して、その様子を投稿したチャンネルがあったっけ。
たしか、二階が配信部屋があって、三階が会議室だったよね?
四階って……社長室だけなのかな?
うーん、気になる。
かなり綺麗なエレベーターに乗って四階に辿り着いたので社長室へ。
「おー、窓から外が見える。結構いい景色」
外側の壁がガラス張りになっていて、外が見えるんだけど、そこそこの高さだから普通に眺めがいい。
まあ、この辺りってオフィス街みたいな場所だから、見えるのは車とかビルとかだけど。
……そう言えば、地味に事務所の立地いい気がするような?
「っと、ここが社長室……だよね? なんか、すごいネームプレートがあるけど」
外の景色を見ながら進んでいると、突き当りに到達。
社長室と思しき木製の扉には、なんというか……うん、本気でらいばーほーむのライバーたちが好きなんだろうなー、っていうのがわかるくらいのプレートがそこにあった。
具体的には、一期生~四期生全員のデフォルメイラスト(よく見たら全員それぞれのママに描いてもらってるっぽい)が枠に合わせてデザインされてるんじゃなくて、キャラクターの形に合わせてプレートが作られてるよねこれ。
いくらしたんだろう……ちょっと欲しい、なんて思っちゃった。
あと、プレートに書かれてる名前は、
『路傍の石 雲切桔梗』
だった。
社長さん、自分のことを卑下しすぎ……じゃなくて、らいばーほーむのライバーたちのことが大好きすぎるんだろうなって。
すごくいいと思うよ!
「すぅ~~……はぁ~~~~……よし、いざあたしもっ!」
入る前に深呼吸をして気分を落ち着かせ、あたしは意を決して扉をノックした。
コンコン、という音を鳴らしてから間を置かずに中から声が聞こえ来る。
『どうぞ』
許可が貰えたので、あたしはもう一回深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけて、恐る恐る扉を開けた。
「やぁ、待っていたよ」
あたしを出迎えてくれたのは、すごく綺麗な女性だった。
なんていうか、キャリアウーマン! って感じのスーツ姿の女性で、すごくデキる大人の女性って感じがしてカッコいい。
皐月さんとは違った方向のイケメンな女性って感じかな?
って、いけないいけない。
「あ、きょ、今日はよろしくお願いしますっ!」
「ははは、そう硬くならなくていいよ。さ、そこのソファーに座ってくれ」
「し、失礼します」
社長室中央にあるソファーに座るように促されたので、腰を下ろす。
あ、ふかふか……!
「コーヒーと紅茶、緑茶、どれがいいかな?」
「あ、コーヒーで」
「了解だ。ミルクと砂糖は?」
「えーっと、ミルクは二つで、砂糖は……三本で」
あれ、自然に社長さんがコーヒー淹れてるけど、なんかすごい申し訳ないんだけど!?
「あっ、えと、お、お構いなく!?」
「いやいや、君は我がらいばーほーむにとって、とても大事なお客さんだからね。いや、客と言うより、大事な人材かな? まあ、それ以前にまだ所属しているわけでもないので、お客さんだがね。なので、私が来客にコーヒーを淹れるのは当然と言うことだ」
「そ、そうなんですね?」
「そういうものだ」
にっこり笑顔で言ってくれてるけど……なるほど、実際の社会ではそう言う感じなのかも。
「さ、どうぞ」
「ありがとうございます」
カチャと音を立てて目の前に置かれたコーヒーにミルクと砂糖を入れて、軽く混ぜてから一口。
うん、美味しい。
「……こくん。ふぅ。さて、まずは自己紹介と行こうか。もっとも、メールで既に名乗ってはいるが、対面するのは今回が初だからね。株式会社uniqueの社長をしている、雲切桔梗だ。桔梗でいいよ。それとこれは、私の名刺だ」
「あ、ありがとうございます! えっと、朝霧麗奈です! 今日はよろしくお願いします!
「あぁ、よろしく」
にこやかに笑う桔梗さんから貰った名刺は、財布……の中にしまう。
初めて名刺をもらっちゃった。
「さて、早速本題に入ろう。今日君を呼んだのは他でもない、卒業後、我がらいばーほーむに入ってくれるとの変身を受けとったので、それについての再確認をしようと思ってね。なので、単刀直入に聞くんだが……本当に、らいばーほーむに社員として入ってくれる、という認識でいいのかな?」
「はい! あたし、ライバーでやるよりも、そっちの方が面白そうだと思っているので! それに、椎菜ちゃんと高宮君の二人もいますし、日常的に一緒にいるあたしなら、ある程度サポートできるかも、と」
「ふふっ、即答とはなかなかにいいね。まあ、高校二年生のこの時期にさっさと決めてしまうのは、教師などからすれば気が早いとか、もう少し考えろ、とか言うのかもしれないが……私は、即断即決は好きだよ。社長をやっていると、即断即決が大きな利益に繋がることもあるしね」
ははは、と笑う社長さん。
たしかに、三年生に進級する前に進路先を決めちゃってるようなものだから、先生たちからすると微妙な気持ちになるかも。
星歌先生は笑って応援してくれる気がするけどね。
「ま、そこはいいとして、だ。スカウトを受けてくれたと言うことで、今後のことについて話そうか」
「はい! よろしくお願いします!」
「うん、いい返事だ。まずは、うちの事務所内での仕事について話そうか。まず、我がらいばーほーむ内における仕事内容と言うのは、配属される場所によって異なる。動画撮影と編集のサポートを行う部署、企画立案のサポートを行う部署、それからグッズなどを製作する会社への営業を行う部署、問い合わせや社内の書類関係の仕事を行う事務系の部署、経理関係の部署、あとはライバーたちのマネジメント業務を行う部署がある」
「結構あるんですね」
「そりゃあね。ある程度細分化させておかないと、一人抜けた状態の穴は大きくなるからね」
「なるほど」
まあ、変に集中させちゃうと、当日に休みが出た時大変だもんね。
その辺りはVTuber事務所でも同じなんだなぁ。
「それで、君が将来的に所属することになる部署なんだけどね」
「あ、はい。まずは雑用系とかからですよね! 事務系とか」
こういうのって、まずは事務方の仕事から始めそうだし、あたしもそうなる気がしたので、先読みしてそう言ったら……
「あ、いや、君はマネジメント系に配属する予定だ」
「……エッ!? ま、マネジメントですか!?」
マネジメントの部署と言われた。
まさかの配属先に素っ頓狂な声が出ちゃったけど、え、マネジメントなの!?
なんで!?
「あぁ。今回、君をスカウトした理由にも関わって来るんだが……君は我が事務所のトップ、神薙みたまの耐性を持っているだろう?」
「あ、はい。高宮君レベルじゃないですけど、死なない程度には」
「それだよ。残念なことに、ウチのスタッフには耐性持ちがいなくてね。大型コラボの際、毎回と言っていいレベルで殺戮されるんだ」
「あたしも見てますけど、いつもすごいですよね、最後」
「可愛すぎるからね。……で、さすがに毎回毎回人死にが出るのは問題だからね。特に、マネージャーともなると、関わる頻度が増えるわけだ。ほら、神薙みたまは普段から萌えを振り撒くだろう? あれで殺されることがしょっちゅうなんだよ」
「そ、そうなんですね」
でも、なんでだろう、すごく想像できる……。
椎菜ちゃん、日常的に殺しに来るもん。
だからきっと、事務所の人たちも殺してるんだろうなって。
「だから、こちらとしても耐性持ちの人材がマネジメントの部署に欲しいと思っていたし、何より当のマネージャーたちから要望が出まくっていてね。人材確保が急務だったんだよ」
「あ、それであたしにスカウトが」
「そういうことだ。まあ、君はまだ高校二年生だから、入社するにしても一年以上先になるので、早期解決とはいかないがね。まあ、そこは仕方ない」
なるほど、求人に耐性持ちが欲しいって書いてあった理由って、それかぁ……。
「あぁ、マネジメントの部署に配属されること前提で話しているが、希望するのならば、他の部署でも構わないが」
「いえ! マネジメントの部署で大丈夫です!」
他の部署でもいいとは言われたけど、あたし的にはそっちの方が面白そうなので絶対マネジメントの部署がいい!
あと、そう言うのってなりたくてなれるようなものでもない気がするからね、このチャンスは逃したくないよ!
「そうかそうか! 本当に助かるよ! いやぁ、実は君のことは既にうちのスタッフたちも知っていてね。全員、入って来てくれ頼む! と常日頃から祈ってるほどなんだよ」
「そうなんですか!?」
「あぁ。ちなみに、マネージャーたちに至っては、七夕じゃないのに、普段から短冊に願いを込めているし、死ぬ気でお参りもしていたりするよ」
「あたし、そんなに求められたことないです!」
「それくらい、君という人材がうちにとって欲しいということさ」
どうしよう、すごく嬉しい。
あたし、将来はどうしようどうしようって悩んでいたし、そう言う意味で欲しい! って本気で言われたことがなかったから、こうやって欲しがられてることが嬉しい。
これでも容姿には恵まれてる方だとは思ってるし、告白も高頻度でされてるけど、なんて言うのかなぁ、そう言う意味では求められるけど、こういう力を貸してほしい、みたいな方面で求められたことってなかったからなぁ……。
「それで、一つ提案なんだがね」
「提案、ですか?」
「あぁ。前にメールで送ったかもしれないが、朝霧君が卒業するまでの間、アルバイト、と言う形で研修をしてみないかい?」
「え、あれ本気だったんですか!?」
「もちろん。それに、ある程度仕事を知っておいた方が、何かといいだろう? ちなみに、一年間のじっくり研修なので、多くのことを学べるだろう。なので、正社員になった際の給料は、そうだね……手当諸々込みで手取り30万ほどかな」
「え、そんなに貰えるんですか!? 高卒の給料ってそんなにいかないですよね?! え!?」
普通、手取りでも16万とかそれくらいぞ!?
二倍近く貰えることになってるんですけど!
どういうこと!?
「いやなに、正当な報酬、と言う奴さ。もちろん、君には色々と頑張ってもらうことにはなるがね。どうかな?」
「是非お願いします! というか、断れません!」
好きな事務所にスカウトされたどころか、そんなにお給料が貰えるなら断るなんてありえない!
というか、らいばーほーむがブラックってイメージないし。
もしブラックだったら、三期生のいるかちゃんとかブチギレ案件だしね!
「ははは、うん、いいね。実にいい。では、そう言うことで。色々と書いてもらう書類もあるが……まあ、そこは後でいいだろう。あ、アルバイト期間中の給料に関してだが、時給は1300円程度となるが、どうかな? もちろん、時給アップもあるよ」
「破格すぎる……!」
「ふふふ、期待も込み込みだからね」
「なんかもう、受けないと言う選択肢がないです! よろしくお願いします!」
「では、これで確定としよう。君を歓迎しよう、朝霧麗奈君。これから一緒にらいばーほーむを盛り上げよう」
「はい! 全力で頑張ります!」
ガシッ! と社長さんと固い握手をしたあたしは、らいばーほーむのスタッフとしての入社が確定した。
進路決まるのが早いね!
◇
その後は、契約書とか色々な書類を貰って、事務所内を案内してもらった。
案内の際に今のマネージャーさんたちと顔合わせをしたら……
「「「「ありがとうっっ……!」」」」
泣きながらお礼を言われて、抱き着かれました。
みたまちゃんの被害、そんなに酷かったんだ……。
うん、あたしも頑張ろう。
あ、お父さんたちにこのことを話したら喜ばれました。
既に布教済みだからね……!
らいばーほーむはブラック企業ではないですが、社員たちは笑顔で地獄にダイブしていくんで、社員野中ではホワイト、傍から見たらブラック、みたいな感じになってる模様。
尚、一番残業するのは社長だし、社長は社員たちをさっさと帰らせるタイプです。
まあ、いつぞやの会議のときはとんでもねぇことになってましたが。




