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しばしの間、単語帳を捲る音だけが車内に響いた。
外からは此の車両が出すサイレンが聞こえる。
幾度か角を曲がり、他の車両に道を空けるように協力を要請するスピーカー声も聞こえる。
と、車内の柱に貼られていた梵字の短冊が紫色に光る。
そして短冊から何かを叩く音がした。
コツコツというノック音だ。
「こちら本部の志木だ。一番組、二番組聞こえるか。応答しろ」
平静かつ感情が薄い印象の声が聞こえてくる。
先ほど本部に残してきた志木門長の声が響く。
会議室でわずかに察せられた焦燥感は既に無い。
近くに座っていた隊員が軽く握った拳で短冊を叩く。
フルフェイスマスクの口だけ開けていた逢馬が少し離れた位置から声を張る。
「逢馬、聞こえています」
先ほど短冊を叩いた隊員も応答する。
低いが柔らかな印象を与える声だ。
「二番組、岳多、聞こえています」
次に声を発したのは逢馬である。
「志木門長、作戦の基本形態はありますか」
そして、志木が返答する。
「先ほど逢馬、岳多両組長に伝えたが鎮圧が第一、捕虜確保は第二優先だ」
志木門長が続ける。
「現地にはお宅の式気門長が式神を飛ばした。大体の偵察は済んでいると思うが何より今日ここに至るまで我らに尻尾を掴ませなかった相手だ。どれだけ警戒しても注意しすぎるということはない」
「よろしいですか」
岳多から確認が飛んだ。
「今回も一番組に威力偵察をお願いして、我々二番組で塔内部から封印式を敷くつもりでいます」
一度言葉を切ってさらに続ける。
「本事案は敵勢力が未知数です。よって増援の到着を防ぐため指示のあった召喚式だけでなく祀鍾封印も講じます」
宜しいですね。
そう投げ掛けられた志木は一度肯定し、さらに追加で指示をした。
「そうだ。タワーは内側から施錠を。召喚式の封印に加えて九曜封印を行い中の様子が外部に漏れる事態を阻害せよ」
「承りました。鯨間と芒野、いいわね」
そうして他隊員に声を掛ける。
「はい」
先ほどまでの軽薄な調子は鳴りを潜めた至極まじめな声色で鯨間徹が応答した。
鯨間徹は他の隊員たちとほぼ同じ防具に身を固める。
ただ、グローブのみが深緑の色を成していた。
見える武装として1尺5寸の小太刀と水晶製の杭を腰にさげる。
そちらを見やった岳多は全体にたいして通達する。
「鯨間に楔を打たせて召喚術を封じます。逢馬さん、そちらの召喚式と降臨式も併せて使えなくなりますので了承願いますね」
岳多は周りを見渡しさらに続けた。
「これで精霊と妖鬼と、あとは属性に至りし存在は通過できません。これで敵を逃がさぬつもりでありますので認識しておいてください」
そう伝えると、逢馬の横に座っていた鯨間綴が声をあげる。
「ほうか。妥当じゃな。しかし、ちゅーことはワシも友義を交わした輩に助力願うことができんのじゃな」
鯨間綴の防護服、その左鎖骨辺りにマジックテープで固定された透明のケースがあった。
四角柱を象どり、その中には鳶と思しき羽根が3枚、軸で纏められて入っている。
なんの変哲もない器と羽根であったがどことなく内部の空気が歪んで見えていた。
「数が戻りましたね。また頂いたのですか」
岳多の問いに綴が顎をあげて返答した。
その綴の肩に手を置いて逢馬が宥めるように声掛ける。
「あの蒼焔と目玉からして向こうサンが術師の集団なのは間違いないですし、火鬼に来られても困りますしね」
宥められた鯨間綴が低く喉で笑って、応じた。
「っあ、ぁっか、不安がらずとも率いる組長には従うぞ。それに」
ケースから羽根を取り出して触った。
「この間補充して貰うたばかりだったが、まぁた減るのぅ」
指で擦りながら羽根を回転させる。
軽く扇げば極小さな風の塊が生まれた。
三席離れた岳多の口に風が放り込まれる。
急な風で岳多が咳き込んだ。
「では武運を祈る。何かあれば直ぐにでも連絡、相談を」
志木がそう言って言葉を切る。
そうして紫に光っていた短冊も元の黄色がかった白に戻る。
綴がチョッキから標本ケースを外し中の羽根を取り出した。
「羽扇にはできないのですか」
まだ陰陽師歴の浅い道野が綴に尋ねる。
「そうじゃな。質も数も足らんゆえ羽扇には出来ん」
言いながらバスの電灯に翳し自慢する。
それは鳶の羽根だった。
光沢のある暗い緋色が一筋混じった、地味な羽根だ。
羽根は羽軸の根本をワイヤーで留めてあり周りの空間が歪んだのはプラスチックケースの屈折ではない。
羽根自体が周りに干渉して歪ませているのだ。
その証に羽根を抜かれたケースに残る台座はまっすぐ見える。
「とはいえ風を司るものの眷属の身体触媒。強力な風と雷の術式に使えるぞ。あとは身代わりじゃな」
決まった形のない風と雷の塊にキズを写し、人体への影響を無くす術である。
だが、懸念が無くなるわけではない。
「即死では免れんからの。死ぬれば諦めぃ」
綴の羽根で遊んでいると運転席から橋賢の声が車内に聞こえてきた。
こちらは普通のスピーカーだ
「あと五分ほどで到着します。逢馬さん、突入はどうしますか」
小さな覗き窓の向こうには巨漢が二人。
どちらが橋賢であるにせよ、体格に見合わぬ丁寧な物言いである。
「近づいたらバックでガラスを突き破ってくれ。そのまま威力偵察を一組が行う。鋒矢陣でいくぞ」
尋ねられた逢馬が矢継早に指示を出す。
「順序は名田・鯨間・橋賢・逢馬だ。式気さんの式神が先行してるから道々で情報を受けとる」
「式鬼はだれですか」
「升丹と聞いた」
式神とは陰陽師が使う使い魔のことである。
その中でも戦闘も可能とする種別を特に式鬼と分けて呼ぶ。
大通りを蒼い光が照らし、街灯の近くが仄かに紫に染まる。
大文字が街一帯を蒼黒く見せている。
バスから見えるその景色を窓から覗く芒野が呟く。
その声があまりに小さいので聞こえたのは直ぐ後ろに座る道野だけだった。
「そろそろか。周りのビルまで蒼いってことは幻じゃなくてホントに火が青いんだな」
「え?この大騒動がみんな幻術だと思ってたんですか」
少し声に呆れが交ざる。
慎重なのは良いことだし、調査部門の門長からもお達しはあったが。
「さすがに穿ち過ぎですよ」
この先輩は慎重が過ぎる。
道野がバカにしてきたのを何となく感じ、芒野も一応、反論した。
「陰陽寮で察知できるのは術式の兆候が顕現した時だけで、焔が出たのか大規模な幻かの判別はしてくれない。大体、発覚が術を発動したあとだなんて此方の動きをを完全に分かってるとしか思えないだろ」
「あ~はいはい」
反じた持論を完全に切って捨てられた芒野は釈然としないまま座席に座りなおした。
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